第43話 盗んだバイクで


 みのりんこと高屋みのり、絶賛迷子っす。


 先輩に逃げ道を教えてもらったのにキョロキョロしてるとうっかり道を外れてしまって。


 まあしっかしすんごい屋敷。

 ここでサバゲーとかしたら盛り上がりそー、とか思ってるとやばそうな黒服がたむろってるのが見えたので慌てて隠れる。


 あ、先輩のおじいちゃんいるじゃん。

 一緒にいるおばさん、先輩によく似てるけどあれがモンペ母?

 捕まった系? ヤバめ?


「お父様、この責任はどうしてくださるのですか?」

「ううむ、従者のやったことは雇い主であるわしが責任をとる。煮るなり焼くなり好きにせい」

「あなたの命など、なんの価値もありません。しかし、人質として拘束させていただきます」


 あ、人質とか今時でもある話なんだ。

 でもおじいちゃん捕まったらちょっとまずいっしょ。


 うーん、なんかないか……お?


「お前たち、連れていきなさい」

「ええい触るでない。わしはそこまで耄碌しとらん、自分でいく」


 黒服たちに連れられて、おじいさんがとぼとぼとどこかへ連れていかれそうになる。


 で、いいものがあったのでうちはそれに跨って。


 突っ込んじゃう。


「おじーちゃーん、これ飛び乗れー」


 バイクだ。

 しかもハーレーのトライクフルカスタムってのがいいねー。

 だいたい家ん中にバイク飾ってるとかチョーヤバだけどキーまで刺しっぱってのはどーなんかな。


 ま、おかげで助かったけど。


「おお、小娘!」

「いっくよー」

「あ、こら待て貴様ら!」


 しがみつくように飛び乗ったおじいちゃんを乗せて、そのまま家の中をバイクで疾走。


 こーいうの、昔はよくやったなあ。

 バイク乗るのいつぶりだろ?

 こうやって、昔はもうちょっと陽気に色々やってたっけなあ。

 

 でもせんせーに「バイクなんか乗ってなんの役に立つんだ!」って毎日怒られてたっけ。


 んー、役に立つじゃん、こういう時。


「んじゃ、バイビー」


 そのまま、窓をぶっ壊して外に飛び出した。


 外の風を受けると、また昔が懐かしくなってくる。


「あー、これチョー乗り心地いーわ。もらえないかな」

「ほう、お主がバイクなんぞに乗るとは以外だったな」

「ま、人間見た目通りってわけじゃないし」

「しかし助かった。うむ、今度お主にも礼をせんとな」

「マジ? じゃあこのバイク買って」

「ほう、いくらくらいするのだ?」

「五百万で買えるんかなこれ?」

「……ちょっと考えさせい」


 ノリでいけるかと思ったけどやっぱりダメっぽい。

 ちぇっ、命がけで救ってあげたのになー。

 でもまあ、盗んだバイクで走り出す十五歳女子とは、恥ずかしい限りっす。


 ……どうやって返却したらいいんだろ?



「みっちー、この後はどこへいくのだ?」

「とりあえずおじいさんからはじいやさんに避難先を伝えてくれてるみたいだけど……それより、ちょっと、ええと、暑い」


 先輩が後部座席で俺にしがみついて離れない。

 いや、嬉しいんだけど、今はちょっと控えないと思考がまとまらないんだよなあ……。


「みっちー、私にくっつかれると嫌なのか?」

「そうじゃなくて、ドキドキして頭が働かないんですって」

「そうか、しかし私はもうしばらくこうしていたい。ダメか?」

「……いいです、けど」


 結局、先輩はずっと俺の胸にもたれかかっていた。

 俺はそれを支えるように手を添えて。

 しばらくは恥ずかしさと興奮で現状を忘れかけていたんだけど。


「お嬢様、追手がきました」


 じいやさんの一言で目が覚めた。

 振り返ると、黒塗りの車が数台追いかけてきている。

 

「え、ヤバいですって」

「おちつけみっちー、じいやを信じろ」

「え、でも」


 うろたえる俺とは対照的に、先輩は落ち着いていた。

 そしてじいやさんも表情一つ変えない。


「じいや」

「は」

「本気を出していいぞ」

「かしこまりました」


 先輩の指示が飛ぶ。

 じいやさんはガチャガチャと車のレバーをいじる。

 すると、


「うわっ!」


 ものすごいスピードで俺たちを乗せた車が走り出し、あっという間に追手は見えなくなる。


「え、すご……」

「いざという時の為にこの車は改造してある。あと、じいやは昔すごい経歴をもっていてな」

「え、何してた人なんですか?」

「F1レーサーだ」

「え、すごっ!」


 いや、なんでそんな人が老後に奴隷みたいなことやってんだよ。


「絶対他にいい仕事あったでしょうに……」

「千寿様、それは言わぬ約束ですぞ」

「……」


 思ってたんだ。

 ま、快速で飛ばすじいやさんが少しノリノリだからこれでいいのかな。

 ……いいのかな?


「まもなく到着いたします」


 ものすごい勢いで市街地を駆け抜けながら、やがて郊外に出たところで車のスピードが緩まる。

 そして、小さなアパートの前で車が止まり、じいやさんが降りてきて扉を開けてくれた。


「さっ、こちらの四〇三号室に向かってください」

「ここは?」

「律華様のご自宅です。氷風様に居場所が特定されていないのはここだけですが、いずれ追跡の手が回るでしょう。それまでに私と道山様でなんとかしますので」

「え、じいやさんが?」

「はい、お嬢様の為になれるのであれば」

「……わかりました、先輩行きましょう」

「ああ。じいや、すまない」

「いえ、いつものことです」


 俺は先輩の手を引いてアパートの中に向かう。

 その時、にこりと笑ってくれたじいやさんを見ながらふと。


 あの人、絶対第二の人生を間違えてるなあと思ってしまったことは俺の中だけに留めておこう。

 でも、まあ。


「じいやにはいつも頭が上がらないな。無事にことが終わったら何かご馳走せねば」

「そう、ですね。死ぬほどねぎらってあげてください」

「無論そのつもりだ。そうだ、私の日本刀コレクションでもプレゼントしようか」

「うまい飯でも食わせてやれよ……」


 結局、こんな間の抜けたお嬢様のことがみんな好きなのだ。

 

 じいやさんも、おじいさんも、りっちーさんも。

 それに……俺も。

 ほんと、人たらしだなこの人は。


「さて、姉上の家にお邪魔するのは初めてで緊張するな」

「そうなんですか、意外ですね」

「まあ、家が厳しくて場所すら聞けなかったからな」

「ああ、そっか」

「しかし姉上にも迷惑をかける。何か礼をしなければ」

「日本刀以外にしてあげてくださいね」

「ではみっちー斬り放題券とか」

「食べ放題でもいいから飯にしろ!」


 なんだ斬り放題って。

 俺はあんたの私物じゃねえよ。


「ったく、相変わらずですね」

「まあな。でも、そんな私が好きなんだろ?」

「……悪いですか」

「いや、嬉しい。みっちー、もう絶対に離れないぞ」

「……はい」


 少し照れながら。

 うっかり四〇三号室に入る時に手をつないだまま入ってしまって。


 中で待っていたりっちーさんが「あらあら、熱いわねー」とにやにやして出迎えてくれて、


「なんならベッドも貸してあげるわよ」


 とか、いらぬ冗談をかましてきたせいで俺は沈黙。

 しかし先輩はこんな時だというのに、


「ベッドを汚しては忍びないので風呂場を借りよう」


 とか、ふざけていた。

 いや、本人は大真面目なのだろうけど。


 今はふざけてる場合じゃないと俺が一喝したところで、りっちーさんがお茶でも飲もうと場を和ませてくれた。

 

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