第27話 ファミレスの事情
帰りはもちろんじいやさんの送迎で。
しかし車中でも先輩は一言も発することなく、じっと窓の外を見ていた。
そしてしばらく沈黙が続いた後、我が家に到着した。
「では先輩、また」
「あ、ああ。またな、みっちー」
「……なにがあったかわかりませんが、元気だしてくださいね」
「ふっ、優しいなみっちーは。うん、またな」
見送る時も、終始先輩に元気はなかった。
初めて見る、落ち込んだ姿の先輩に俺は少し動揺した。
そして、同時に少しだけ。
儚げな彼女に、見蕩れてしまっていた。
♥
「はい……って氷室先輩? なんすかこんな夜に」
「いや、君に相談したいことがあってな。どうだ、この後一杯やらぬか」
「おっさんすか先輩は……酒飲めないすけど、それでいいなら別に」
「ああ、すまん。では都合のいい場所を教えてくれ」
「んー、じゃあ駅前のファミレスで、どすか?」
「ああ、わかった」
みっちーを見送った後、私はいてもたってもいられなくなり、電話をかけた。
相手は高屋。
常に怠そうなあのギャルだ。
連絡先は調べればすぐわかったので早速電話して、呼び出した。
なぜ彼女に相談したのかはいうまでもない。
私は友人がいないからだ。
まともに会話したことがある同年代の女子というものも、ほぼ皆無。
その点彼女とは最近接点があった。
みっちーに好意を寄せる天敵でもあるが、今は背に腹はかえられまい。
そのまま、彼女の指定した店に向かい店内へ。
すると、いつものようにだるそうに携帯を触るギャルがボックス席に座っていた。
「ちす、先輩」
「すまんな、急に呼び出して」
「んー、ていうか電話してきた時点でなんかヤバめな雰囲気察したんで」
ほう、この娘はそういう空気を察する能力があるのか。
意外だな。
「では早速。いや、その前に何か飲むか?」
「んー、ドリンクバー頼んだんで。先輩もなんか入れてきたらどっすか?」
「なに、自分で飲み物をとるだと? なんと無礼な店だここは」
「いや、そういうもんなんすよ……でも、飲みほなんで」
「ノミホ?」
「飲み放題っす。何杯飲んでもいいんですよ」
「な、なんだと? そんなやけくそな経営方針で店が成り立つのか?」
「知らんすよファミレスの経営状況とか……」
ふむ、なんとも奇妙な店に連れてこられたものだ。
しかしいくらでも飲んでいいというのであればお言葉に甘えるとしよう。
ええと、そこのグラスを使うのか。
で、何か機械があるがこれはなんだ?
「んー」
「先輩、飲みたいやつのボタン押したらでるんす」
「む、そうか。すまんな高屋、君は物知りだな」
「先輩が知らなさすぎなんすけどね」
既に眠そうな高屋の指南を受けながらようやく。
入れたのはオレンジジュース。
席に戻って一口飲むと、普通のオレンジジュースだった。
薄めてもいない、ちゃんとした味だ。
ほう、これがいくらでも飲めるというのは驚きだ。
今度みっちーを誘って驚かせてやる。
ふふっ、私の方が物知りだと思い知らせてやる。
「……なににやけてんすか、先輩?」
「あ、いやすまん。つい」
「千ちゃんのこと、考えてたんすか?」
「なっ、お前は心が読める類の能力者か?」
「他にどんな類の能力者がいるんか気になりますけど……ていうか見たらわかるっす。で、今日もどうせ千ちゃんのことで相談があるんっしょ?」
まるで私の心を見透かしたように、片肘をついて怠そうに高屋は言う。
万物を見渡す能力でもあるのかこいつは?
「まあ、バレてるのなら隠す必要もあるまい。そうだ、私は今悩んでいる」
「千ちゃんとなんかあったんすか?」
「い、いや。彼に何かあったというより、私が、な」
そっと胸に手を置いてみる。
すると、やはりモヤモヤした感情が渦巻いているのがよくわかる。
と、同時に。
どこかあたたかい。
これは一体なんなのだろう。
「……恋すね」
「コイ?」
「先輩、千ちゃんに惚れたんすよ。好きってことっす」
「わ、私が? みっちーのことを好き、だと?」
「いや、誰がどう見てもそうっしょ。千ちゃんのこと考えてたら、ポカポカしません?」
「ふむ、なんだかじんわりあたたかくなるな」
「千ちゃんと一緒にいたらウキウキしません?」
「ウキウキというのがどういうものかわからんが、嬉しくてつい羽目を外したくなってしまうのは確かだ」
「いや大好きかよ。それ、ぞっこんす」
「ぞっ、こん?」
ぞっこんとはなんなのか。
時々不思議な言葉を使うやつだ。
しかし、私がみっちーに恋とな。
考えてもみなかった。
確かに気になる存在ではあるし、彼の好感度は私の目標達成に直結するから常に気になってはいるし、なんか彼といると楽しいしふわふわするし、今はみっちーがいないからちょっと寂しいし。
しかしこれが恋?
私にはよくわからない。
「ふむ」
「先輩、マジで純なんすね」
「純、か。まあ、穢れのない身体ではあるが」
「そっすか。でも、なんかいいっすねそういうの」
「いい?」
「うらやまっす。あーあ、先輩は結局全部もってっちゃうんすね」
高屋は、コーラをぐびっと飲んでから。
まるでそれが酒であったかのように目つきを変える。
私を鋭く睨む。
「な、なんだ?」
「……はあ。なんか調子狂ったっす。ほんと、先輩の顔見たらコーラの一杯くらいぶっかけてやろうかと思いましたけど、やめました」
「な、なんで私に?」
「んー、話せば長くなるんで、パスっす。ま、先輩に救われたとこもあるんでチャラにしときます」
「?」
さっきからずっと、高屋が何を言ってるのか私には理解ができなかった。
しかし高屋は全て悟ったような様子であきれ顔をすると、私に向けていた鋭い眼光を消す。
「ま、せっかくなんで女子トークでもしましょう」
「女子とおく? なんだそれは」
「女同士の方がいいやすいとこあるっしょ。で、千ちゃんのどこが気になるんすか?」
「ふむ、私は彼がいないと落ち着かないのだ。いや、いたらいたで落ち着かぬが」
「重症すね。あー、なんかうちにはそこまでは言えないや。うん、しらけるっすね」
でも。
まだ諦めはしないっすけど。
高屋はそう言ってコーラを飲み干すと席を立ち、「ごっそさんす」といってそのまま店を出て行った。
あまりにさらっと帰られたので私は呆気にとられたが、やがて我に返るとグラスが空になっていることに気づく。
恋、か。
みっちー……今頃はもう、寝ているのだろうか。
さて、もう一杯飲んでから私も帰るとしよう。
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