第21話 ぶっちゃける


「ほほう、君は高屋というのか」

「ちっす、以後よろしくっす氷室先輩」


 今、じいやの運転する車に高屋とやらを乗せて街を走っている。

 学校へまっすぐいかず遠回りをしているのは言わずもがな。

 この女に訊きたいことがいくつかある。


「まず質問をさせてもらう。君はみっちーとどういう関係だ」

「千ちゃんとは同級生っす。ま、命の恩人すかね彼は」

「なんと奇遇だな。私も彼に命を救われたことがある」

「へー、人助けが趣味なんすかね彼って。で、先輩は千ちゃんのなんなんすか?」

「む」


 私に質問を返してくるとはいい度胸だ。

 しかも鋭い質問をしてくる。

 私はみっちーにとって何なのか、か。

 ふむ、なんなのだろう?

 恋人、というのはまだみっちーが正式にOKを出してないし、斬る側と斬られる側という説明では雑過ぎてこの娘には理解が及ばぬだろうし。


 んー。


「うーむ」

「ふーん、まだそういう関係ではないんすね」

「そ、そういう?」

「先輩も結構ウブなんすね。ま、お嬢様っぽいし」

「そういう君はどうなんだ。ただの同級生が家まで迎えにいくとはいかほどかと」

「その言葉そのまま返していいっすか? ただの学校の先輩が家までくるって、変っしょ」

「うーむ」


 どうもこの娘はやりにくい。

 どうしてそんなに飄々としているのだ。

 そして、どうしてずっとだるそうなのだ?

 私といるのが鬱陶しいのか? そうなのか?


「ま、千ちゃんと先輩は学校でも結構噂になってますから、今更そういう関係って言われても驚かないっすけど」

「噂とな。いかな噂だ」

「え、そりゃ付き合ってるって。みんなそう言ってるすけど」


 ……付き合ってる?

 私とみっちーが、交際をしていると皆はそう思っているというのか?


 ほほう、他人から見ればすでにお似合いというわけか。

 

「ほほう」

「先輩、にやけてますけど」

「に、にやけてなどおらぬ。決してみっちーと恋人だと思われている事実に喜んでなどおらぬ」

「わかりやすいっすね先輩って」


 まただるそうに高屋とやらは呟く。

 しかし何を考えてるか読めないやつだ。

 単純明快でわかりやすいみっちーとは真逆のタイプだな。


「しかし私と彼が既に恋仲と噂されていて、なぜ貴様は彼の家にいくのだ」

「んー、だって違うんでしょ? だったら別に誰が行ってもよくないすか?」

「う、ううむ」

「それに見た感じ千ちゃんもまだ先輩に絆されてる感じじゃないし。ま、鈍いからってだけなんかもだけど」


 高屋はため息をつく。

 なんでここでため息?

 

「はあ……」

「なんだなんださっきから。シャキッとせぬか」

「なんか話しててしらけるんすよ。んや、回りくどいのはやめっすね。すばり先輩は千ちゃんのどこが気に入ってるんすか?」


 ちょっとだけ、高屋の目つきが鋭くなる。

 眠そうなのにしっかりと両の目で私を捉えて離さない。


 ……どこが気に入ってるか、か。

 そんなの決まっている。

 彼が不死身だからに他ならない。

 

 不死身だから斬り放題、私の兼ねてよりの願望を叶えてくれる存在だからだ。


 しかしこれは彼と私の秘密だ。

 人の秘密をベラベラと明かすような愚かな人間ではない。

 今は他の理由を探すしかあるまい。


 ええと。


「そうだな、一緒にいると楽しいぞ。歯に衣着せぬ彼のツッコミは心地良いし、私も彼も世間知らずな故、一緒にいても新しい発見ばかりで飽きぬしな。それと、なんだろうな、一緒にいたいと、自然とそう思ってしまうのだ。まあ、理由はここでは言えないが、なぜか彼といるとふわふわする」


 なんだ、案外色々とあるものだな。

 と、彼を贔屓する理由を述べているとまた。

 今度はさっきより深いため息を高屋が吐く。


「はあー」

「なんだ、聞かれたことを答えたというのにその態度は」

「いや、なんでもないっす。先輩、それ本音すか?」

「私は嘘など言わぬ」

「あ、そ。幸せもんっすね、彼って」

「?」


 この女、どこか濁した物言いをするが一体何が言いたいのか。

 首を傾げながら運転席のじいやを見るとじいやは少し笑っていた。

 いや、わからないのは私だけなのか?


「ふむ」

「ま、そんな深く考えなくていいっしょ。順調なら別に邪魔しないっす」

「さっきからなんの話をしているのだ」

「別に。さて、そろそろ学校連れてってもらっていっすか? 遅刻したくないんで」

「あ、ああ。じいや、頼む」

「承知しました」


 どこか腑に落ちないまま会話は終わり、彼女を学校の前におろすと、「ちーっす」と軽いノリでさっさといってしまった。


「……なんともよくわからない娘だな」

「お嬢様、首尾よくことが運んでおられるようで何よりですぞ」

「じいやも随分濁した言い方をする。まだ私は目的を達成できておらぬのにどこが順調なものか」

「いえいえ、お嬢様が幸せに向いてまっすぐ進まれておられることにじいやはただただ安心するばかりです」


 幸せ、か。

 さっきの娘も同じようなことを言っていたが、彼を斬るという目的を全く達成できておらぬ私のどこが幸せというのか。


 わからぬ。

 しかし、周囲の反応を鑑みるに事は順調に進んでいると捉えて良いという事なのだろうか。


 ううむ、よくわからん。

 ……そういえば、みっちーはどうしてるのだ?



「……眠い」


 玄関で急激な眠気に襲われながらも、寝たら夕方まで起きない自信があったので眠気と闘いながらなんとか学校に到着した。


 しかし教室についたあたりでもうエネルギーはすっからかん。

 世界がぐるぐると回っている。


「おい、あいつ朝から眠そうだな」

「もしかして氷室先輩と朝まで? うわっ、最悪だな」

「きっしょ。ていうか眠いなら学校くんなし」


 ただ眠そうなだけでしっかりと悪口を言われていた。

 まあ、寝不足の原因が氷室先輩であることは否定できない。

 なんせ彼女に昨日……。


 いかん、キスを思い出したら変な気分になってくる。

 モヤモヤというかムラムラというか。

 そういやあの後、二人はどうしたんだろう……。



「先輩……」

「みっちー……」

 

 氷室先輩と見つめ合いながら。

 うっとりする彼女はやがて目を閉じて唇を俺に向けてくる。

 俺も、吸い込まれるようにその唇に顔を近づけて……。


 誰かに頭を叩かれた。


「いてっ」

「おい千寿、居眠りするな」

「あ……すみません」


 どうやら夢を見ていたようだ。

 先生に丸めた教科書で頭を叩かれて夢から覚める。


 ……いかん、夢にまで先輩とのキスが登場し始めた。

 これは相当やられている。

 俺の精神が、先輩とのキスに支配され始めている。


 ……でも、本当にキスしたんだよな?

 なんか今となっては、あれが夢だったんじゃないかって思えてくる。


 あの氷室先輩が。

 俺にキスなんて。

 夢でした、って言ってくれた方が納得いくよな、ほんと。


 ……。


 先生に起こされてからも、気を抜けば意識がお空の向こうに飛んでいきそうな状態がしばらく続き、やがて四限目の頃にまた限界を迎えてそのまま夢の中へ。


 視界が、真っ暗になりながら意識を失った。



「……ちー」

「……ん」

「みっちー」

「……ん、せん、ぱい?」

「おお、目が覚めたか」

「……え?」


 ふと目が覚めた時、目の前には氷室先輩がいた。


 前の席に腰掛けて、俺の机に頬杖をついて笑う彼女は俺と目が合うと「ぐっすり寝ていたな」と、嬉しそうに言う。


「あ、あれ今は?」

「昼休みだ。お弁当を持ってきたのでな、食べよう」


 まだ夢と現実の狭間にいる俺なんてお構いなしに、先輩は大きな弁当箱を取り出して机に広げる。


 パカっと蓋が空くと、揚げ物のいい匂いがしてようやく目を覚ます。


「……先輩、大丈夫だったんですか?」

「ん? ああ、高屋くんのことなら問題ない。ちゃんと、私と君が相思相愛であることを伝えておいた」

「なんか不安しかねえな……あの、それで高屋には」

「大丈夫だ、君の身体のことは黙っている。他人には知られたくないのだろう?」

「……そうですか、ありがとうございます」


 別に高屋なら、俺の本性というか身体のことを知ってもサバサバと受け流しそうな気もするが、それでも誰かに進んでバラしたいわけでもない。

 そんなことをこの空気の読めない先輩が気遣ってくれるとは少し意外だったけど、先輩もちゃんと俺のことを考えてくれてるんだと思うと、ちょっとだけ嬉しかった。


「黙っててくれてありがとうございます、先輩」

「なに、当然のことだ。それに、昨日君とキスしたこともちゃんと黙っておいたぞ」 


 と、氷室先輩が。

 得意になったのか、まあまあ大声で。

 キスのことをしゃべった。


「お、おい氷室先輩があいつとキスしたって今言ったぞ!」

「う、うそだ! うそだと言ってくれー!」

「俺あいつ殺す! 先輩が出て行った瞬間にぶっ殺す!」


 当然、周囲の反応はこうなる。

 殺伐と、というか殺気で満ち溢れる。


 どうやら俺はこの後ぶっ殺されるようだ。

 まあ、どうやったら俺を殺せるのかについては興味があるけど。


「あの、先輩……ちょっと声が」

「ははっ、昨日は軽いやつだったが今日はもう少し濃厚なのをしてみるか? あ、そうだ今日も部屋に遊びに行くからな」

「おーい」


 こんな会話がぜーんぶ教室内に筒抜け。

 楽しくなってきたのか声のボリュームが大きくなる先輩は最後に「そうだ、今日はお泊まりとやらを」なんて言い出して強制終了。


 教室の殺気がぐんと高まったところで俺は先輩の手を引いて外に連れ出して。


 そのまま屋上に逃げた。


 

 

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