第42話 その手を


「おい貴様、道山様のとこの新入りだってな」

「え、あ、はい……」

「どういうコネだ? 道山様がこんな若いのを連れてるのは見たことがねえけど」

「ええと、まあ話せば長くなりまして……」


 氷室邸に侵入してすぐ。

 従者はこちらへとメイドさんに案内されて連れていかれたのはだだっ広い部屋。

 そこには、黒いスーツを着た屈強な男たちがウヨウヨと。

 恰好こそ同じではあるが随分ひょろっちい俺はすぐに数人に囲まれて絡まれていた。


「お前みたいなガキがボディガードなんてできると思わねえけどな」

「そ、そうですかね? 一応、頑張ろうとは思ってますが……」

「まあいい。今日は何があっても見合いを成功させるんだ。邪魔者が来たらぶっ殺せ、いいな?」

「は、はひ」


 邪魔者は即抹殺、だそうだ。

 ということは俺はやはり殺されるのだろう。

 それが言葉の綾でも冗談でもないことくらいは、彼らの目を見ればわかる。


 皆、殺気立っている。

 こんな状況で果たして先輩を救うなんてできるのか?

 ……いや、やるしかないんだ。

 ビビったら負けだ。

 それにこいつらにつかまって拷問されても俺は死なない。

 だから大丈夫だ。


「おい小僧。新入りならいいもの見せてやるよ」

「いいもの、ですか?」

「ああ、この前奥様にたてついた奴がいてな。そいつをひっとらえた時の写真なんだけどよ」


 楽しそうにスマホの画面を俺に向ける。

 すると、そこには裸にされた中年のおじさんが柱に括りつけられていた。


「げ……」

「な、傑作だろ? 逆らったらどういう目にあうかってのを、裏切り者にはわからせてやらねえとな」


 がはははは。

 下品な笑いがあちらこちらで起きた。


 ああ、俺の末路を見ているようだ。

 今日、先輩をここから逃がした後、俺は地の果てまで追われて丸裸にされるんだ。


 ……いや、ダメだ。

 弱気になるな。

 それに、こんな腐った家ならなおさら先輩に継がせるわけにはいかない。

 

「おい新入り、見ろよこのナイフ。人の肉でもスパッと切れるぜ」

「おい新入り、見ろよこの麻酔銃。ゾウでもゴリラでも一瞬で眠るぜ」

「おい新入り、見ろよこの木刀を。頭かち割れるぜ、へへっ」


 鈍る決心を奮い立たせる俺に、次々と武器を自慢してくる黒服たち。

 もう全員の目がイッてる。

 どうして戦闘狂みたいなやつしかいねえんだよここは……。

 あーもうやだ、斬られるのも眠らされるのも頭割られるのも勘弁だ。


 ……俺の決心が揺らぐ前に早くよんでくれ、おじいさん。



「神楽、足立様のご両親が参られたわ」


 一度別室に行ってしまった母とおじいさまが、目の前の気持ち悪い棒の両親を連れて戻ってきた。

 今だけは助かったというしかない。

 あと数分、この気持ち悪いのと二人でいたら、気がふれていた。

 そこにある花瓶であいつの頭をかち割っていたところだ。


「ほほう、君が神楽君か。息子にピッタリの美人じゃて。のう、母さん」

「ええ、申し分ないわ。是非、今後とも息子のことをよろしくね」


 別室で何を話してきたのかは知らないが、いかにも金持ちといった風体の髭面のデブと下品な化粧まみれのババアはニコニコ顔で私を品評する。


 どこがお似合いだ。

 こんなのと似合うと言われるのだけは御免被る。


「さて神楽、足立様との良縁を大切にしなくてはならないのだから、見合いの席ではありますがここで、婚約の儀をいたしましょう」

「お、お母様? それはさすがに時期尚早かと」

「いえ、こういうことはきちんとしておかねばなりませぬ。なんなら今日から二人でここに暮らしてもらっても構わないわ」

「わ、私はまだ高校生です。それに」

「高校はもうやめるのですから関係ないわ」

「……」


 母は最初からそのつもりだったのだ。

 私に見合いなんてさせるつもりはなく、強制的に政略結婚をさせる予定で動いていたというわけだ。


 このままでは、私は……。


「頃合いかの」


 ぼそっと、おじいさまが呟くとテーブルに用意された酒の入ったグラスをバタンと倒した。


「うおっ!」

「ちょっとお父様何をしているのですか」

「す、すまぬ。歳かのう」

「まったく……早く片付けのために人を呼びなさい」

「うむ、わしの従者を呼ぼう」


 その時、おじいさまは大きな目で力強く私を見た。

 今だ、ということだろう。


 今からここに、みっちーが来る。

 そう確信すると、私はいてもたってもいられなくなる。


「……」

「どうしたのです、神楽?」

「いえ、なんでもございませんお母様」


 興奮が、おさえきれない。

 この感情は……そう、初めて彼と出会ったあの日と同じか、もしくはそれ以上。

 胸が高鳴り、体が熱くなり、世界がきらめいて見えるこの感覚。


 ……そうか、そうだったのか。

 私はあの時既に、みっちーに恋をしていたのだな。

 不死身の彼に、ではなく。

 身を挺してくれた彼に。


「失礼します」


 こんこんと扉をノックする音と共に、若い黒服が応接間に入ってきた。


 その姿を見て、私は涙が出そうだった。


 みっちー……。


 私がいると気づいているのに目も合わさず、一目散におじいさまのところに向かう彼はハンカチを取り出してこぼれた酒を片付ける。


 その一挙手一投足を私は見逃さない。

 ああ、そこに彼がいる。

 少し老けた? いや、あれはメイクだ。姉上の仕業だろう。

 そうか、しかし大人っぽい彼もいい。

 早く、早く彼と話がしたい。


「ええと、割れたグラスはどうしましょうか?」

「ええいタラタラと片付けをするでない! 早く終わらせて出て行きなさい」


 機を伺うように掃除をするみっちーを母が怒鳴りつけた。

 その時だった。


「……せーので走るんでちゃんと掴んでくださいね」


 床を拭きながら、彼は私を見ることもなく呟く。

 しかし、それが誰に向けて言っているのかはわかった。

 

 私は、いざこの瞬間がくるまではそれでも迷っていた。

 いくら彼が私を助けにきてくれても、その手を取ることがどれだけ自分勝手で愚かな行為かとわかっていたから。


 逃げたところですぐにつかまるだろうし、もし逃げ切れたとしても多くの人に迷惑をかける。 

 迷惑、なんて生易しい言葉では済まないかもしれない。

 多くの人の人生を狂わせることにもなる。

 だから無駄な抵抗はやめて、私だけが我慢する道を選択するかもしれないと。


 思っていたのに。


「せーのっ……せんぱい!」

「みっちー!」


 彼が私を見て手を差し伸べてきた。

 その手を私は、迷わずにとる。


 そして、走り出す。


「せんぱい、逃げますよ!」

「ああ、みっちー。みっちー、みっちー!」


 このまま抱きしめたくなるほど、恋しい。

 私の手を、大好きな彼が握ってくれている。

 これほど幸せなことはない。

 このままもしつかまって、殺されても後悔はない。


「神楽! 戻りなさい神楽! ええい、誰か、誰か!」


 母の絶叫を聞きつけて、部屋に次々と黒服が入ってくる。

 その瞬間彼は、「ちょっと危ないので目を瞑ってください」と。


 そして、


『ガッシャーン!』


 大きな窓に彼が突っ込んで、それをぶち破って外に出た。

 ガラスの破片があちこちにささって血まみれの彼は、しかしすぐさま傷が治って刺さっていた破片がぽろぽろと剥がれ落ちていく。


「せんぱい、怪我は」

「大丈夫だ。しかし君は本当に面白い身体をしてるな」

「今日だけは、この体に感謝です。さっ、車がいますから乗ってください」

「お嬢様、こちらです!」


 走っていく先にいつも乗り慣れたじいやの運転する車が。

 もちろん運転席にはじいやが。


 二人で飛び込むように後部座席に乗ると、追跡してくる黒服たちを振り切るように車が急発進する。


 私たちは少しバランスを崩したあと、見つめ合う。


「……みっちー、よくきてくれた」

「俺だけじゃありませんよ。高屋も、おじいさんもじいやさんも、それにりっちーさんも協力してくれましたし」

「なんだ、私の為に総力戦だな」

「みんな先輩が好きなんですよ。好きな人のためなら、なんだってできます」

「……みっちーは、私のことを好き、なのか?」


 こんな時に聞く話ではないかもしれないが、こんな時だからこそ聞きたかった。


 君の気持ちを。


「……好きですよ、先輩のことが」

「そうか。うん、私も大好きだ」

「先輩、無事逃げ切れたら付き合ってください。俺、先輩がいないと寂しくてしょうがないんですよ」

「ははっ、随分と素直だな。私と会えなくてそんなに寂しかったのか」

「はい。でも、先輩こそどうなんですか?」

「……寂しかった。みっちーに、会いたかった」

「先輩……」


 まだ、逃げている途中だ。

 このあとどうなるか、無事安全な場所まで逃げられるかもわからない、そんな状況だけど。


 今だけは彼のぬくもりを感じていたくて。

 決められた暗い未来ではなく、自分で選んだ道の先をただ信じていたくて。


 そっと、彼の胸にもたれかかった。

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