第24話 試練?

「こ、ここは?」


 見慣れない場所だった。

 元々ここが地元ではない俺にとってそんな場所などままあるものだとしても、大体そこがどの辺かくらいは周囲の景色をみればわかりそうなものだが。


 今俺がいるのは学校の近くなのか。

 先輩の家の近所なのかはたまた俺の家のすぐそばか。

 それともそのどれでもなく、全く別の場所か。


 首をかしげていると車のドアを開けながら先輩が、


「ここは祖父の家だ」


 そういって、先に車を降りた。


「え、祖父?」


 車に残された俺が思わずつぶやくと、運転席のじいやさんがバックミラー越しに俺を見ながら補足してくれた。


「お嬢様の御祖父様であられます氷室道山ひむろどうざん様は、居合の世界では知らない方がいないほどの達人でございます。居合を嗜まれますお嬢様は道山様を大変慕っておられ、大切なお話がある際はいつもここに参られるのです」


 では、お気をつけて。


 じいやさんは、少し物騒なことを最後に言い残してから、俺の為に外から扉を開けてくれた。


 気を付けるって。

 先輩のおじいさんに会うだけでどう気を付けることがあるのだ?

 まさか孫と同じかそれ以上の狂人だとか……。

 ああ、もしかしてこれから氷室家三代による俺の斬首刑が始まるんじゃ……。


 そう思うと既に逃げ出したかったが、今ここがどこなのかもよくわからない以上逃亡するのも無理な話で。

 目の前の大屋敷にさっさと入っていく先輩に仕方なくついていく。


「あの、先輩」

「なんだ?」

「えと、どうして急にこんなところへ?」

「愚問だな。おじい様のところへは報告を兼ねて定期的に伺っている」

「報告?」

「ああ、大切な報告だ。しかしある程度の用件は伝えてあるから安心したまえ」


 得意げに話す先輩を見て一層不安になった。

 なにせ学校の一件でも俺と先輩の噂をおさめるどころか取り返しがつかないくらいひどい話にしてしまったような人である。

 安心なんてできるもんか。

 ほんと、変な話にならなければいいけど。


「おじい様、失礼する」


 大きな引き戸をガラガラとあけて中に入ると、玄関から冷たい空気が流れ込んでくる。

 古い家の、畳の匂い。

 でも、どこか落ち着く。

 薄暗く、だだっ広くて不気味さすらある家なのに不思議な感覚だ。


「おお、神楽か。中に入りたまえ」


 そして廊下の奥から声がする。

 渋い、少ししゃがれた声。

 声の主が先輩のおじいさんで間違いないだろう。


「では。みっちー、ついてこい」

「は、はい」


 恐る恐る薄暗い廊下を進んでいく。

 少し床がきしむ音が響き、一層の不気味さを演出する。


 そして、


「ここがおじいさまの部屋だ」


 廊下の突き当りにある大きなふすまの前で先輩は足を止める。

 どうやらここに、居合の達人であり氷室先輩の祖父である氷室道山がいるそうだ。


「じゃあ、開けてみたまえ」

「え、俺がですか?」

「ええ、おじい様はサプライズが大好きなのだ」

「サプライズ、ねえ」


 でも、可愛い孫娘が急に男を連れてくるなんてサプライズ、嬉しいものなのかな?


 普通なら門前払いされたり、それこそ居合の達人なら刀で脅してきたり。

 いや、さすがに一般人がそんなことまではしないか。

 多少煙たがられる可能性はあっても、仮にも道場の先生をしているような人なら、人格者に違いあるまい。


「……失礼します」


 とはいえ、あったこともない人の部屋の扉を開けるのには緊張が走る。

 躊躇いながらそっとふすまを開けると。


 目の前に刀の切っ先が突き付けられた。


「……え?」

「動くでないぞ小僧。動いたら最後、この妖刀ムラマサの錆となることを覚えておけ」

 

 なんとも物騒なことを、物騒な低い声でいいながら物騒にも刀を人に向けてきたのはスキンヘッドの御老体。

 

 凄まじい殺気だ。

 俺はあまりの恐怖に言葉すら失う。


 動いたら死ぬと、不死の身でありながらも自らに備わる生存本能がそう告げている。

 それに、この恐怖は経験がある。


 死の直前の、真っ暗になるあの感じ。

 すべてが虚無になるあの感覚に、そっくりだ。


「……」

「ほう、わしに刀を向けられても微動だにせんとはなかなかやりよる。おぬし、名は?」

「え、せ、千寿」

「ええい喋るでないと言うたろうが」

「……」


 いや、聞いてきたのお前じゃん。

 なんだこいつ、めっちゃ怖いけどアホなのか?


「おじい様、このものが私の話していた後輩です」


 と、後ろから氷室先輩。

 すると、さっきまで殺気立っていた坊主頭の表情が緩む。


「おお、神楽。おかえり、学校はどうだった?」

「ええ、問題ありません。それより、中に入らせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんだ。さっ、お茶でも持ってくるから座っておれ」


 さっさと、先輩は中に入る。

 それをみて俺も中に入ろうとすると、「おぬしは正座して待っとれ」と。


 釘を刺されたので先輩の隣に正座して待つことになった。


 広い畳の部屋。

 中央に漆塗りの大きな机があるだけの何もない場所だが、床の間には長い刀が飾られている。


「な、なんか殺風景な場所ですね」

「ここは祖父の精神統一のための部屋だ。精神と時の」

「それ以上言うと色々引っかかるからやめてください」

「ははっ、そんな感じでラフにしていればいい。祖父は非常に常識溢れた方だ」


 どこがだ。

 初対面の人間に刃物を向けるやつなんて非常識にあふれてるだろ。


「戻ったぞ。神楽、羊羹も食べい」

「ありがとうございますおじいさま。みっちーも、いただこう」

「い、いただきます」


 先輩が羊羹を一口、遠慮気味に爪楊枝で食べると祖父とやらの表情がニコリ。

 俺が羊羹を一口、もちろん遠慮気味に食べたはずなのに祖父とやらがぎろり。


 怒るなら出すなよ。


「ふむ。して神楽よ、わしに紹介したいものがおるとは一体どういう風の吹き回しじゃ」

「おじいさま、みっ……彼は私の学校の後輩なのですが、同時に私の運命の人なのです」

「なんと」


 いきなり雑な紹介を先輩がぶちまけると、目の前の禿が茶をぶちまけた。

 そして、


「やはりそこへなおれ! 成敗してくれる!」


 と、刀を抜く。

 

「わーっ!」

「おじいさま、お待ちください最後までお話を」

「ぬぬっ……失敬、取り乱した」


 そのまま、刀を鞘に納めて横に置く。

 うん、こいつらは人斬り一族だよマジで。

 なんで社会的地位が高いんだよこいつらが。

 犯罪者だろ。


「おじいさま、このものは私に勇気と安らぎと、希望を与えてくださりました。氷室家の跡取りとして固く冷たく生きてきた私目の心にぬくもりを、そして強いられた宿命に生きる意味をもたらしてくださいました。どうか、このものとの清きご交際を認めてはいただけないでしょうか」


 唐突に、先輩が頭を下げながら丁寧にあいさつを始める。

 それを横で聞きながら、少し照れくさくなる。


 そんな大げさに紹介してもらうほど、俺は何もしてないんだけどなあ。

 誰かの生きる意味になれてる、か。でも、だとすればこの体にも意味が……ん?


「先輩、今なんて言いました?」

「君と結婚するといったのだが?」

「いや、言ってませんよね!? じゃなくて、交際!? なに勝手なこと決めてるんですか!」

「何を言う、何度も逢瀬を繰り返し互いに励まし合い、励み合い、そして乳繰り合った仲だろう」

「最後のは全力で否定だ! 触ったこともないだろ!」


 いつもの調子で思いっきりツッコんでしまった。

 そしてすぐに我に返って、焦って祖父とやらを見る。

 絶対刀を抜いて構えてるだろうと思ったが。


 意外にも笑っていた。


「はっはっは」

「……?」

「いや、すまぬ。おぬし、神楽とは随分仲がよいのじゃな」

「え、いや、まあ最近、ですが」

「ふむ、神楽がそこまで楽しそうにしておるのはわしも初めてだ。なるほど、神楽の言い分も理解してやらねばならぬな」


 すると、祖父とやらはスッと立ち上がって。

 刀を抜く。

 

 え、なんでこの流れで? と身構えたが、その刀は俺にではなく畳の地面に。


 突き刺さる。


「……なにを?」

「おぬし、今晩中にこの刀を抜くことができたら神楽との仲を認めてやろう。しかし、もしできなければこの刀の錆になることを覚悟しておくがよい」

「え、な、なにその試練みたいなやつ?」

「だいたい選ばれしものは剣を抜くのが相場だろうが」

「アーサー王か!」

「何をいう、ドラクエじゃ」

「ゲームかい!」


 ゲームすんのかよこのじじい。

 ていうかそんな畳に突き刺さっただけの刀、すぐ抜けるだろ。


「まあ、斬られるのは御免なので早速……ん?」

「どうだ、手ごたえはあるか?」

「……抜けない?」


 少し深く刺さっているだけとはいえ、まるで伝説の剣よろしくその刀はびくともしない。

 どうなってんだこれ?


「ふむ、まだまだ心に邪念があるようだな。おぬし、その刀を抜けなければ妖刀ムラマサの餌食になると覚悟せい」

「え、なんでそんな名刀持ってんの!?」

「いやなに、神楽が欲しいというから買っちゃった」

「じじバカ!」


 そんな俺のツッコミもサラッと受け流されて、祖父とやらは去る。

 そして刀が抜けないことに焦る俺を見ながら、先輩は笑う。


「ふふっ」

「な、なんですか? 笑ってないで手伝ってください」

「いや、すまん。随分祖父にも気に入られたようだと思ってな」

「どこがですか」

「まあいい。とりあえずその刀を抜くのは至難の業だ。あの祖父が全霊を込めて刺した刀を抜くのは私でも苦労したものだ」

「え、先輩もやったことあるんですか?」

「無論だ」

「で、どれくらいかかりました?」

「ざっと一週間」

「むりー!」


 ムリゲーだった。

 うんしょうんしょと何度も何度も根気よく刀を抜こうとしながら、途中で一体俺は何をやっているんだろうと冷静になりながらも、なぜかこの刀を抜かないとひどい目に遭わされる気がして一生懸命に、雑念だらけのまま刀の柄を握り続け。


 日が暮れてしまった。

 

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