学校一の美人と名高いクールな先輩は、どうやら俺の特異体質をお気に召してしまったようです

第29話 俺の正体は

「ふむ、ここでいいか」

「あのー、話ってなんですか？」

　連れてこられたのは屋上。

　まあ、いつもの避難場所だから警戒するほどでもないが、いきなり話とはなんだろうかと。

　先輩の顔を見ると少し赤い。

　赤い？

「こほんっ……みっちー、話の前に。さっきのは誰だ？」

「え、知らないんですか？　バレー部の足立先輩ですよ」

「ほう、私はあいにく興味のないものにはとことん興味がなくてな。知らん」

「あー、これ聞いたらあの人死ぬな……」

　ま、知らんけど。

「して、その足立とやらに絡まれていたのはやはり私のことでか？」

「ええ、そうですよ。ていうか先輩、足立先輩と噂されてることも知らないんですか？」

「何の話だ？　私はああいう鼻につく男子は苦手だな。それに……いや、いい。で、さっきの話の続きだが」

「あ、そうでしたね。なんですか、話って」

「うむ」

　先輩はすうっと深呼吸をしてから、胸に手を置いて、呼吸を整えてから話を続ける。

「みっちーは、私と付き合う気はないか？」

　……。

　……え？

「今、なんと？」

「私と付き合わないかと、聞いたのだ」

「つき、あう？　えと、それって」

「交際という意味だ。わかりやすく言えば私の婿にならないかということだが」

「いや交際じゃなくてそれ婚姻ですよね！？」

「ははっ、そっちの方が手っ取り早くていいのだがな。しかし何事も段階を経てというだろう。まずは男女交際を経て、同棲して互いの相性を確認してからの結婚でも遅くはない」

「え、あ、いや、それ、冗談ですよね？」

　何を急に言い出すかと思えば。

　交際だと？

　俺と、氷室先輩が？

　いや、ないない絶対ないって。

　え、どういう風の吹き回し？　あ、これも俺を斬りたいがための罠か。

　そうだ、そうに違いない。

　俺が彼氏になったら彼女の言うことを聞けとかいって、ばっさり斬るつもりなんだ。

「……どうせ俺の体が目的なんでしょ？」

　聞こえ方によってはかなり自意識過剰な言い方になったが。

　どうせまた先輩のことだから「ぎくっ」とか「ちっ」とか言って……。

「……みっちーは、私のことをそういうふうに思っているのだな」

「え？」

「……いや、いい。すべては私がまいた種。信じてくれという方が都合がよすぎるというものだ」

「あ、あの？」

　なぜか先輩は悲しそうな目で俺を見る。

　斬りたいとか、斬らせろとか、そういう話もなくただ悲しそうに。

　え、なんで……。

「みっちー」

「は、はい」

「……」

　先輩は悲しそに俺を呼んだあと、振り返って屋上の出入り口へ一人で向かっていき。

　やがて扉のノブに手をかけたところで、立ちすくむ俺の方を振り返って。

　悲しそうに笑って、告げた。

「……私は、どうやら君のことが好きになってしまったようだ」

　そのまま、先輩は扉から出て行く。

　聞き間違いなんかでは、なかった。

　はっきりと、先輩は言った。

　俺が好きだと。

　俺が好き、だと？

　え、どういうこと？

　俺の体質が、とかってそういうオチじゃ……いや、そんな話ではなさそうだった。

　先輩……。

◇

「おい、クズが一匹教室に混じってるぜ」

「あー汚らわしい。氷室先輩にまとわりつく虫がいるわ」

「おい誰か殺虫剤持ってこいよ」

　教室に戻ると、罵詈雑言の嵐だった。

　しかし聞こえてはくるものの頭には入ってこない。

　俺は今、先輩のことで頭がいっぱいだった。

　さっきの先輩の顔、告白、出て行く時の寂しそうな背中。

　あれは一体、なんだったんだろう。

　俺は夢でも見ていたのか？

　あの氷室神楽が、あろうことか教室で殺虫剤をかけられそうになってる俺みたいなやつのことを好き、だと？

　……いや、あり得ないって。

　いくらあの人が中身変人で頭おかしい人斬りメンヘラだとしても、だ。

　あの令嬢が社会の底辺みたいな俺に惚れるなんてそんな……。

「おい、誰に断ってそこに座ってんだよ？」

「え？」

　自分の席で、窓の外をみながらぼーっと考え事をしていると、目の前に男子が数人。

　囲まれた。

「お前、聞こえてるくせによくのうのうと教室にいられるよな」

「え、あ、あの」

「調子乗るなよマジで。どうやって氷室先輩に近づいたのかは知らねえけど、あんま度が過ぎると痛い目に遭うくらいじゃすまねえからな」

　皆、怒っていた。

　まあ、当然だ。

　俺みたいなやつが、皆の憧れである氷室神楽になにをすると。

　俺が逆の立場だったら多分、こいつらみたいに怒ってると思う。

　でも、

「じゃあ、どうしろってんだよ」

　これが本音だ。

　どうしろというのだ、俺に。

　不死身で生まれたかったわけでもないし、氷室先輩に好かれようとしたわけでもないし、誰にも迷惑をかけないようにひっそり生きることを選んで知らない街にまでやってきて一人せっせと暮らしてるっていうのに。

　それ以上どうしろと？

　死ねってか？　ははっ、死ねないんだよ生憎。

　ほんと、教えてくれよ……。

「おい、お前なんつった？」

「……どうしたらいいのかって、聞いたんだよ」

「なんだお前、それじゃあ俺らが死ねっていったら死ぬのかよ」

「……できたらそうしたい気分だよ」

「ははっ、じゃあ死ねよ。まじでお前みたいな人の弱みにつけ込む奴、大っ嫌いなんだよ！」

　ばーんと。

　机を蹴って俺の机の上の本を床に投げつけてからそいつらは散っていった。

　なるほど、俺は先輩の弱みにつけ込んでるってことになってるのか。

　……当たってるな。

　俺は、先輩が俺を斬りたがってることをいいことに、本来の立場や身分を考えずに随分と馴れ馴れしくしてきたもんだ。

　ま、してきたのはむこうだけど。

　本来俺ごときが親しくするべき相手ではないってこと、だ。

　それに……それに、親しくするくせに肝心なところだけ焦らすから、先輩はしびれを切らして俺のことを好きだとか言い出した。

　あれも、先輩の弱みに俺がつけ込んでる結果だ。

　あり得ないんだよ、絶対。

　俺なんかが誰かに好きっていわれることなんて。

「きゃーっ！」

　クラスメイトにいびられて落ち込んで、さっさと早退しようかと考えて席を立ったその時、グラウンドの方から女子の悲鳴が聞こえた。

　なんだなんだと皆が廊下に出て悲鳴のあった方向を見る。

　すると。

「おい、氷室神楽を出せ！」

　刃物を持った男が正門から侵入し、近くにいた女子生徒が腰を抜かしているのが見える。

　そして逃げ遅れた生徒が人質に。

　先生が数人駆け寄ろうとするも「来たらぶっ殺すぞ！」と中年男性が叫び、足が止まる。

「おい、あれやべえんじゃねえか？」

「まじかよ、え、逃げようぜ！」

「だ、誰か！　先輩が殺されちゃうよ！」

　捕まっているのはどうやら上級生。

　そして、突然の不法侵入者に学校中がパニックになる。

　慌てて裏門から逃げ出す生徒たち。

　面白半分に野次馬として残るやつら。

　犯人にバレないように警察を呼ぼうと電話する先生。

　そして。

「おい、警察が来たらこいつ殺すからな。あと、氷室神楽を出せ！」

　なぜか髭面に指名される先輩。

　……知り合い、ってわけでもないんだろうけど、誰なんだ？

「き、君は氷室君の知り合いかね？」

「ファンだ。彼女に会いにきたんだよ。へへっ、俺が抱いてやるからさっさと彼女を出せ」

　目がぶっ飛んでる。

　それに、先輩のファンだと？　……いや、ストーカーか何かか。

　しかし、今はそんなことよりこの状況を……って、俺に何ができるんだ。

　別に死にゃしないから逃げる必要はないけど、助けにいったところでどうなる？

　多分俺なら、犯人の反撃を喰らっても大丈夫だし、そもそも毎日刀で脅されていたせいか、手にもつ小さなナイフくらいなら全然怖くないけど。

　……俺は非力だし、運動神経悪いし、先輩みたいに武術の心得もない。

　それに、みんなに嫌われてるんだ。　

　余計なことして目立っても、また嫌われるだけだし。

　万が一、俺の特異体質が皆にバレたらもうこの街にも……。

「待て貴様、私に用があるのだろう。その子を離せ」

　うじうじ考え込んでいると、グラウンドに聡明な声が響く。

　そして、美しいその姿が現れる。

「先輩……」

　氷室先輩は、堂々と怯むことなくグラウンドを横切っていく。

　そして、少し離れたところで戸惑う先生たちを押しのけて犯人のもとへ。

　無茶だ。それになんでこんな時に刀を持ってないんだあの人は。

　慌てて俺は教室を飛び出して、グラウンドへ走る。

「貴様、女子高生を人質にとるなど笑止千万。そんな穢れた精神で私の名を呼ぶな！」

「おー、本物だあ。綺麗だなあ、神楽様。なあ、こっちきて兄ちゃんと遊ぼうぜ」

「どうやら話が通じないようだな。貴様のようなやつに裂く時間などない。その子を離してさっさと自首しろ！」

「……なんだよ、俺のこと嫌いなのかよ。そうかよ、わかったよ……じゃあ、ぶっ殺してやんよ！」

　人質の生徒を突き飛ばしたあと、犯人は氷室先輩に向かって走りだす。

　先輩は丸腰のまま、構える。

　それを見ながら俺は走る。

　走って、絡まりそうになる足を懸命に前に出して走る。

「せんぱい！」

　そして、飛び込んだ。

　突っ込んでくる不審者と先輩の間に割って入るように飛び込んで。

「がっ！」

　腹のあたりに激痛を覚えた。

「みっちー！」

　どうやら、刺されたようだ。

　あちこちで、悲鳴が聞こえる。

　でも、まあこれぐらいならすぐに治る……。

「せんぱい、今です！」

「あ、ああ！」

　俺が刺された隙に、先輩が犯人を取り押さえた。

　飛び込んだ勢いと犯人に思いきりぶっ刺された反動でそのまま転がって砂まみれになりながら、犯人に関節技を決める先輩と、慌てて駆け寄る先生たちを見た。

　そして俺のところへも。

　慌てて何人かの先生がやってくる。

「だ、大丈夫か君！！？」

「救急車！　はやく、救急車呼べ！」

　大騒ぎだ。

　そりゃそうだ、学校に不審者が入ってきて生徒が刺されたなんて、大事件もいいところだ。

　でも、大事に至らない。

　それが、都合が悪い。

　ああ、どうせなら普通に傷ついて、普通に病院に運ばれて、なんなら普通に死ねたら英雄にでもなれたかもしれないのに。

　残念ながら俺はそうはならない。

　傷口が再生する。

　飛び散った血が、俺の元へ集まってくる。

「え……」

　駆け寄る先生たちの顔がみるみるうちに曇っていく。

　まあ、そうだよな。

　普通はそうなるよ。

　俺は、人助けをして先輩を庇って刺されて傷ついた男子生徒にはなれない。

　いつだって、どこに行ったって結局。

　俺は化物なんだ……。