第28話 噂の相手
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先輩のおじいさん家に連れていかれた翌日の朝。
先輩は当然のように家にやってきた。
「みっちー、おはよう」
「あ、おはようございます。あの、ええと」
「どうした?」
「あ、いや別に……」
玄関先で待つ先輩は、すっかりいつもの調子に戻っていた。
ま、その方がほっとする。
「みっちー、早く学校へ行かぬか? そしてさっさと終わらせて放課後デートといこうではないか」
「いや、早く行っても下校時間は変わりませんけど」
「ははっ、そうだったな。いや、しかし昨日すごいものを発見してな」
「すごいもの? UFOでもみたんですか?」
「それよりもある意味すごい。無限に沸く泉のようなものだ」
「……」
また変なものを見つけてきたのか。
で、俺にそれを見せたいと。
やだなあ、ろくなことにならなさそうだし。
「さて、立ち話もなんだ。みっちー、学校へ行くぞ」
「今日も送迎ですか? 俺、落ち着かないんですよ学校に車で行くの」
「ははっ、そう言うと思ってな。今日はここから歩いていこうと思っている」
「え、いいんですか? だって送迎は義務じゃ」
「両親が帰るのはまだ先だからな。なんでもありだ」
「あ、そ」
しかしいつまでも家を空けてるな先輩の両親は。
金持ちだから忙しいのか、それとも旅行か何かなのかは知らんけどたまには家に帰ってこいよ。
じゃないと毎日俺がおもちゃだ。
「ほー、いい風だ」
そんな俺の憂いなど知ったこっちゃない様子で、先輩は学校へ向かうなんでもない道を気持ちよさげに歩いている。
ぐーっと手を伸ばして風を全身に浴びると、長い髪がサラッとなびく。
「先輩、あんまりはしゃがないでください」
「どうしてだ? 開放的な気分に酔いしれているのだからいいじゃないか」
「先輩は目立つんですから。あと、俺は目立ちたくないんです」
「ははっ、みっちーは本当に内気だな。しかし自ら人とのつながりを絶ってしまうのは悲しいぞ。君なら、普通にしていればなんかこう、オタクっぽいのがいっぱい寄ってきそうだ」
「いやそれ全然うれしくないんだけど」
「しかし私には誰も寄り付かん。それも嬉しいことではない」
「……まあ」
人間離れしすぎてるせいで人に嫌われる俺と、あまりに完璧な人間すぎて誰も寄り付かない先輩。
果たして、どっちがいいのかと言われたら今は微妙だな。
俺なんかより、先輩の方が窮屈そうだ。
「でも、先輩ももっと普通にしてたら友達増えそうですけどね」
「まあな。私は本来お喋りも好きだし色んなことに興味があるし、次に生まれ変わったらそういう人生を送ってみたいものだ」
「今からでも大丈夫でしょ別に」
「……」
さっきまで軽快だった先輩の動きが止まる。
そして、空を仰ぐと一言。
「無理だ」
とだけ。
「せ、先輩?」
「いや、すまん朝からしんみりした。さて、手をつなぐぞ」
「いや、どさくさに紛れて繋ごうとしないでください俺殺されるんで」
「ははっ、死なないくせに」
「まあ」
一瞬、先輩が昨日みたいに暗くなったので心配したがその後はいつも通り。
そして正門が見えてくると、先輩を待ち伏せしている多くの生徒から「おい、先輩から離れろゴミ!」と罵声が飛ぶ。
罵詈雑言のライスシャワーを浴びながら、俺はそれでもなんとか今日も学校へ通うことができてほっとしていたのだけど。
「貴様、千寿だな」
先輩と別れてすぐ、廊下を歩く俺の前に男三人組が立ちはだかってきた。
眼鏡のひょろいやつ、デブでおかっぱを両サイドに引き連れる真ん中の男はどこかで見たことがあるようなないような……。
「あ、もしかしてバレー部の足立先輩ですか?」
「ほう、俺を知っているとは感心だ。しかしそれくらいで貴様の罪が軽くなるわけではないぞ」
と、いきなりわけのわからないことを言ってくるこの人は三年生でバレー部のエースと言われる
イケメンで長身、更に勉強も学校でトップクラスというスーパーマンの存在は、まあ嫌でもみんな知っている。
毎週全校朝礼の度に何らかの表彰を受けてたり、先生だってことあるごとに「足立君のような文武両道を」と、口癖のように言う。
そんな彼がどうして俺のところにやってきたのか、についてだが。
なんとなく、すぐに察しはついた。
そして、それは当たっているようだ。
「貴様、氷室神楽とどういう関係だ」
なるほど、やっぱりだ。
確かこの人、学校内アンケートの氷室先輩と一番お似合いな男子ランキング(まじでなんだそれって感じだが)でずっと一位だとか。
それに家柄も結構な金持ちらしいし、まあ世間から見ればお似合いというのも納得はできる。
俺だって、入学してすぐの時は二人が付き合ってるもんだと思っていたくらいだし。
そんな人が最近の俺と氷室先輩の動向を黙ってみているわけがない。
あー、めんどくさいなあ。
「あの、俺は別に先輩とは何も」
「しかし皆が皆、貴様と氷室が仲良くデートをしているところを見たと言っているぞ?」
「い、いやそれは」
「それに家に出入りしているところなどもな」
「ええと、それはですね……」
さて、なんと説明したらよいか。
何もないことも事実だが、実際デートしたり先輩が家に来てることも事実。
でもなあ、斬られそうになって付きまとわれてるなんて、死んでも言えないんだよなあ。
死なないけど。
「……あれは先輩がですね、俺があまりに不憫だから構ってくれてるだけ、ですよ」
「不憫? ははっ、確かに不憫そうだ。顔も冴えないし背も高くないし貴様は友人もいないと訊くしバカだそうだし、不憫も不憫、もはや生まれたことが不幸だな」
「……」
いや、言いすぎだろ!
いくらなんでもひどい!
それくらい自覚あるって!
それに、
「生まれたことが不幸、っていうのはまあ否定しませんよ。なんで俺だけこんな目に遭わなきゃならんのだって、毎日思ってますから」
「ほほう、そこまで自覚があるのなら話は早い。貴様、金輪際氷室神楽に近づくな」
ナルシストなのか、長い前髪をかき分けながらびしっと俺に指さしてくる足立先輩。
そしてうんうんと相槌を打つ取り巻き。
いや、こいつらいる?
……って今はそれどころじゃないな。
「あの、一個いいですか?」
「なんだ」
「足立先輩は、氷室先輩とお付き合いしてるわけじゃないんですよね?」
「ああ。しかし”今はまだ”という言葉を付け加えよう。彼女は必ず俺が落とす。だから邪魔をするな」
「……ちなみに仲がよかったりはするんですか?」
「まだ話したこともない。しかし”今はまだ”とだけ付け加えておけ」
「……」
今はまだってめっちゃ便利な言葉だな。
それつけたら、なんか全部可能性に満ちてくるような気にさせられる。
本当は全然そんなことないのに。
「あ、みっちー」
足立先輩って話してみるとよくわかんねえキャラしてるなあとうんざりしてるところで訊きなれた声が。
振り返ると向こうから氷室先輩が歩いてこっちに向かってきている。
「あ、先輩? どうしてここに」
「いやなに、職員室に用があってな。みっちーこそ何を」
「ええと、何から話せばよいか」
「氷室神楽!」
めんどくさいので色々スルーしようとおもっていたのに、向かいに聳え立つでくの坊みたいなバレー部のエースが目を大きく見開いて大きな声で先輩の名を呼ぶ。
「氷室神楽、せっかくだから言わせてもらう。君はこんなモブとではなく俺のような学校のヒーローとこそ」
「誰だ、君は」
「え?」
「いや、誰? みっちー、この無駄に背の高い高圧的な男は誰だ」
「む、むだ……」
ばっさり。
氷室先輩は本当に足立先輩のことなど一ミリも知らない様子で無駄に背の高い男といって。
一刀両断。
「それよりみっちー、ちょっとついてきてくれ」
「え、でももう授業が」
「どうせ教室には入りづらいのだろう。話があるのだ」
「え、ええ」
いつもの調子で氷室先輩に引っ張られる形でついていく。
その時、振り返って足立先輩を見るとちょうど膝から崩れ落ちて取り巻きに慰められているところだった。
……なんかあの人、憎めないキャラしてるなあ。
でも、やっぱりめんどくさいからもう登場しないでください、お願いします。
と、心の中で祈りながら変なフラグを立ててしまったような気がした。
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