第33話 真夜中の遊園地

「でも、こんな真夜中に遊園地に行ってもあいてないんじゃないですか?」

「心配はいらん。貸し切りな上に、あそこは元々我が氷室家の所有物だから出入りは自由だ」

「へえ。でも、スタッフがいないと乗物とか動かないし」

「遊園地は高所が多いから乗物には乗らん。優雅に散歩するのだ」

「えー……」


 つまんねえ。

 敷地内を歩くだけってなんだよそれ。


「それに、今日はみっちーとゆっくり話しておきたいのだ」

「……それって、この前の話の続きですか?」

「ふむ、それもあるがそれは一旦忘れてくれ。たくさん話したいのだ」

「そう、ですか」


 少しだけ、ほっとした。

 あの告白の返事を聞かせろとか、そういう話だったらどうしようかと、ほんと男らしくないことを考えてしまっていたからだ。


 俺の中ではまだ、どう返事をしたらいいのかがわかっていない。

 高屋は、俺が先輩のことを好きだと言っていたけどそれも半信半疑。


 ほっとけないし、可愛い人だとは思うところもあるけれど、俺が抱く先輩への気持ちが果たして恋と呼べるものなのかどうか。


 わからないままだ。


「でも、どうして急にこんなことを? 別に学校が休みの日なら土日でも」

「……私も忙しくなりそうでな。そうなれば、君を絆して切り刻むという崇高な計画がまた一からやり直しになってしまうだろう。だから今日で大詰めだ。今日、君の心の扉をこじ開けて、なんなら物理的にもこじ開けてやろうかと」

「めっちゃ怖いことをサラッといわないでください。ていうかどこが崇高な計画だ、ただの計画殺人だろ」

「大丈夫、斬り落とすのはあそこだけだ」

「どこだよこええよ!」


 いつもの会話だ。

 ほんと、根っからの人斬りだよこの人は。


 でも、心なしかいつもより殺意というか、ぐいぐい迫ってくる感じがないけど。

 やっぱり、昨日のことで先輩も気に病んでるのだろうか?


「先輩、そういえば昨日のことは警察とかと話できたんですか?」

「ああ、問題ない。お小遣いをあげたらすぐに帰った」

「問題しかねえわ! 国家権力を買収すんな」

「売春でないだけマシだろう」

「どっちもどっちでダメだよ!」


 マシなほう、とかねえよ。


「さて、もうすぐ着くがまず遊園地デートといえば、ベンチで座ってイチャイチャするのだろう?」

「知りませんよ、俺は誰かと遊園地きたことないですし」

「なら決まりだ。まずは適当なベンチで乳繰り合おうぞ」

「せめてイチャイチャで止めとけ!」


 俺が思いっきりツッコんだところで車が緩やかに止まる。


 真っ暗で気づかなかったが、どうやら遊園地に到着したようである。


「じいや、ありがとう。しばらく寝てくれてかまわない」

「ええ、お嬢様。お言葉に甘えてしばし休息いたします」


 では、といった瞬間にじいやさんは寝た。


 ぐーぐーと、あっという間に夢の中に落ちたその様子を見る限り相当限界だったのだろう。


 ううむ、プロだ。

 嫌な顔一つしないあたり、ほんとにこの人は出来た執事だと思う。


 どうか安らかに。

 そして一刻も早い退職を勧めます。


「さあいこうみっちー、真っ暗な遊園地はどうだ」

「ただ物騒なだけだけど……」

「ははっ、一度やってみたかったのだ。なんかこう、悪いことをしているような気になるだろ」

「先輩ならいつでもできるでしょ」

「……一人だと怖いだろ」

「あ、そうでしたね」


 怖がりだったなそういや。

 

 ただ、深夜の遊園地というのは怖がりでない俺でも少し怖い。

 おどろおどろしい雰囲気というか、入場門のところに立っている人形とかがこっちを見てるような気がして、不気味だ。


 ……普通に日中に来たかったなあ、ここ。


「みっちー、そこにベンチがあるぞ。早速座ろう」

「公園でいいじゃんこれなら……」


 はしゃぐ先輩を見て呆れながらついていくと、入場門を超えてすぐのところに多分カップル用に作られたであろう二人掛けのベンチがいくつか並んでいた。


 休日はデートでカップルがここに座ってイチャイチャしてるんだろうなあ。

 なんかいいよな、そういうのって。

 こんな真夜中に連れ出される俺なんかは一生無縁なんだろうなあ、そういうの。


「はあ……」

「みっちー、早速だが朝食を食べよう。あーんしてやる」

「い、いいですよ。それにまだ寝起きだしお腹は」

「食べないと元気が出ないぞ。私に斬られて立派に往生するためと思って」

「そう思ったら余計食えるか!」

「ええいうるさい奴だ。ほら、食え」

「んぐっ……ん、うまい」


 口に無理やりツッコまれたサンドウィッチは、これがまたうまいのだ。

 あーんではなかったけど、先輩は次々と俺の口にそれを放り込んできて、俺はむしゃむしゃと食べて。


 なにやってんだろうと思いながらも、時々「みっちー、よく食べるな」と笑う先輩を見ていると、少し胸のあたりが苦しくなった。


「……げふっ」


 でも、きゅんとしたというより胸やけした。

 食べ過ぎた。


「もういいですご馳走様でした……」

「情けない男だ。そんなのでは私の婿には……いや、なんでも」

「なんですか、途中で濁すなんて先輩らしくないですよ」

「私らしく、か。そうだな、今日は君の性奴隷なのだから曝け出さねばな」

「絶対人のいるところで言わんでくださいねそれ!」


 勝手に色々と出したがる先輩と、しばらくベンチでキャッキャと騒ぐ。

 これがイチャイチャなのかはわからないけど、なんだかんだと楽しかったのは否めない。


 こんな毎日だったらいいなとか、学校でもこういうことしたら楽しそうとか、そんなことを思ってしまったのは、まあ、秘密だけど。


 先輩といるのって、楽しいなって。

 でもまあ、次は絶対に昼間にしてくれってお願いしたいところだけど。

 

 

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