第34話 今度は

「さてみっちー、次はどこのベンチにいく?」

「ベンチ巡りにきたんですか今日は?」


 遊園地は思ったよりも広く、まだ薄暗い中で勝手に歩いていたら迷子になりそうだからと先輩についていくものの、結局アトラクションは稼働していないのでベンチに座ることになる。


 何をやってるんだ一体。


「はあ。せっかくなら遊びたかったですよ」

「世知辛い世の中でな。深夜残業などを受けてくれるスタッフがいなかったのだ」

「切実だなあ……」


 ていうかそれならじいやさんも気遣ってやれ。


「で、みっちー。君に訊きたいことがあったのだ」

「……なんですか?」

「どうしてあの時、私を庇ってくれたのだ?」


 前をむいたまま、どこか遠くを見つめるような先輩は少し笑っていた。

 その横顔は、月明りに照らされて、いつもよりあでやかに、色っぽく見える。


「……まあ、知り合いが危険な目に遭ってたら庇うでしょ」

「でも、一回目はどうだ? あの時は知り合いでもなかったぞ」

「俺は死なないから、この体が誰かの役に立つなら喜んでとは言いませんが、身を挺するくらいはします。でも、褒められたもんじゃありません。正直、この前もその前も、迷ってました」

「迷う?」

「はい。もし、自分の体のことがバレたらどうしようかなって、そんなことになるくらいなら見捨てた方がいいかなって。ま、できませんでしたけど、人の命より自分の保身が勝ちそうになるようなやつなんですよ、俺は」


 正直な話、後悔がないとも言い切れない。

 あの時放っておいても先輩は自分でなんとかしたかもだし、俺も先輩を庇わなければもう少し平穏な学校生活を送れたかもしれないし、そうおもったらキリがない。

 そんな後悔ばかりをうじうじしてしまうような男なんだよ、俺は。


「……みっちーはえらいな」

「え、話聞いてました?」

「ああ。君は自分の弱さと向き合って、しかもそれを克服できる人間なんだな。うん、私はそんな君のことを心から尊敬するよ」

「……買いかぶりですよ。俺は」

「謙遜するな。私は……私は、やっぱりそんな君のことが好きだ」


 立ち上がり、ぐっと背伸びしながら先輩は言う。

 そして座ったままの俺を見て、


「みっちー、君と出会えてよかった」


 と。


「……なんか死亡フラグみたいな言い方ですね」

「なんだそれは? いや、しかし本音だ」

「わかってます。でも……」

「いい。別に私の気持ちを正直に述べたまでだ」


 それに、と。

 先輩は呟いたあと、座ったままの俺の顔を覗き込んでくる。

 顔が近い……。


「ちょっ、先輩?」

「君は私にとっての特別だ。それは一生、変わることはない」

「せ、せんぱい?」

「……さて、今日という日は尊くもあっという間だ。次はどこへ行く?」

「どこって、どうせまたベンチでしょ」

「ははっ、そうだった。じゃあ次のベンチへ向かうぞみっちー」

「……はいはい」


 キスされるんじゃないかと、ちょっとばかし期待したがそんなことはなく。


 結局朝日が昇って明るくなるまで二人で遊園地をただ徘徊するだけだったけど。

 なんだかそれだけのことなのに、この人といるととても楽しくて。


 ずっと、こうしていたいと。

 心からそう思っていた。


「さてみっちー、明るくなったし帰るか」

「普通逆ですけどね。疲れたんでしょ」

「はしゃぎすぎて足が痛い」

「ははっ、先輩も鍛えてるわりにだらしないですね」

「そこでだ、車までだっこしてくれないか」

「……はい?」

「足が痛いのだ。おんぶでもいいが、どうせならお姫様抱っこというものを経験してみたい」


 遊園地を出る時、出口付近で先輩がまたしても意味のわからないことを言い始めた。


 ほんと、ただでは転ばない人だ。


「まあ、いいですけど……」

「じゃあだっこ」

「急に甘えた風に言わないでください。ええと」


 俺も、他人を抱っこするなんて経験がなかったので戸惑いながら先輩の肩と足をもって。


 抱えると先輩は驚くほどに軽かった。

 まるでその存在自体が嘘なんじゃないかってくらいに軽く、そしてさっきまで一緒に走り回っていた人とは思えないほど、いい香りがする。


 そして顔が近い。

 恥ずかしくて死にそうだよ……。


「こ、これでいいですか?」

「おお、これはいい。さあ、そのまま車まで頼む」

「人使いが荒いなあほんと」

「いつものことだ」

「いばるな」


 そのまま歩いて門を出ると、じいやさんが車の前に立って待っていて。

 とても爽やかな笑顔で迎えてくれた。

 ああ、寝れたんだ。よかったよじいやさん。


「お嬢様、お疲れ様でございました」

「ああ、じいや。見ろ、お姫様抱っこだ」

「素敵でございますね。千寿様、ご苦労様です」

「す、すみませんなんか」

「いえ、本当にありがとうございました」

「?」


 なんかいつにも増して丁寧な気もしたが、それは多分じいやさんの体調がいいからなのかとか、そんなことだろうと思ってそのまま。


 車に乗ってしばらく走っている間、珍しく先輩は眠ってしまった。

 俺の肩に寄りかかりながらすーすーと寝息を立てる彼女はとても綺麗で。

 じいやさんもそんな彼女を起こさないためか、話しかけてくることもなく静かに。

 ただただ静かに俺たちを乗せた車はいつもの街へと戻っていき。


 やがて俺の家の前についた。


「先輩、先輩」

「ん……おお、みっちー。相変わらず冴えない顔してるな」

「寝起きで毒吐くな。俺、家についたので」

「あ、ああそうか。うむ、昼飯まで持たなかったな」

「朝が早すぎるんですよ」

「わくわくしすぎてな。でも、本当に今日は楽しかった」


 そう言って先輩は、俺に弁当箱を渡してくる。


「食べられなかった昼食の分だ。これを私だと思って食べてくれ」

「いや、めっちゃ意味わかんないんですけど」

「ははっ、家宝として床の間に飾っていてもいいぞ」

「腐るわ!」

「ふふっ、相変わらずうるさい奴め。まあ、そういうことだ。じゃあなみっちー」

「え、ええ」


 車から降りると、先輩は窓を開けて「バイバイ」と。

 俺も思わず手を振ったが、そのまま車は発進してしまって、すぐに見えなくなる。


 まだ午前中のうちに、先輩とのデートは終わってしまった。

 ほんと、規格外というか非常識な人だ。


 でも、


「……楽しかったな」


 そう言ってあげたらよかったのかどうかはわからないけど。

 言いそびれたなって思いながら俺は部屋に戻って。


 すぐにお腹が空いてさっきの弁当箱をあけると、敷き詰められたサンドウィッチがうまそうに並んでいる。


 ほんと、先輩の飯ってうまいんだよな。


 いただきます。


 あと、今度は俺の方からお礼しないといけない、かな。

 

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