第20話 修羅場ってる?
ゲームは、日が暮れるまで続いた。
もちろん何をやっても初心者の先輩に一度も勝てないままだったけど、さっきほど悔しくなかったのはこんな俺を先輩が認めてくれたおかげだろか。
それに、
「あー楽しかった! うん、ゲームとはいいな。みっちー、また一緒にやろう」
「ええ、喜んで」
先輩が楽しそうにしてたのでまあいっかと。
嬉しそうな笑顔を見ていると勝ち負けなんてどうでもよくなっていた。
「さて、そろそろ夕食だ。温め直したらすぐ用意できるからそのまま待っていてくれ」
今日の献立はビーフシチューにサラダ、それにチキンライスまで用意してくれた。
そのどれもが今まで食べた料理の中で一番といっていいほどに美味で、俺は黙々とそれを食べて、更にはおかわりまで。
先輩はまるで本当の彼女のように何度も俺に料理をよそってくれた。
「はあ、もう食えない。ごちそうさまです、先輩」
「いや、お粗末さまでした。しかしこうもうまそうに食べてもらえると作った冥利に尽きるな」
「いやいや、誰だって先輩の料理ならこうなりますって。あんまり人にふるまうこととかないんですか?」
「ははっ、一切ない。なにせ友人がいないからな」
「……」
いや、いつも思うけど笑っていいのかなそれ。
自虐、にしては当の本人が一切気にしてない様子だからそうじゃないんだろうけど。
「まあ、君もこうして料理を振る舞ってくれるような友人や彼女がいるようには一切見えないがな」
「言われなくてもいませんよ」
「じゃあ一緒だな。うむ、私たちはお似合いだ」
「まあ」
なんとなく気のない返事をしたが、実際はそうじゃないとわかっている。
住む世界が違いすぎる。
お似合いどころか、全く似つかわしくない。
女王様と奴隷くらいの関係性ならまだしも、先輩と対等になんかなれない。
「またよからぬことを考えてるな?」
「い、いえ別に」
「誤魔化しても無駄だ。私は顔を見るだけでその人が明日何をするかがわかるのだ」
「いやそこは何考えてるか、でしょ! そんな予知能力知らねえよ!」
「ははっ、らしくなったじゃないか。それでこそみっちーだ」
「あ……」
乗せられた、って感じか。
いやほんと、お見通しだなこの人は。
「でも、本当に何から何までありがとうございます」
「構わんよ。私が勝手にやっただけだ」
「まあ、確かに。勝手に入ってきましたし」
「しかしどうしても私にお礼がしたいというのであれば、特別に受け取ってやらなくもないぞ」
「……遠慮しておきます」
「ちっ、引っかからなかったか」
「心の声が漏れてるぞ」
ともあれ、有意義な時間だった。
先輩と一緒に後片付けをする時も、終始こんな感じでバカを言い合って、やがて迎えが来たということで先輩は帰ることとなった。
「では、邪魔をした」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「あ、そういえば」
「?」
先輩は一度履きかけた靴を脱いで玄関先で見送る俺の方へ来る。
忘れ物でもしたか?
いや、にしては俺に向かってくるけど。
「な、なにか?」
「いやなに、じいやのアドバイスを一つ忘れていたと思ってな」
「そ、それって?」
「ん」
「っ!?」
綺麗な顔がすうっと近づいてきたと思ったその瞬間。
俺の唇に柔らかい感触が広がる。
一瞬の出来事だったが脳裏に焼き付くその感覚。
これって……おれ、キスされた?
「ふふっ、ラバーには帰り際にキスをするものだと訊いてな」
「え、え、え?」
「マーキングというやつなのかな。これで君は私のものだ」
「え、あ、あの?」
「ではまた明日。迎えに参るからちゃんと起きておくのだぞ」
「あ……」
何もない古びた玄関先に、甘い香りを残して先輩は去る。
パタンと扉が閉まってその姿が消えた瞬間、俺は我に返ってさっきの出来事を思い出す。
……え、俺さっきキスされたよな?
先輩に、あの氷室先輩にキスを……キスッ!?
「……うおー!」
あまりに唐突なファーストキスに、どうやって喜んでいいのかもわからずとりあえず叫んでしまった。
すぐに隣の部屋の人が壁をごんと叩いた音がして慌てて口を塞いだが。
それくらいでこの興奮が冷めるはずもなく。
「しちゃった……俺、キス、しちゃった……」
何も考えられなくなった。
そのまま布団にもぐりこんでからもずっと。
さっき目に焼き付いた先輩のキス顔と、唇にかすかに残る湿りっ気と感触。
まるでそれをバカな頭が忘れないように、消えないように、零さないようにと口を手で覆ったまま。
布団の中で悶えるのであった。
◇
「……朝だ」
結局、寝れなかった。
一晩中、悶えていた。
なんであんなことを先輩が俺にしてきたのか、その意味も何度も何度も考えたが、所詮恋愛経験皆無の童貞くそ野郎の頭ではまとまるわけがなく。
ほんとに俺に惚れちゃったんだろか、とか考えてみたり。
やっぱり俺を斬るという目的を達成するためには手段を選ばないだけなんだと落ちこんでみたり。
ずっと感情がいったりきたりしながら。
気づけば朝日が昇っていた。
「ぴんぽん」
すると玄関のチャイムが鳴る。
まあ、先輩だろう。
でも、顔を見るのがちょっと恥ずかしい。
どうしよう、出ようかな、寝たふりしようかな。
いや、でも無視してると玄関ぶち壊されそうだし……。
「ぴんぽん」
「はいはい、今でますから」
怒らせる前にと、慌てて玄関をあける。
すると、
「おは、千ちゃん」
「あ、あれ? 高屋?」
「んー、その反応は氷室先輩を期待してた感じっしょ」
「あ、いや」
高屋だ。
小柄なギャルがだらしなく着崩した制服姿でそこにいた。
ていうかいつも眠そうだなこいつ。
「そっかあ、先輩とは家に出入りする関係かあ」
「そ、そんなんじゃ……ないって」
「ふーん。じゃあ一緒にガッコ、いこーよ」
「え、俺と?」
「いや、この状況で他にいないっしょ」
ふああっと。
眠そうにあくびをした後、まだ俺が寝巻姿なのを見て「早く着替えてきて」と言われて慌てて部屋に戻って制服に着替える。
でも、どうして高屋が?
まさかあいつも本当に俺のことを……いや、さすがにそれはないだろ。
この前たまたま知り合って、たまたま彼女の悩みを聞いてなし崩し的に遊びにいっただけで、こんな平の凡な俺に惚れたりせんだろ。
まだ連絡先も知らないわけだし。
……。
「千ちゃんまだー?」
考え事をしてしまってネクタイを結ぶ手を止めていると、玄関の向こうから高屋に呼ばれる。
いかんいかん、ぼーっとしてた。
しかし今になって眠くなってきたなあ。
今日の授業は爆睡だよ……。
「すまん、おまたせ……え?」
「君は確か先日のカラオケボックスの店員だな? ここで何をしてる?」
「あーそうそう、千ちゃん迎えにきたんすよ。氷室先輩こそ何しにここに?」
玄関をあけると、高屋がいた。
まあそれはそうなんだけど、もう一人いた。
氷室先輩が。
高屋と向かい合って、顔をしかめて立っていた。
「え、先輩?」
「むっ、みっちーか。これはどういう用件か三文字で答えろ」
「いや短いなおい!」
「言い訳をするな。この女とどういう関係か答えろと言ってるのだ」
「え、えと……」
先輩の顔を見るのは当たり前だが昨日ぶり。
寝てないせいか、こんな状況でも先輩の顔を見ると昨日のキスが鮮明に頭によぎる。
怒った様子の口元を。
整ったその顔を。
昨日、ちょっと触れた鼻先を。
見てしまって、思考がまとまらない。
「え、あの」
「あー修羅場ってるじゃん。先輩、でもこういうのって早いもの勝ちっしょ」
「な、何を言う。貴様、まさかみっちーに」
「まさかも何もないっしょ。ていうか先輩こそ、千ちゃんのこと好きなんすか?」
「みっちーは私のパートナーだ。私にとってかけがえのない、代わりのいない唯一無二の存在ともいえよう」
「でも、そんなの家族やペットも同じっしょ。先輩にとって千ちゃんがなんなのかはっきりさせれ」
修羅場になっていた。
ちょうどゴミ出しに出てきたお隣のおばちゃんが「あらあら若いわねえ」といいながら彼女たちの後ろを過ぎていくが今はそれどころじゃない。
でも、昨日のキスの記憶と眠気のせいで思考が追い付かない。
「あ、あのー」
「みっちーは黙っていろ」「千ちゃんは黙ってて」
「あ、はい……」
口をはさむなと怒られた。
そしてなぜか一度玄関の内側に突き返されるとパタンと扉が閉じた。
静かな玄関先に一人にされて、ふと我に返る。
え、これどういう状況!?
先輩と高屋が俺のことで揉めてる?
学校一の美人な先輩と、同級生の可愛いギャルが俺を取り合い?
夢、なのか? いや、夢だとしたら悪い夢だ。
……ん、しかし静かになったな。
どっちかが諦めて先に行ってしまったとか?
「あ、あのー」
恐る恐る、玄関をあけて外を覗く。
すると、
「あれ?」
なぜか二人とも既にそこに姿はなかった。
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