第38話 作戦会議
「……ということだ。今日の夜、そちらまでいくから家で待っとれ」
氷室道山の家を訪れた翌日の朝。
おじいさんから電話をもらったのは先輩のお見合いの日時について知るため。
ただ、あまりに急だった。
明日の夕刻に、お見合いとやらがひらかれると。
さらにおじいさんの情報では、お見合いが終わり次第、お見合い相手が氷室家に入り、同棲を開始する予定だということ。
もう、チャンスは明日しかないということだ。
とはいえ、焦っても何ができるわけでもない。
先輩に電話をかけても通じないし、今はおじいさんが来るのを静かに待つのみ。
ただ、落ち着かないことに変わりはなく、今日は学校が休みなので来客用にお菓子を買ったり掃除したりと、慣れないことを朝からやっているとすぐに昼を過ぎる。
すっかり綺麗になった部屋でやれやれと、一息ついてテレビを見ていると誰かが玄関をノックする音が。
おじいさん? にしては早いような……。
高屋か?
「はい……え?」
「あ、いたー。千寿くん、こんにちは」
玄関をあけた時、一瞬ドキッとしたのはそこに立っていたりっちーさんがあまりに先輩と似ていたから、というだけでもなく。
ホットパンツのセクシーな恰好をした美人大学生がいたら誰でもドキッとするもんだ。
「え、どうしてここに?」
「おじいさまに呼ばれたの。千寿君、神楽を助けようとしてくれてるんでしょ?」
「た、助けるなんてそんな、大袈裟な」
「んーん、神楽は私の代わりに家督を継いでくれたけど、あのしきたりに従わせるのは姉としても心苦しかったの。でもね、誰も逆らえないし逆らおうともしないあの家に殴り込もうなんて気概、千寿くんじゃないとできないよ」
「な、殴り込むなんてそんな」
「だから私も感謝してるの……って立ち話もなんだから家、あがってもいい?」
「あ、すみません気が利かなくて。どうぞどうぞ」
あっさりりっちーさんを部屋に案内してる時に、よく考えたら美人大学生を一人暮らしの部屋に連れ込むのって、いくら日中だからってどうなのと。
考えてしまったが今更追い出すこともできず。
少しギクシャクしながらお茶を用意した。
狭い部屋の真ん中にぺたんと座るりっちーさんは、部屋中にいい香りをばらまく。
多分この人が氷室先輩の姉でなければ、俺は理性がぶっ飛んでいたことまちがいなし。
でも、今は自然とそんな気にならない。
ほんと、俺も随分先輩にあてられたものだ。
「はい、粗茶ですが」
「ありがとー。ねえ千寿君、神楽とはもう付き合ったの?」
「え、いきなり何の話ですか」
「だってー、ただの後輩がいちいち神楽の事情に首を突っ込むとは思えないし。もしかして神楽に惚れちゃった? あはは、あの子は美人だからね」
「……まあ、そうですね」
もちろん氷室先輩は驚くほどの美人。
でも、それだけでほの字になるほど俺の人間不信は甘くはない。
美人だからこそ裏があって、綺麗だからこそ人を傷つける。
そんな風に思っている俺がどうして先輩には心許したか。
しかも俺をぶった斬ろうとしてるような奇人だ。
好きどころか拒絶したっておかしくないのに。
……。
「先輩は、素直なんですよ。真っすぐで単純で、完璧そうなのに危ういというか、ほっとけないんですよ、そういうの」
「へー、神楽のことをよくわかってるんだ。それに、神楽も千寿君のことを随分気に入ってるみたいだし、お似合いよ」
「並んで歩いてたら美女と魔獣って感じに見られますけどね」
「あはは、確かに野獣じゃないよね。鈍そうだし」
と、話が盛り上がったところでまた。
誰かが玄関をコンコンと。
「あれ、誰かな?」
「おじいさまかしら? でも、来るのはもう少し遅いって」
「早くきたのかも。とりあえず見てきます」
玄関へ小走りで向かい、何気なしにガチャッと扉をあけると。
「ちーっす千ちゃん」
高屋だった。
「え、なんで?」
「んー、暇だったし」
「暇って」
「ま、とりあえずお邪魔し……おろ?」
玄関に置かれた明らかに女子用のスニーカーを見て、高屋は変な声を出した。
そして、ちょっとむすっとしたままいつもより素早く部屋に行き、当然そこにいるりっちーさんと鉢合わせする。
「ちーっす……って、店員さん?」
「あ、君って確か千寿くんとデートしてた子だ。りっちーでーす」
「……千ちゃん、これ、どゆこと?」
ちょっとだけ、高屋が怖かった。
多分、何か勘違いされているのだろう。
まあ、事情を説明するしかあるまい。
「ち、違うんだよ高屋。りっちーさんは、明日の先輩の見合い妨害の件でおじいさんに呼ばれてだな」
「でも、おじいさんきてないけど」
「だからそれはちょっと早く着いたっていうか」
「で、来るのはいつ予定?」
「よ、夜って言ってたけど」
「いや早すぎじゃん。あー、先輩がいないから代わりに姉を連れ込んだんだ。千ちゃんサイテー」
とまあ、高屋は怒ってしまった。
りっちーさんは相変わらずの笑顔のまま、ニコニコしていた。
多分天然なんだろうな。
「あの、高屋さん?」
「別に怒ってないけど?」
「その言い方がすでに怒ってますよねえ……」
「ま、いいや。うちもおじいさん来るまで待つ。ていうか一緒に話聞くし」
「え、それは」
「なんか都合悪いん?」
「いえ……」
今日は終始高屋が怖かった。
付き合ったらきっと尻に敷かれるんだろうなあ俺は。
いや、多分誰の尻にでも敷かれるのだろうけど。
仕方なく高屋の分のお茶を用意して部屋に戻ると、なぜか女子二人で話が盛り上がっていて。
一緒に話に加わろうとすると「千ちゃん、女子会に入ってくるのは野暮っしょ」と言われてなぜか俺の家なのに廊下に放り出されてしまい。
部屋できゃいきゃいする女子二人の声を遠くに訊きながら、俺は薄暗い廊下でふて寝した。
すると普段なんて昼間に眠気がくることはほとんどないのに、今日ばかりは強烈に眠く。
そのまままどろみの中に落ちていった。
◇
「コンコン」
誰かが玄関を叩く音で目が覚めた。
廊下は真っ暗だ。
「はーい」
寝ぼけ眼で扉を開けると、ようやく待ち人が来た。
「ほう、狭い部屋だな」
和装の坊主。
氷室道山。
先輩とりっちーさんのおじいさんだ。
「あ、すみません。今電気つけます」
「ふむ、埃っぽいのう。まあ、今は贅沢は言わぬ。茶でも持ってまいれ」
玄関の明かりをつけるとさっさと草履を脱いで部屋に向かう。
俺はお茶を用意しようと冷蔵庫を開ける。
と、ほぼ同時におじいさんが部屋の扉を開ける。
「あ、おじいさまこんばんはー」
「おお、律華。久しいの」
「ええ、ご無沙汰しております。あと、この度は神楽のためにご尽力いただきありがとうございます」
「なんの、可愛い孫のためだ」
どうやら、りっちーさんとおじいさんも関係を良さそうだ。
りっちーさんは家を出て行ったと言っていたけど、おじいさんにとってはやはりかわいい孫だと。
……案外、いい人なんだなこのじいさん。
「すみません、粗茶ですが」
「ほほう小僧、かわいい孫との久々の再会に水を差すか」
「いや、ここ俺んちですけど」
「細かいやつだ。刀の錆にしてくれようか」
「いちいち斬ろうとすな! そういうとこほんとに先輩のじいさんだな」
なんてツッコミをしたところで、ふと。
「あれ、高屋は?」
高屋がいなかった。
姿がなく、もしかして俺が寝てる間に帰ったのかと思ったが、
「あ、みのりんはお風呂だよ」
と、りっちーさん。
風呂?
「え、風呂?」
「うん。あ、出てきたみたい」
廊下から何か物音がした。
そしてすぐに、
「ちゃほ、シャワー借りたし」
バスタオルを体に巻いた高屋が出てきた。
「わっ! お、お前なんで? 風呂場電気ついてなかったのに」
「暗くして入るんようち」
「し、知るかそんなこと! それに着替えてから出て来いよ!」
「だって部屋に忘れたもん。千ちゃん、パンツとって」
「だ、誰がとるか! い、いいから向こうで待ってろ」
「湯冷めするからはやくねー」
濡れた髪をハンドタオルで拭きながら、高屋はだるそうに風呂場へ戻っていった。
「はあ、びっくりした……あの、りっちーさんあいつの着替えを」
「ええ、いいわよ。年頃だもんねームラムラしちゃうよねー」
とか、冷やかされながらりっちーさんは高屋の荷物を全部持って廊下に。
ホッと、息を吐きかけたところで、背後に殺気を感じた。
耳に、冷たいものがひたっと当たる。
「……あれ」
「おぬし、神楽が危機だというのに他のおなごを連れ込むとはいい度胸をしておるの」
「い、いや、これはですね……」
「言い訳無用。貴様なんぞを信用したわしがバカだったわい! ぶっ殺してやるわー!」
「だーっ! 話を聞いてください話をーっ!」
この後。
本気で俺を斬り殺そうとするおじいさんをりっちーさんが必死になってなだめてくれて。
一時間くらいかけてようやく事態は収まりをみせて。
ぜいぜいと息を切らすおじいさんと、腰を抜かした俺をみてりっちーさんはなぜかケタケタ笑っていて。
ことの発端である高屋はどこ吹く風で、勝手に人の冷蔵庫のポカリをラッパ飲みしていた。
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