第31話 叶わない恋のほうが

 翌朝。

 学校は休みになって朝からボーっとテレビを見ているが、ニュースで昨日の事件の話ばかりが報じられていた。


 女子高生をストーカーする中年男性の暴走について。

 学校のセキュリティ問題について。

 あと、その犯人を取り押さえた勇敢な生徒のことについて。


 まだ、全国ネットで俺のことについては触れられていない。

 それだけが幸いといえるか。


 もしニュースで俺のことが報じられたら、もう国外逃亡しか策がない。

 いや、そもそもビザも作ってもらえるかどうか。

 そのままどこかの施設に連れていかれて、死ぬまで実験道具にされるんじゃないか。

 死なないけど。


「ぴんぽん」


 ちょうど自分用のコーヒーを飲もうとお湯を沸かしていると玄関のチャイムが鳴る。

 先輩が来てくれたのかと、慌てて玄関をあけると


「ちす」


 高屋がいた。

 なぜか制服で。


「……今日は学校休みだぞ」

「知ってる。でもさ、制服じゃないと日中うろうろしてたら変な目でみられるし」

「制服で日中うろうろしてても一緒じゃないか?」

「ははっ、ウケる。マジそーだわ。千ちゃん、元気ないね」

「……心配してきてくれたのか?」

「ま、そゆとこ。ちょっとあがってい?」

「あ、ああ」


 高屋は「しつれいしやす」といって、丁寧に靴を脱ぐとそのまま奥の部屋に。

 俺は慌ててやかんに水を足して二人分の湯を沸かしてから、コーヒーを二つもって部屋に戻る。


「砂糖、いる?」

「あー、いい。うち、口は大人なんよね」

「そっか。インスタントだけど」

「高級なの無理。いただきま」


 同級生の女子が朝から部屋に遊びにきたというのに、不思議と自然だった。

 先輩で慣れたのか、それとも差し込む朝日の明かりがそんな雰囲気にさせないのか。

 まあ、高屋の図々しい態度もあると思うが。


「で、千ちゃん。改めてだけど、体はなんともないんよね?」

「……お前も見たんだろ? 俺の体が、その、なんていうか」

「傷口がうねうねって、見ちゃった」

「そうか」


 ということはやはり、他の生徒や先生も多くが目撃してるに違いない。

 しかし、高屋は平気な顔をしているが本当に気にしていないのだろうか。


「なあ、あれをみて正直どう思った?」

「え、きっしょってなった」

「え?」

「いや、まじきしょいムーブだったし。傷うにょうにょーって」

「き、きもいの?」

「うん」

「……」


 だそうだ。

 いや、わかってたけどちょっと傷ついた。

 そりゃそうだよな、何を期待してたんだよ俺は。


「はあ……」

「千ちゃんがんば」

「落ち込ませたのは誰だよ」

「でも、千ちゃんが吸血鬼でも化物でも、うちは別に嫌いにならないけど?」

「……それは」

「だって、千ちゃんは千ちゃんだし。傷をガン見しちゃったからグロってなったけど、ま、それだけだし」

「……そっか。うん、なんかすまん」

「謝るとこじゃないし。ていうか、先輩は知ってるん?」

「あ、ああ。結構すぐ、バレた」

「へー。でもほら、知ってて仲良くしてくれる人もいるって、千ちゃんが一番よく知ってるじゃん。それじゃ嫌なの?」

「……でも、地元ではみんなにいじめられたし」

「地元には先輩もうちもいないじゃん。でも、今はいるんだし」

「……」


 なんかこう、励まされてるなっていうのはすごくわかる。

 高屋の言ってることは気休めとかじゃなくて、俺のことを嫌いじゃない人間も世の中にはいるんだからいいじゃないかと。

 そう言ってくれるのは本当にありがたい。

 でも、どうして高屋はそこまで親身になってくれるんだ?


「なあ、高屋はどうしてそんなに優しくしてくれるんだよ」

「そんなん、千ちゃんが好きだからじゃん」

「……え?」

「あ、ちなみにライクじゃなくてラブのほうね」

「ら、ぶ?」


 今、唐突に告白を受けた。

 それも好きだと、ラブだと。

 ……なんで?


「な、なんで俺が」

「だって千ちゃん、優しいじゃん。うちが死のうとしたら止めてくれたし、デート誘ったら付き合ってくれたし」

「そ、そんな理由で?」

「ちょろいっしょ。でも、人間ってそんなもんだと思うし。もしかしたら他の生徒らも、千ちゃんの勇敢な姿に感銘を受けてるかもしれないじゃん」

「難しい言葉知ってんだな、お前って」

「頭悪くないからね、こうみえても」


 ひひっと、悪戯っぽく笑う高屋の言葉は俺の気持ちを少しだけ軽くしてくれる。

 こんな俺のことを好きだと、そう言ってくれるやつなんてそうそういない。

 変わり者だ。

 変人といってもいいかもしれない。

 それに先輩だって……。


「あ、今私じゃない人のこと考えてる」

「な、なんで?」

「千ちゃん、先輩のこと考える時、いっつも切ない顔するんよね。あーあ、うちが告白したのに先輩のこと考えるとかサイテー」

「い、いや別に俺は」

「ま、うちって叶わぬ恋とかの方が燃えるタイプなんだよね。絶対幸せになれないやつっていうかね。あーあ、千ちゃんともうちょっと早く知り合ってたらなあ」

「……」


 俺は、何も言えなかった。

 言い訳も、取り繕う言葉も何も出てこない。

 せっかく俺のことを好きっていってくれている可愛い同級生が目の前にいて、俺はそれでも何も答えられない。


 何も、応えられないことに気づく。


「高屋、俺は……」

「あー、うちの告白が千ちゃんを目覚めさせた系か。逆効果おつだね」

「え、目覚め?」

「千ちゃん、先輩のこと好きなんでしょ?」

「……は?」

「隠さなくていいって。うち、さっきも言ったけど叶わぬ恋とかの方が燃えるし。千ちゃんが先輩と付き合っても、別に諦めないし」

「え、いや、付き合うってそんな」

「ん、まあいくわ。千ちゃん、元気だしてね」


 いつも通りサバサバとした様子で、コーヒーの入ったグラスを置くと振り向きもせずにさっさと玄関に向かう高屋は、いつもならそれでも最後に一言くらいなにか言い残してくれたりするんだけど今日だけは。


 何も言わずに部屋から出て行った。



 

 

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