第30話 こんな時こそ

 学校にはほどなくしてパトカーと救急車が慌ただしく入ってきた。


 騒動がおさまった後もその余波で混乱する学校を先生たちが必死に鎮静化し、校舎に残っていた生徒は全員下校。


 人質にとられていた生徒、犯人を取り押さえた先輩、警察に電話した先生たちはそれぞれ怪我がないかと心配されたあとで事情を伺うためにと、学校に残された。


 そして俺も。


 今はなぜか保健室で一人待たされている。


「……ああ、終わったかなあ」


 今となっては自分がとった行動に不思議と後悔はなかったけど、しかしやっちゃったなあという気持ちは拭えない。

 見られたのだ。

 この化物の体を。

 どんな傷もたちどころに再生する、気持ちの悪い特異体質を。


 最初に駆け付けた先生や救急隊員の人は口を手でおさえながら、まるでお化けでも見たかのようにうろたえていて。

 他の先生たちも同様に、なんなら事件のことより俺のことでパニックを起こしていた。


 それに生徒たちも。

 野次馬が何人か、俺を見ていた。

 もう言い訳のしようもない。

 俺のことが周知の事実になるのは時間の問題。

 もしかしたら今、先生たちはさっきの事件のことではなく俺のことについて相談しているのかもしれない。


 学校に紛れ込んだのは不審者だけでなく。

 化物もいたと。


 退学、かな。

 せめて、次の学校くらい用意してくれる人情味があってもいいのにな。

 

 と、どこか冷静になりながらベッドに寝そべって天井を見上げていると、


『こんこん』


 誰かが部屋のドアをノックして入ってきた。


「……はい?」

「ちす、千ちゃん。だいじょぶ?」

「高屋? お前、他の生徒はみんな帰ったんじゃ」

「んー、教室にスマホ忘れてさ。ないと死ぬじゃん」

「いや、なくても死なないと思うけど」

「まだ今日のログボもらってないし。で、千ちゃんは大丈夫なの?」


 いつものように飄々と。

 高屋はぼやっとした表情で少し笑いながらこっちにくる。


「あ、ああ。大丈夫だよ」

「ふーん。なんかヤバめに見えたけど、運がいいんだ千ちゃんは」

「ま、まあ……いや、あのまま死ねたらよかったんだよ」


 どうやら高屋は俺の体のことにまだ気づいていない様子。

 でも、時間の問題だ。

 すぐにこいつも俺が化物だと知って、そして離れていく。

 みんな、離れていくんだ。

 例外なんて……


「千ちゃん、顎引けれ」

「え?」

「うらっ!」

「ぶっ!」


 なぜか、ビンタされた。

 

「え、な、なんで?」

「千ちゃん、死んだらよかったとかマジ? ありえなくない? うちに死ぬなっていっといて、それはなしじゃね?」

「あ、いや、それは」

「なんがあったか知らないけどさ、生きてりゃいいことあるんでしょ? 言ったの自分じゃん、もしかしてあれ嘘系?」

「い、いやそういうわけじゃ」

「ならいいじゃん。千ちゃん、あんま自分のこと責めんほうがいいよ。嫌いだっていうやつの方が多いかもだけど、千ちゃんのことを大事に思ってるやつも絶対いるっしょ」

「……でも」

「ま、それ言いに来ただけだから。先輩は今、教官室で警察と話してるっぽいし、行ったら?」

「……」

「ま、ゆっくりしてけ。んじゃ」


 これまたいつもの調子でさばさばといいたいことを言って高屋は出て行こうと。

 保健室の引き戸を開けたその時に高屋が、俺の方をチラッと見ながら言う。


「千ちゃんが別にバケモンでも、うちは気にしないから」


 少しだけにこっと笑顔を向けて。

 そのまま扉の向こうに消えていった。


 ……見てたのか、あいつも。

 でも、あれを見ても気にしないって……優しいな、高屋。


 ……先輩、大丈夫かな。



「氷室さん、また後日お伺いさせていただくことがあるかもしれませんが今日は家に帰ってゆっくりしてください」


 警察の人は随分と物腰が低かった。

 おそらく母のことを知っているものなのだろう。

 まあ、この街の大人は皆そうだ。

 氷室家のものだとわかると、親子ほどの年齢差があってもへこへこしてくる者たちを見て、私はいつも辟易とする。


 ただの高校生なのだから、それ相応に扱ってくれればいいのにと。


「みっちー……」


 そんな私に対して遠慮なく接してくれる彼だからこそ、私は惹かれたのだろう。


 彼と知り合った日、あの日も今日と同じように彼は私を庇って刺された。

 でも、あの日は正直いって、助けてくれてありがとうという気持ちよりも、不死身で生まれてきてくれてありがとうという気持ちばかりが私の中を駆け巡っていた。


 それからというものの、ずっとみっちーのことばかり考えていたが、それもこれも彼が不死身で、斬っても死なないから私のひそかな願望をかなえてくれるのではないかと思ったが故。

 ただ、いつの頃からか、斬ることよりも彼といることを優先する自分がいた。


 長年の願望を捨ててでも。

 彼に嫌われたくないと。


 その感情の正体は、高屋が教えてくれた。

 恋、なんてものを私のような親の愛情すら知らない人間がするのだろうかと思っていたが、見事にしていたようだ。


 それにじいやにも聞いたし、ググってもみた。

 すると、好きな相手の事を考えると落ち着かなくなって、苦しくなって、でも会えると嬉しくてたまらないものとか。


 全部私に当てはまっていた。

 だからこれは恋なのだろう。


「お嬢様、ご無事でなによりでした。ささっ、まずは車へ」

「ああ、じいやすまない」


 迎えの車に乗り込む時も、さっき取り調べを受けている時もずっと。


 みっちーのことが心配で仕方がなくて、何を話したのかも覚えていないんだから。



「お嬢様、先ほど警察の方から連絡がありまして。どうやら犯人はお嬢様のストーカーだったようです」

「ほう、ストーカーか。物騒な世の中だ」

「私も気を抜いておりました。お嬢様の身に何かあったらこのじいやめは」

「いい、じいやはよくやってくれている。それより、みっちーはどうなったか知らぬか?」

「千寿様ですか? いえ、あの後は特に」

「そうか……電話してみるか」

「それとお嬢様、少し良くない知らせが」

「なんだ?」

「……奥様が、今日のことを伺ってか、緊急帰国なされたと」

「なに? 母が?」

「ええ、問題はありませぬとお伝えしたのですが……」

「ふむ、困ったなそれは」


 あの母親が、私を心配して帰国などするはずもない。


 ……まずい、な。



 高屋が去ったあと、若い先生が来て学校を出るところまで俺に付き添ってくれて帰宅した。


 その際、何も聞かれなかった。

 何も、一言も話さなかった。


 大丈夫か、とも聞かれない。

 けがはないか、とも言われない。

 目も、合わない。

 

 まあ、みんな俺を気味悪がって、若い先生に押し付けたのだろう。

 そしてその先生も。

 化物の俺につきそうのが心底怖そうだった。


「はあ……」


 部屋に戻ると、ため息が自然と漏れた。

 明日からどうなるのか。

 もしかしたら明日くらいは休校かもしれないがその後はどうだ。


 狭い町だし、学校はもっと狭い世界だ。

 俺の噂なんてすぐに広まるだろう。

 そろそろ、荷造りしておいた方がいいのかもな。


『ぴりりり』


 ……電話だ。

 まあ、かかってくるよな。


「もしもし」

「おお、みっちー。無事でなによりだ」

「俺がなんともないのは先輩が一番知ってるでしょ」

「ははっ、そうだな。しかし今日は色々あったが、私の話はちゃんと覚えているだろうな」

「……覚えてますけど」

「ならいい。返事はちゃんと聞かせてくれ。さもなくば」

「斬りますか?」

「……」

「せんぱい?」

「あ、いや。とにかく、女に恥をかかすものではないぞ。ではまた」


 電話が切れた。

 ……恥をかかせる、か。


 まあ、あの氷室先輩に告白させておいて、スルーはないよな。

 ……でも、本当に告白されたんだよな。


 理由はどうあれ付き合ってくれと。

 今までも勝手に結婚しろだの恋人になればどうのこうのって話はあったけど。


 好きっていわれたのは初めてだ。

 好き、か。

 

 今こそ、先輩に会いたいな。

 なんでいつも勝手に家にくるくせに今日はいないんだよ。


 ……料理、作ってくれよ。

 

 

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