第44話 俺がやります

「さて、これからどうするかおじいさまから訊いてる?」


 ワンルームの部屋はベッドの上に大きなぬいぐるみが飾ってあって、中央にこたつ机があってテレビと全身鏡が置かれただけの質素な部屋。

 とても金持ちのお嬢様が暮らすようなところには見えない部屋の中央に座ると、お茶を持ってきながらりっちーさんがそう尋ねてきた。


「いえ、なにも。ていうかおじいさんは大丈夫なんですか?」

「ええ、今連絡が取れてこっちに向かってるって」

「ならよかった。でも、どうやって脱出したんだろ?」

「なんでもみのりんがハーレーで爆走してるそうよ」

「え……」


 高屋の奴、バイク乗るの?

 そういや応接間の外にバイクが飾ってあったけど、まさかあれを盗んだってこと?

 盗んだバイクで走りだす脱力系女子……。


「あいつ、結構やんちゃなんだなあ」

「みのりんは昔、結構ヤンキーだったらしいよ。昨日色々話してたら教えてくれて」

「ふーん、じゃあなんで今はあんななんだろ」

「それはねえ……」


 りっちーさんは少し顔を引き締めながら先輩の方を見る。

 先輩は出されたお茶をそっと飲みながら、ん? と目を丸くする。


「姉上、私がなにか?」

「みのりんの元カレ、結構DVやばかったらしいのよ」

「ほう、そんな腐った男子とは縁を切ったほうが正解だな」

「その縁を切ったのが神楽、あなたって話よ」

「私が?」

「うん、なんでも高校に入ってすぐに元カレが神楽に惚れたとかなんとかで別れてくれたって。でも、一応付き合ってる彼氏にフラれた原因も神楽だし、複雑だったみたいよ」

「ううむ」


 横で話を聞きながら、高屋の意味深な発言の意味がなんとなく理解できてきた。


 高屋にとって先輩は、恩人でありながら彼氏を奪った存在でもあったんだ。


 まあ、暴力を振るうような輩とは縁を切って正解だと俺も思うけど。 

 でも、好きってそういうのを超えるっていうのも、今ならわかる。

 俺の場合、暴力というか殺意丸出しだった相手を好きになったわけだし、高屋も心のどこかでその彼氏のことを許したいとか、うまくやっていきたいって気持ちもあったんだろう。

 だから先輩に感謝する一方で、恨んでもいたと。


「……複雑ですね」

「ふむ、そんな事情があったとは。高屋にもこのあと謝らねばならぬな」

「あ、噂してたらみのりんから。着いたらしいよ」


 ガラガラとベランダの窓を開けると下の方でバババっと激しいマフラー音がして。

 少しすると部屋に高屋とおじいさんがやってきた。


「ちす、千ちゃんやったじゃん」

「高屋! よかった、無事だったんだな」

「ま、ね。でも、無免バレたらヤバし」

「すまぬ高屋、私やおじい様のために」

「いや、いいっすよ。久々に走って気持ちよかったし。ね、おじいちゃん」

「……」

「おじいちゃん?」

「バイクとは、怖い乗物よの……」


 おじいさんの顔が青ざめていた。

 どんな運転に付き合わされたのだろうかと思うとゾッとしない。

 まあ、俺は乗る機会はないことを祈ろう。


「さて、とりあえずみんな揃ったしお茶でもする?」


 と、りっちーさんが明るく振る舞うが、しかしおじいさんは神妙な顔つきのまま、部屋を出て行こうとする。


「おじい様、どこへ?」

「やはり、わしは神楽の黒服と共にもう一度氷風のところへ行く。このままでは一生やつらから逃げつづけなければならぬからな」

「し、しかしそれでは」

「心配いらん。先ほどは見合いの席とあって日本刀を没収されたから退却してきたが、今度はとっておきの獲物を携えて交渉に臨む。逆らう輩はばっさり、とな」


 拳に力が入る。

 達人と呼ばれるおじいさんがそこまで緊張を露にするというのは、それだけで氷室家の脅威を物語っている。


 本当に刀を抜くような事態。

 だとすれば、身の危険なんてレベルじゃない。


 ……。


「おじいさん、俺も連れてってください」

「なに? いや、おぬしごときで何ができる」

「俺は何も……でも、先輩とのことをちゃんと話して納得してもらいたい。それは男としてやるべきでしょ」


 言い切ると、高屋が「かっこいー」と棒読みで冷やかしながら拍手する。

 で、続いてりっちーさんも「やけるー」とか。

 シリアスは台無しだった。


「……とにかく、先輩のことを人任せにするわけにはいきませんから」

「ふむ、ならばついてこい」

「おじいさま、それなら私も」

「神楽が再び捕まったら交渉にならん。悔しいだろうが、お前はここにおれ」

「……わかりました」


 今、先輩は氷室家に追われる身だ。

 それに、このままではずっと、先輩は母親から逃げ続ける人生だ。


 そんなの……。


「みっちー」


 おじいさんについていき、部屋を出ようとしたところで先輩が呼び止める。


「心配で見送りですか? らしくないですよ」

「……私は、みっちーとならどこへ逃げてもいいぞ? コンビニ一つない田舎でも、言葉の通じない国にだって」

「ははっ、ありがとうございます。でも、どうせならコンビニがあって言葉が通じる場所で先輩と一緒にいたいので」

「……うん」

「じゃあ、行ってきます」


 寂しそうに見送る先輩の顔を見ていると、何がなんでも帰ってこないとって気にさせられた。


 ほんと、どこまでも可愛い人だ。


「おじいさん、行きましょう」

「うむ、いい顔だ」


 俺とおじいさんは、じいやさんの車に乗って再び氷室邸へ。


 車内は静寂に包まれていた。

 皆、この先自分がどうなるか不安なのだ。

 俺も、そうだ。


 死なない以外に取り柄のない俺が、あんな大勢の黒服たちを相手にどう戦うのか。


 でも、今更あれこれと考えてもしょうがない。

 やるしかない。

 なんとかなる。


 そう決意を固めたところで、車は屋敷の前に。


 そして。


「おい、いたぞ! ひっとらえろ!」

「え、え、え!?」


 すぐに黒服の大群に拉致された。

 交渉もバトルもなにもなく。


「縛り上げろ!」

「ん、んぐーっ!」


 俺は縄で縛られて、猿ぐつわをされて。


 拉致されてしまった。

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