第45話 先輩の母
真っ暗な部屋に放り込まれた。
もうすぐ夏だというのに随分とひんやりした部屋だ。
手足を何かで縛られて、椅子に固定されている。
目隠しまで、されているようだ。
口もテープを張られている。
何も見えないし、何も聞こえないし何もしゃべれない。
ああ、やっぱりここで俺は処分されるのだろうか……いや、俺は死なない。何をされても死ぬことはない。
だから……いや、死ぬほどの拷問されたら?
普通ならショック死するレベルでも、俺は死ねない。
ということは、その苦痛をずっと与えられ続けて……。
「んーっ!!」
途端に怖くなった。
しかし、俺は不死身なだけで身体能力その他一切普通の人間と同じ。
なんなら普通の人より弱いまである。
なので捕縛を解くこともできず、少しジタバタして。
諦める。
どうしよう、早く助けがこないかな……。
そんな不安に包まれながらしばらくすると。
重い音を立てて部屋の扉が開く。
「へえ、大人しいものね」
先輩によく似た声だ。
でも、似ているだけで全然違う。
血の通っていない、ロボットのような声。
これは、おそらく先輩の……。
カツカツと足音が近づいてきて、やがて俺の前で止まると。
ぺりっと口に貼ったテープを剥がされる。
「いてっ……あ、あなたが、神楽さんの母親ですか」
「見えてもないのによくわかるのね。氷室家にたかるゴミのくせに」
「……ゴミ」
「ええ。どうせあなたも、氷室家の財産目当てかなにかでしょ。いいなさい、神楽はどこ? 今なら特別に命は助けてやるわ」
声しか聞こえないが、そこに情けなんてものは一切感じられない。
多分この人は、俺が先輩の居場所を吐いたらあっさり始末するんだろう。
「……言えませんね」
「そ。でも、どうやってお父様をかどわかしたのかは知らないけど、身内とは言っても容赦しないのよ私は。お父様だって、もっと辺境に飛ばしてあげてもいいのだけど」
「……みんなもとより覚悟の上でしょ。俺も、先輩の為に死ぬなら別にいいですよ」
「へえ」
まあ死なないけど。
なんて冗談を今は言う余裕がなく。
ここまで啖呵を切った以上、何をされるかわかったもんじゃないなと不安になっていると、目隠しを外された。
「あ」
「ふーん、冴えない男。どうして神楽はこんなのがいいのかしら」
「……まあ、色々あるんですよ」
目隠しをとられると、目の前には美しい女性の顔が。
先輩を助ける時はよく見れなかったけど、この人が先輩の母親か。
よく似ている、というか本当に母親なのかと疑いたくなるほどに若い。
でも、やっぱり先輩とは違う。
「……先輩は、お見合いなんて望んでいません」
「あの子の意見なんて聞いてないわ。私もあの子も、この家の為にこの身を捧げる宿命なの」
「そんなの、あんまりでしょ。そこまでしないと保てない家なら、滅べばいいんですよ」
「お父様も、さっきそんなことを言ってたわね。ほんと、くだらない。私たちが権力を手放せばどれだけの人間が不幸になるか、わかってないのね」
「他人の幸せのために自分が犠牲になっていいなんて、そんなの偽善です。いや、あんたは勝手にすればいいけど娘まで巻き込むな」
身動きが取れないままだけど、なんか怒りがこみあげてきた。
この人の理論は無茶苦茶だ。
自分がどういう理由でこの家の為に尽くしてるかは知らないけど、それを他人に押し付けるのはどうかって話だ。
「あなた、これ以上逆らうと本当に死ぬわよ」
「脅し、なんかじゃないんでしょうね。そうやって、汚いものに蓋をして、成り立ってるこの家はやっぱり先輩に相応しくない、だから……って、あれ?」
「おしゃべりはここまでよ」
額に冷たい感触が。
「あ、あの」
「喋るなと言ったでしょ。あなたの脳みそをここでぶちまけられたくなければ、黙って神楽の居場所を吐きなさい」
拳銃をこめかみにつきつけられた。
……え、うそだろ?
「あなたはここで死ぬわ。太平洋の沖で魚の餌にでもなりなさい。その方が世の中の役に立つでしょ」
「ま、待ってください俺を食べた魚をあなたが食べるかもしれませんよ?」
「私、魚は食べないの」
「……」
もう、何を言っても無駄だった。
この人は目的のために手段を選ばないタイプ、だ。
まあ、それは俺たちも一緒か。
先輩を助けるためになら、この人の都合なんて知ったこっちゃないって感じだったし。
……いや、まだ諦めるのは早いか。
「俺を撃つのはいいですけど、意味ない、ですよ」
「悪あがきのつもり? 私は別に意味なんて」
「いえ、俺は死なないから殺しても嫌な気持ちが残るだけって言いたいんですよ」
「……何を言ってるの?」
「俺は……不死身ですから」
こんな一方的に殺されそうな状況で言えば、強がりというか頭がおかしい奴だと思われるだろうけど。
これしかない。
無駄に撃たれるのも嫌だし、それに。
先輩の母親に、人殺しなんてさせたくもない。
「俺は刺されても燃やされても、多分ですけど撃たれても死にません。化物です。神楽さんも、俺のこの体質に興味を惹かれて、俺みたいなやつの相手をしてくれてたんです。撃つのはいいですけど、弾の無駄遣いはやめた方がいいですよ」
「……それ、本当なの?」
「もし和解できたら、神楽さんにでも聞いてみてください。ていうか俺の地元で聞き込みでもしたらすぐですよ。化物がいたって、みんな知ってますから」
まあ、信じてもらえるかどうかは別だし。
信じてくれたところで、試しに撃たれる可能性もあるけど。
こんなことなら、斬られる方がましだよ。
ほんと、娘には斬られそうになって、母親には撃たれそうになるって一体どんな母娘だよ。
「……あなた、地元はどちら?」
「え? いや、それは」
「いいから、言いなさい」
先輩の母親の様子が、変わった。
構えていた銃はそのままだが、明らかに動揺しているという感じだ。
俺の話を信じた?
今がチャンス、なのかもしれない。
俺は訊かれた通り、地元を彼女に伝える。
「……ですけど、それが何か?」
「あなた、名前は?」
「ええと、千寿ですけど」
「千寿……母親の旧姓は、わかる?」
「旧姓? ええと、たしか
「……なるほど、そういうことね」
「?」
何かに納得した様子の彼女は、スッと銃を降ろす。
そして、それを傍にあるテーブルに置くと、俺の縄を外し始める。
「え、な、なんで?」
「どうやら、私はとんでもないことをしていたようね」
「……?」
ほどなく、俺は解放された。
長い間拘束されていたが、この体のおかげですぐに立ち上がることができる。
で、どうしてこうもあっさり解放されたかについて目の前の女性に話を聞こうとすると。
「……どうか、このご無礼をお許しください」
「へ?」
頭を下げられた。
一体これ、どういうこと?
「あ、あのー」
「私は恩人のご家族になんということを……申し訳ございません、千寿様」
「え、え? おん、じん?」
「こんなところで立ち話も失礼なので、よければ応接間へ案内させます」
彼女がぱちんと指を鳴らすと、黒服が数名入ってきて、俺は別の部屋へと連行された。
連れていかれる途中、さっき会った黒服連中が俺を見ながら「あんちゃん、どっかで会った?」とか聞かれていたが咄嗟に「いえ、よくある顔ですから」というと、「そうだよな、ありきたりな顔してんなあんちゃん」って。
バカにバカにされたような気分になりながら、連れていかれたのは先輩がお見合いをさせられていた応接間だった。
そこで俺は、自分の体の秘密を知ることになるとはまだ、夢にも思ってはいなかった。
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