第35話 噂が流れる

 先輩との早朝? 深夜? デートを終えて帰宅した後、夕方まで眠っていた俺は起きた時に学校からの定時連絡メールに気づく。


 学校が再開されるそう。

 ま、いつまでもこうして休校というわけにはいかないだろうが。


 また憂鬱になるな。

 明日からの学校、行った方がいいのかどうなのか。

 

 行けば、もしかしたら石を投げつけられるかもしれない。

 化け物と、蔑まれるかもしれない。

 そんな俺のところに先輩がやってきたら、彼女にまで迷惑をかけるかもしれない。


 高屋も、俺のせいでいじめられるかもしれない。


 ……やっぱり、このままどこかに消えた方がいいのかな。

 でも、そうやった逃げ続けても何か良くなるわけでもないし。


 こういう悩みも憂いも、先輩といる時だけは不思議と考えなくて済むんだからほんと、そういう意味では先輩様々だ。


 うん、先輩に会いたい。

 学校にいけば、先輩に会えるわけだし。

 ま、いかなくても向こうから迎えにきそうだけど。

 

 高屋も、俺のことを理解してくれているわけだし。

 全員が敵ってわけじゃないんだ。


 明日はちゃんと学校へ行こう。

 強く言い聞かせるように何度も心の中でそう呟きながら、今日の午後は穏やかに過ぎていった。



 翌朝。

 先輩は迎えにこなかった。

 まあ、そんな日もあるかと思いながら家を出て。


 少し緊張しながら学校へ行く。


 しかし誰も見向きもしない。

 それは別にいつものことなのだけど、いつものことすぎて違和感があった。


 どうして俺のことを誰も見ていないのか。 

 この俺が不死身の化け物だと、知ってしまったやつは少なからずいるはずで、そんな噂なんて二日もあれば学校中の連中に知れ渡っていてもおかしくないはずなのに。


 ただ、そんな疑問は教室に着くとすぐに晴れる。


「おい、聞いたか?」

「ああ、氷室先輩が学校辞めたんだってな」


 衝撃的なニュースが、学校中を駆け巡っていた。


 氷室神楽が、学校を辞めた。


 それは、学校に化け物が一匹紛れ込んでいるなんてニュースを些細なことに感じさせるほどに衝撃的なものだった。


 もちろん、俺にとっても。


「え、嘘だろ?」


 思わず声に出してしまった。

 そして、クラスメイトの何人かがこっちを見て、また無視する。


 それを見て俺もまた下を向く。


 いや、しかしどうしてこんな噂が流れてるんだ?

 あの先輩に限ってそんなこと……まて、今日は一度も先輩と会ってない。


 そんなまさか……。


「……おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

「嘘だ……」


 慌てて先輩に電話をかけてみたが、繋がらないどころか電話番号自体が使われていないものになっていた。


 そこでようやく、俺は昨日の先輩の様子を思い出す。

 いつも急で無茶苦茶な人だけど、昨日だけはいつもよりものわかりがいいというか、それでいて何かにけじめをつけるような言い方ばかりしていて。


 じいやさんの態度だって。

 何かを察しているようだった。


 ……先輩、まさか本当にどっかに行ってしまったのか?


 そう思うと、一気に胸が苦しくなった。

 ぎゅーっと心臓を握られたように息が切れて、決して病気にならないはずの俺がめまいと吐き気に襲われる。


 そのまま、教室を飛び出した。


 頭がおかしくなりそうだった。


 何が起きているのかもわからないまま、先輩の姿を探して学校中を走り回った。


 でも、いない。

 いないどころか、あちこちで氷室神楽の退学について話がされていた。


 おそらく、事実なのだろう。

 そうわかると、一層頭の中がぐちゃぐちゃになって。


 気がつくと屋上に来ていた。


「先輩……」


 屋上の空を見上げながら、俺は先輩のことを思い出す。


 人を斬る対象にしか見てなくて、勝手に部屋に入りこんできて、付き合って仲良くなって試し斬りさせろとか言ってきて、そのくせ俺に対して嫉妬みたいな態度をとってきて。


 最後にゃ好きとか、そんな期待させることを言ってきて。


 そのくせこうやってまた勝手にどっかにいってしまうような。


 そんな先輩を俺は……。


「あ、千ちゃん」

「……たか、や?」


 振り返ると高屋が屋上の扉の前に立っていた。

 いつも通り飄々とした様子で怠そうに歩いてくる。


「千ちゃん、やっぱみんなの噂、聞いたんだ」

「お、お前は何か知ってるのか?」

「んーん、でも学校来てないのはほんとみたい」

「……どうして」


 先輩の急な雲隠れ。

 それにまずショックを受けて動揺していたが、高屋の顔を見て、話をしているうちに少しずつ冷静になる。


 そして、改めて。


「なんで先輩は、急に退学になったんだ?」


 高屋に訊く。


「さあ、うちは知らないけど」

「そ、そうだよな。でも、他になんか噂してなかったか?」

「んー、親がどうのこうのって言ってたっけ」

「親……」


 そういえば、いつも先輩は親がいないからやりたい放題だと、そう話していた。

 つまり、その親が帰ってきてなんらかの事情で学校にいくのを止められたと……。


「千ちゃん、あんまよくないこと考えてるね」

「な、なんでだよ」

「氷室先輩の親、うちらでどうにかなるような人じゃないよ。絶対会ってくれないだろうし、そもそもあの氷室神楽と仲が良かったこと自体、奇跡的なことってわけ」

「で、でもこのままさよならしろっていうのか? 俺は」

「好きなの? 先輩のこと」

「……」


 好き。

 そういえば先輩には何回も言わせたっけ。

 でも、俺は一回も真面目に返事したことがなかった。


 俺は先輩の事を……。


「うん、好きだよ」

「へー、自覚あるんじゃん」


 高屋は呆れたように、笑う。


「いや、自覚したのはつい最近だけど」

「ま、それなら話は早いかあ。千ちゃん、先輩に会いにいこ」

「え、でもそれは難しいって」

「うん、そりゃね。でも、行ってみないとわかんないし」

「……ついてきてくれるのか?」

「もち。でも、一個だけ条件つきでなら」

「条件?」

「千ちゃん、氷室先輩にもう会えないってなったらスパッと諦めること。未練たらたらなんうざいし」


 だるそうに言うと、高屋は先に屋上の扉に向かっていく。

 慌ててついていくと、高屋が突然くるっと振り返ったので驚いて足が止まる。


「な、なんだよ今度は」

「千ちゃん、なんでうちがこんなに協力するかわかる?」

「え、いや……俺が高屋を助けた、から?」

「んー、そういうとこなんよなあ」

「なんだよそれ」

「ん、もういっか。うち、ヤンデレじゃないし」

「なんの話だよさっきから」

「とにかく、先輩のとこいくよ。話はそっから」

「あ、ああ」


 前を向く前にチラッと俺を見た高屋が少し怖かったのは気のせいか。

 そのあと、思ったより足取りの早い高屋に必死についていくと、裏門のところまでやってきた。


「え、もう行くのか?」

「善は急げっしょ。千ちゃん、もしかして授業受けたい系?」

「そ、そういう問題じゃ」

「授業受けてる間に先輩がどっか遠くの地に行っちゃって後悔しない系?」

「……わかった、行こう」


 今は何が正しいとか、そういう話じゃなくて。

 やっと素直になれた自分の気持ちに従う方が後悔はないと。


 高屋が真面目な顔でそんなことを言ってくれて、目が覚めた。


 俺は先輩に会いたい。

 このままじゃ嫌だ。

 

 先輩のいない学校なんて、行く意味もない。


 サボる口実にしては随分自分勝手だなと思いながら、先生の目を盗んで高屋と一緒に学校を出て。


 氷室邸を目指す。


 


 



 

 


 


 

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