第46話 俺のばあちゃんのおかげ

「小僧、無事だったか」

「おじいさん! よかった、無事だったんですね」


 応接間にはおじいさんが座っていて。

 その横でじいやさんがお茶を注いでいた。


「わしらは問題ない。しかし、どうやってあやつから逃げおおせた?」

「いや、それが話せばわかってくれたというか」

「話せば? そんなバカな、あやつが人の話など聞くはずは」

「お父様、その理由は私が説明します」


 すぐに、先輩の母親、氷風さんが部屋にきた。


 そして俺はおじいさんたちと並んで座り、その向かいに彼女が腰かける。


「改めて、この度は重ね重ねの非礼、お許しください」

「ちょ、ちょっと待ってください。何がなんやらさっぱり」

「……あなた、どうして自分が不死身の力をその身に宿しているか、知らないのね」

「え、ええ。まあ、気づいたらこうなってたというか」


 隣でおじいさんが「不死身?」と首をかしげる。

 そういや、この人にはまだ言ってなかったっけ。


「氷風、不死身とはいったいなんぞ?」

「お父様も知っているでしょう、彼は八百丘様の孫よ」

「なんと」


 びっくりした様子で、おじいさんも俺を見る。

 え、一体なに? 八百丘さんって、うちのじいさんばあさんのこと?


「あなたの母方のおばあ様、八百丘米子様は私たち氷室家の恩人なの。かつてお父様が経営に失敗しかけた時、手を差し伸べてくれたのが米子様で。私も、若い頃は随分彼女によくしてもらったわ」

「……おばあちゃんはただの農家だったと思うんですけど」

「わしが金策に困った時にの、彼女が持っていた土地の権利やらなんやらを全て売って、その金をわしに貸してくれたのだ。おかげで氷室家は再建でき、今に至るという話だ」

「そんなことが……でも、そのお金は返したんですよね?」


 既に祖父も祖母も他界しているけど、結構貧しいというか質素な生活を送ってたような気がするんだけどなあ。

 そんな大金、多分うちにもないし。

 ていうかばあちゃん何者? なんでそんなことしてたんだろ。


「もちろん全額返済できるように準備して、彼女のところへ持っていったわ。でも、その時米子様からお願いをされたの」

「お願い?」

「孫が生まれたんだけど、体が弱くてすぐに死んでしまうと言われたと。お金をいくらかけても治らないし助からない。それは悲しいことだから、貸したお金の代わりにその子の病気を治す薬を探してきてほしいと、頼まれたわ」

「え、それって」

「おそらく、あなたなのでしょうね、そのお孫さんとは。で、私たちは恩人に報いるため、あらゆる秘薬を買い占めて彼女に渡したわ。でも、うまくいかないと。そんな時、偶然行商人が持ってきた人魚の肉から作った薬というものを手に入れたの」

「人魚の肉?」

「ええ、不老不死になれるという。もちろん迷信だと思っていたしとても高額なもので躊躇したけど、何かの役に立てばと購入したそれを彼女に渡した後、孫の病気が治ったと訊いて。その後、米子様からの連絡は一切途絶えたまま。私たちも本業が忙しくなり、会うこともなかったけど、それでもあの人への感謝は一日たりとも忘れたことはないわ」

「そんなことがあったなんて……ん、ということは?」

「そう、あなたは人魚の血肉を摂取したことで不死身になったというわけよ」

「……んなバカな」


 生まれつき体が弱かったって話は、そういえば母親から聞かされたことがあったっけ。

 でも、なんでそんな俺が不死身なんだと不思議に思ったこともあったけど、後天的なものだったとは思いもしなかった。

 人魚の肉? え、そんなものが本当にあるの?


「あなたが不死身ときいて、まさかとは思ったけどそのまさかとは。でも、あなたがこうして元気に成長しているところを見ると、私たちもあの人に恩返しができたのかと思えて安心したわ」


 その時、始めて氷風さんがうっすら微笑んだ。

 優しいその表情は、さっきまでと違って血が通っているように感じる。

 このまま、話が進めばもしかしたら……。


「……おばあちゃんは小さい頃に亡くなりましたけど。随分可愛がってもらった記憶はあります」

「そう。でも、あなたは恩人の親族だから、やったことは不問にします」

「じゃあ」

「しかし神楽のことは別です。あの子はうちを継いで、氷室家の人間として生きてもらう義務があるの」

「い、いやそれは」

「自分の立場が脅かされないだけありがたいと思いなさい。さあ、神楽の居場所を教えなさい」

「あの人は自由に生きることを望んでるんです。それに、うちのばあちゃんだって、あなた方を助けたのはそういうつもりじゃなかったと思いますよ。今の話をばあちゃんが訊いたら、きっとかなしむ」

「……勝手な想像でしょ、あなたの」


 その時、部屋に人が入ってきた。

 荒く扉を開けると、巨漢のおっさんと煌びやかなおばさん、そして背の高い……足立先輩?


「おい氷室さん、話が違うぞ。この不始末はどう謝罪してくれるんだ」


 足立先輩はすごい剣幕で氷風さんに迫る。

 その後ろにいる彼の両親? もすごい剣幕で睨んでいる。


「この度は私の不手際で不快な思いをさせて申し訳ございません。神楽は必ずここに呼び戻します」

「あ、そ。早くしてよおばさん。俺、神楽さんと早くあんなことやこんなことしたくてたまらないんだよ」

「……そこまで愚女をお気に召していただけてるとは光栄です」

「ああ、そうだろ。あんな顔がいいだけの女を嫁にしてやると言ってるんだから、感謝してくれよな」


 ひどい言いようだった。

 それでも、氷風さんは表情一つ変えず、頭をさげたまま。

 足立家との付き合いは、この家を守るにはよほど大事なことなのだろう。

 でも……


「おい、のっぽ。そんな言い方はないだろ。先輩は顔だけいい女じゃない」

「なんだお前……ああ、お前が誘拐犯か。そういや、学校では随分と侮辱してくれたな。どうせ俺のものになるんだから、無駄なあがきだよ全く」

「……先輩を侮辱したことを謝れ」

「は? 俺のものを俺がどう言おうと勝手だろ。いい気味だ、全く。あんな女、抱くだけ抱いて終わりだけどなあ」


 その瞬間、俺は足立にとびかかっていた。


「この野郎! 取り消せ!」

「な、なにするんだやめろ触るな下民が!」

「先輩はお前みたいなやつがどうこう言っていいような人じゃない! ぶっ殺すぞ」

「おいやめんか小僧」


 取っ組み合って、足立をぶん殴ってやろうと手を出そうとしたところをおじいさんに止められる。

 それでもまだ、隙をみてのっぽのクズの顔面を殴り飛ばしてやろうって思って睨んでいると。

 

 氷風さんが俺の前に立つ。


「なんだおばさん、また不始末うんぬんで謝るってか? ほんと、親子そろってどうしようもない連中だな。黙って俺らに貢いでりゃいいんだよ」

「……娘との縁談を、あなたがどのようにお考えかはよくわかりました」

「あ? どうだっていいだろそんなの。黙って差し出せよ」

「……」


 氷風さんはそのまま足立の方へ寄っていく。

 そして、


「我が家のものを侮辱するな」


 ぶん殴った。

 拳を握りしめて。

 思いっきり。


「がっ……」

「足立様、私たちは魂や品格まで売った覚えはありません。どうぞ、お引き取りください」

「し、正気か?」

「いたって。それに、神楽の幸せなど考えたこともありませんでしたし、今もその気持ちは変わりませんが、もっと有益なところに嫁がせたいのであなたに差し上げるつもりはございません」

「……後悔するぞ、あんた」

「結構です。金輪際、あなた方の力は借りません。おい、この下衆どもを連れ出せ」


 部屋に、大勢の黒服が流れ込んできて。

 拉致するように足立親子を引きずり出した。


 あっという間の出来事にあっけにとられていると、氷風さんは俺の方を鋭く睨む。


「これでいいのかしら」

「あ……だ、大丈夫なんですか?」

「まあ、色々と終わりね。でも、あなたを見ていたら、私も昔は純粋に恋をした時期なんかもあったなって、柄にもないことを思ってしまったわ」

「……」

「さて、神楽によろしく伝えておきなさい。私はこの後の始末に追われてしばらくはあの子にかまってる時間もないでしょうから」

「あ、会わなくていいんですか?」

「あわす顔がない、というだけよ。お父様、手伝っていただくから覚悟なさい」

「うむ、そういうことならお安い御用だ。小僧、神楽によろしくな」

「……はい」


 氷室家を一人で出る時、家の中は騒然としていた。

 あちこちで鳴る電話、応対に追われて走り回る黒服たち、そして俺が家を出た時にはスーツを着たおっさんたちが大勢押し掛けていた。


 でも、それを俺はどうすることもできない。

 敷地を出ると、じいやさんが車を回してくれていた。


「ご苦労様でした、千寿様」

「……すみません、俺のせいで」

「いえ、これでよかったのです。氷風様がご自身で選ばれた血の通った選択です。我々従者は、それに従うのみですから」


 もしかしたら氷室家がなくなるかもしれなくて、じいやさんだって職を失うことになるかもしれないというのに顔は晴れやかだった。


 大人って、みんなすごいなあ。


「では、神楽様が待っております」

「はい、帰りましょう」


 黒塗りの高級車に乗って、俺は律華さんのアパートへ向かう。

 騒然とする氷室家がどうなっているのか、これからどうなるのか。

 先輩は、果たしてこの結果を喜んでくれるのか。

 様々考えながらも答えなんてでるはずもなく。


 やがて、先輩の待つアパートの前で車が止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る