最終話 君がおさまる場所は
「先輩、戻りました」
りっちーさんの部屋へ戻ってまず。
俺は先輩の姿を再び探した。
先輩の家をあんな風にしてしまったことの罪悪感とかもあったけど、それでももう、逃げる心配がなくなったってことを早く伝えたくて。
部屋に飛び込む。
「先輩!」
「おお、みっちー」
すると先輩が俺のところへ。
そして、
「心配したぞ、ばかもの」
「……すみません、もう大丈夫です」
優しく抱きしめてくれた。
で、俺も先輩を抱きしめようとすると、
「千ちゃんやるー、ふーっ」
高屋の冷やかしが入ったのでやめた。
「……そいや、みんないたんだった」
「あー、千ちゃんそれマジ失礼だしー。てか、もう大丈夫ってことは、あのモンペママやっつけてきたん?」
「まあ、実は、だな」
ここにいるみんなには一部始終伝える義務があると思うから、全部。
監禁されて、先輩の母親から銃を向けられて、その後俺の不死身の身体の秘密について聞かされて。
さらに足立先輩一家を放り出し、家がそのせいで大混乱になっているところまで。
全部、話した。
「……なんと、あの母がそんなことを」
「そもそも、ばあちゃん何者だよって話ですけど。まあ、先輩のお母さんも最後に人の心を取り戻してくれたってところなんでしょうか」
「ふむ、そうか。しかし家がそういう状況になったのは、やはり私があのもやしとの縁談を拒んだから、ということなのだな」
「ま、まあそれもあるかもしれないですけど。まさか先輩」
「いや、あのもやしは生理的に吐きそうで無理だ。というより、後継ぎがいれば我が家も安泰、ということだろう」
「で、でもそれではまた先輩が」
「みっちー、結婚するか」
「……はい?」
照れる様子もなく、いつものようにあっさりと。
とんでもないことを言った。
「いやなに、私が伴侶を見つけて一緒に家業を継げば問題ないということだろう」
「いや、だけど足立先輩の家から妨害とか」
「そんなもの、してくるならぶった斬ってやればいい。それに君は不死身なんだし、暗殺も怖くないだろう」
「で、でも結婚ってのは」
「私と結婚するのが、嫌なのか?」
「……いえ、嬉しいです」
突然の話で混乱しかけたけど、先輩とずっと一緒なんて断る理由がない。
好きだから、ずっと一緒にいたい。
「先輩、俺と結婚しましょう」
「ああ、みっちー。やっと、私のものになってくれたな」
「先輩」
「みっちー」
「おーいうちらいるぞー」
「「あ」」
盛り上がって、なんならここでキスでもしようかってなってたところで高屋に止められた。
りっちーさんはクスクス笑いながら「おめでとう、結婚式と新婚旅行は呼んでね」と、ちょっと意味不明なことを言って。
「こほんっ……ええと、それじゃまず、何します?」
「まあ、婚姻届けは君が十八になるまで待つとして、まずは新婚旅行か」
「ていうか、学校に戻ってきてください。あと、住むところどうするかですけど」
「君のアパートに転がり込もう。同棲というのもいい」
「はい、そうですね」
「改めて、よろしく頼む、みっちー」
「はい、先輩」
「神楽、でいいぞ」
「……神楽」
「うん」
このあと、俺たちを祝福するためにと、まず高屋がシャンメリーを買ってきて、りっちーさんはバイト先から大量のハンバーガーとポテトをもらってきてくれて。
ちょっとした宴会騒ぎだった。
で、そのまま皆で遅くまで騒いで。
床で雑魚寝してから翌朝。
まだ高屋やりっちーさんが寝ている時間に、先輩へおじいさんから電話がかかってきた。
「もしもし、おじい様無事でしたか」
「ああ、なんとかの。して、神楽よ。小僧から状況は訊いておるな」
「ええ、全て。あと、彼と婚約しました」
「ほほう、それはそれは。ということは氷室の家に戻るということか」
「はい。私は母と違うやり方で、あの家を再建します。色々ありましたが、私がこうして立派に成長できたのは、あの家のおかげでもあります。されたことへの恨みを吐く前に、してもらったことを返すのが先かと」
「いいことをいうようになったの。では、おちついたら連絡するから、小僧と一緒に挨拶にでも来い」
「はい、おじい様」
長い電話を終えると、先輩は俺を見て笑う。
「さて、色々と忙しくなりそうだな」
「おじいさん、なんて言ってました?」
「喜んでくれていた。ま、もしかしたら私が、こうやって氷室家に入ることまで計算していたのかもしれんな」
「まさか、そんなことないですよ。おじいさんは、純粋に先輩……神楽の幸せを願ってましたから」
「そっか、うんそうだな。みっちー、一度君の家に帰るか」
「ええ、そうですね」
二人でそっと、りっちーさんの家を出る。
アパートを降りてすぐ、神楽は俺の手を握ってくる。
「……恥ずかしいですよ」
「君と、実は昔から縁があったと思うと嬉しくてな。それに夫婦というものは、手を繋いで外出など普通なのだろう? 昨日、ネットで見たぞ」
「そんなにずっと、手を繋いでる夫婦なんてあまりいませんけどね」
「人は人だ。私は、ずっとみっちーの手を握っていたいと思うぞ」
「……俺もですよ」
「あと、みっちー。もう、私は君を斬ることはない。むしろ、君がいくら不死身だからといっても、危険にさらしたくはない。無理はしないでくれるか」
「俺だって、先輩がああやってお家騒動でいなくなるとか、これからも仕事で忙しくて会えないとか、急に学校辞めるとか、嫌ですから。手、離しませんよ」
「ああ、しっかり握っていてくれ。みっちー」
ゆっくりと、俺たちは肩を並べて歩く。
多分これから、氷室家のことやら結婚やらで忙しくなる。
俺の特異体質で、先輩に迷惑をかけるかもしれないし。
先輩の家のことで、俺も被害を受けるかもしれない。
でも、それもお互い様。
いいことは分かち合って、悪いことは半分こ。
そんなありきたりなことも、先輩とならきっとできる。
「先輩」
「なんだ、また先輩にもどってるぞ」
「こっちの方が呼びなれてますから。先輩、俺は不死身だからこの先もしかしたら先輩より長生きするかもしれませんし、飲んだ人魚の薬とやらが切れて先に死ぬかもしれませんけど。もし俺が死なないようなら、先輩が死ぬ前にぶった斬ってくださいね」
「そうだな。私が死んだあとでみっちーがあのギャルと浮気せんように、君をアツアツに焼いた妖刀で真っ二つにしてやる」
「その頃は高屋もおばあちゃんだって」
「ゆりかごから墓場までが君のゾーンなのだろう?」
「誰がそんなこと言ったんだよ!」
「じいやが」
「くそじじい!」
せっかくのムードもほら、この通り台無しだ。
で、互いに見合わせてからケタケタ笑って。
しばらく歩いていると高屋から電話がきて、それをとった俺に対して先輩はちょっとむすっとしてたりして。
こんな、笑いの絶えない毎日が先輩となら作れるなって。
そう思うと、前途洋々。
未来は、明るい。
「これからもよろしくお願いします、先輩」
「ああ、望むところだ」
斬る斬られるなんてところから始まった関係だけど。
いやはやどうして、先輩は俺という鞘にしっかりおさまってくれた。
いや、俺も。
氷室神楽という人に、すっかり魅了されてしまったな。
でも、この体でよかった。
不死身でよかった。
おばあちゃん、ありがとうだよほんと。
だって、
「みっちー、もうすぐ家か」
「ええ」
「帰る前に、もう一度、ええと、言ってはくれないか?」
「……好きだよ、神楽」
「うん。みっちー、大好きだ」
こんなに可愛い先輩と巡り会えたんだから。
おしまい
エピローグへ続く。
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