第25話 策略

「はあ、はあ……あー無理だー!」


 日が暮れると同時に絶望した。

 畳に突き刺さった刀は全く抜けないどころか一ミリも動いていない。

 どうやら俺は伝説の勇者ではなかったようだ。


「ふむ、一日では無理か。みっちーもやはりただの人間だな」

「俺にとってそれは誉め言葉ですけど、ただの人間を斬ろうとするあんたらは鬼だよ」

「ははっ、鬼とはな。ではみっちーと結婚したら私は鬼嫁だ」

「意味が違うわ」

 

 ことあるごとに斬りつけてくるなんて、ある意味鬼嫁だけど。

 そんな嫁嫌じゃい。


「どうやら、試練は不合格のようだな」


 先輩と喋りながらつい手がお留守になっていると部屋に。

 祖父とやらが戻ってきた。


「あ……」

「どうだ私の刀の威力は? びくともせぬだろう」

「ま、まったく……どうなってんですかこれ?」

「ふむ、貸してみい」


 俺を手で払いのけると、祖父とやらは地面に突き刺さった刀の柄を片手で握り、何事もなくずぼっと抜く。


「え?」

「ほれ、この通りだ」

「え、え、え? どうなってんの?」


 まるで何かの手品のエキストラでもやらされたような、狐につままれたような気分だった。


 あれだけ必死に抜こうとしても抜けない刀がどうしてそうもあっさり……。


「まだまだ修行が足りぬということだ、少年」

「……修行って例えば?」

「死にかけて仙豆食うやつ」

「あんたさてはオタクだな!」


 ちょいちょいふざけてくるこの感じ、どうやら先輩の祖父ということで間違いはないようだ。

 いやなに、先輩からおじいさまと紹介されても俺は半信半疑だったのだ。

 だって、全然似てないんだもん。

 クマみたいなこのじじいのDNAが氷室先輩のどこにあるんだって、見れば誰でも思うはずだけど。


 こうしてふざけるところとか、すぐに刀ぬくとこなんかはそっくりだ。

 変なとこばっかり似やがって。


「さてと、おぬし。覚悟はできておるのだろうな」

「え、覚悟?」

「この刀を抜けなければ斬ると、そう話したはずだが?」

「あ」


 そうだった。

 だから必死になってこの刀を抜こうと汗を流してたんだっけ。


「さてと、そこになおるがよい」

「ま、待ってください! ひ、人殺しになりますよ?」

「問題ない、塵も残さん」

「問題大ありだよ! ていうか斬るんだよな!?」


 今から燃やされるのか俺は?

 

「ふむ、うるさいやつだな君は」

「いや、斬られそうになったら誰でも騒ぐでしょ」

「しかしわしの構えの前では皆恐怖で言葉も出ぬというのに。おぬし、死ぬのが怖くないのか?」

「え?」


 振りかざした刀を降ろすと、先輩の祖父は鞘にそれをおさめてから。


「腹が減ったの。飯にしよう」


 そう言って、また部屋の外へ出て行った。


「……助かった、のか?」

「みっちー、やるではないか」

「あ、先輩。いや、なにがなんやら」

「祖父は人の精神力を見抜く天才だ。おそらく、祖父の太刀の前でも堂々とする姿を見て、みっちーの精神力を認めたのだろう」

「精神力、ねえ」


 まあ、確かに死ぬことに対して、俺は普通の人より恐怖心がないのかもしれない。

 万が一斬られても、心のどこかで大丈夫かもと思ってる自分がいるのは否定しない。

 まあ、だからといって斬られるのは嫌だけど。


「おじい様が食事を振る舞うなど、客人に対しても見たことがない。みっちー、いよいよ私たちの仲は公認となったようだ」

「いや、勝手に公認すな」

「ははっ、照れるな照れるな。今からそんなのでは初夜の時にじいやを呼ぶことになるぞ」

「それだけは絶対嫌です!」


 なんてこと言うんだと、おもいっきりツッコみを入れたところで部屋の向こうから「二人とも、きなさい」と声がかかる。


 そのまま部屋を出て先輩についていくと、今度は広い家の中央にあるリビングに連れていかれる。


 そこで、おじいさんが机に鍋を用意していた。


「ほう、来たか。まあかけたまえ」

「し、失礼します」


 テーブルの端っこにある椅子に座ると、先輩も隣にそっと腰かける。

 そしてぐつぐつと煮える鍋の湯気の向こう側からスキンヘッドの彼が。


「孫をよろしく頼むの」


 小さく呟いた。

 鍋の音で聞き取りづらく、聞き間違いかと思って黙っていると「おい、嫌なのか?」と怒られてつい。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 なんて言ってしまった。

 言っちゃった。

 口走った、とでもいうべきか。


「あ」

「みっちー、ついに私と添い遂げる覚悟を決めたのだな」

「え、いや今のは条件反射で」

「ええい武士に二言はない!」

「俺は武士じゃないんだけど……」


 ていうかあんたらも武士じゃねえだろ。

 いらんことを言ったなと肩を落としていると、おじいさんが鍋を取り分けてくれて小皿を渡してくる。


「ほれ、食べい」

「い、いただきます……ん、うまい?」

「どうだ、わしはこう見えて料理は得意なのだ。弟子との合宿などでも鍋奉行をするのはわしだからな」

「……うまいなこれ。それに」


 それに、先輩の料理と味が似ていた。

 なるほど、先輩はこの人から料理を教わったのか。


「ほれ、どんどん食べるがいい。若いものはじゃんじゃん食べるのが仕事だ」

「は、はい」


 なんかすっかり空気に流されてるという自覚はあったが、それでもうまい飯の前では何人たりとも無力なもの。


 がつがつと注がれた料理を食べて食べて食べまくって。


 お腹いっぱいになったところで、トイレに行きたくなった。


「すみません先輩、トイレお借りしてもいいですか?」

「ああ、それなら廊下のつきあたりだ」

「ちょっと失礼します」


 そそくさと廊下に出る途中、何やら楽しそうに話す二人の笑い声がした。

 仲がいいんだな、あの二人。

 でも、いいなこういうのも。家族って感じで。


 もちろん人斬りじじいとヤンデレブレーダー娘相手に完全に気を許すのはどうかと思うけど。


 ちょっとだけこういうのもいいなって思ってしまいながら長い廊下を歩いて奥へ進んだ。



「おじいさま、ご協力感謝する」

「なんの。可愛い孫娘の為と思えばお安い御用だ。で、あんな感じでいいのか?」

「ええ、ばっちり。周りから固めるというのは恋愛の定石ということですから」

「ほう、策士よの。さすがは我が孫だ」

「ふふっ、おじいさまの教えのおかげです」

「ほほっ、せいぜい仲良く添い遂げるがよい」

「はい、おじいさま」


 さて、夜もふけてきたし。

 みっちーが戻ってきたら何をしようか。


 ふふっ、今夜は……帰さないぞ。


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