第19話 なにをやっても結局
「さて、今日の夕食はビーフシチューにしてみようと思うのだが」
俺の気も知らず、勝手に話を進める不法侵入者こと氷室先輩は鍋をおたまでかき混ぜながら、部屋中にいい匂いを漂わせる。
「いい匂い……でも俺、さっき飯食ったばっかなんで」
「なにを、だれと、どこで?」
「だから急にメンヘラ化すな。高屋とそこの屋台でラーメンですよ」
いちいち真面目に答える俺も俺だけど。
ほんと、独占欲って恐ろしいな。
「そうか。なら食後の運動とやらをしにいくか」
「いきません、バッティングセンターに連れていかれて疲れたんです」
「ばってぃんぐせんたあ?」
「知らないんですか? ほら、バットでボールを打つとこですよ」
「それは下ネタか?」
「あんたの耳はどうなってんだよ!」
この人、真面目で世間知らずなくせにどうして下世話な話になると目敏いんだ?
これもじいやさんの影響か? ええ、そうなのか?
「ったく、普通に打ちっぱなしするとこですよ」
「そうか、しかし随分と楽しんだ様子だな」
「まあ、別にそこそこには……ってそれ……」
先輩は、ちゃんと日本刀を持参していた。
背中に背負った鞘からスッと剣を抜くと、まあ見事な白刃が姿を現す。
「ちょ、ちょっと」
「いやなに、やはり浮気のペナルティとして一度斬るくらいは許されるかなと」
「浮気したら死ぬってどこの国の話だよ!」
ていうか浮気じゃないんだって!
「では、浮気ではないと」
「最初からそう言ってるでしょ。俺は別に誰のものでもありません」
「そうか……」
「あ、あの」
「しょぼん」
「……」
露骨に肩を落としてがっかりする先輩を見ると、どこか気の毒になってしまう。
もちろん同情して「じゃあ一度だけ」なんて言えば俺の負けだから決して口にはしないけど。
このままってわけにもいかないんだろうなあ。
飯も作ってくれてるみたいだし。
「……あの、せっかくご飯作ってくれてるみたいだし、ええと、なんかゲームでもしていきます?」
「……ゲーム? それは私がこの前し損ねたやつのことか」
「まあ、ちょっとカセットの種類は違いますが」
「いいだろう、挑まれた勝負は受けるのが武士の定めだ。やろう」
いや、武士じゃねえだろ。
でも、心なしか嬉しそうな先輩を見ていると少しほっとする。
なんでだろうな、この人は俺を斬りたいと思ってる狂人ストーカーのはずなのに。
どこか憎めない。
憎まなきゃならん存在のはずなのに。
放っておけないんだよなあ。
自分の意思の弱さにうんざりしながらも、先輩と一緒に部屋に戻るとまず。
ゲームをセッティングした。
先輩が持ってきたような三世代前のゲーム機ではなくちゃんとした最新の機種だ。
持っている中で二人でやれそうなものといえば……これか。
「マルモカートでもやりますか」
「なんだその髭面は」
「国民的キャラになんということを……」
「有名なのか?」
「知らない人の方が少ないですって。で、このキャラ達がレースするんで」
「順位を予想して賭けるのか」
「あんたがプレイすんの! 何をどこに賭けるんだよ!」
ていうか俺の部屋で堂々とギャンブルしようとすな。
ったく、どういう教育受けてんだ。
「ふむ、私はこういうゲームの類をやったことはないのだが」
「一応最初は教えますよ。はい、コントローラー」
「ほう、これが。で、これを使えばさっきの中年男性が私の意のままということなのだな」
「言い方どうにかならないすかね……ま、でもそういうことなんで始めますよ」
勝手にベッドに座って構える先輩の隣に、俺も座る。
ふわっと、彼女の方から甘い香りが漂ってくる。
こうして並んで座ってゲームなんてしていると、ほんと彼女と遊んでるような感じだ。
実際はそういうことじゃないんだけど、まあ今はゲームをやってるだけだし深く考えるのはよそう。
「じゃあまず、キャラを選んでください」
「さっきの髭だけじゃないのか?」
「髭っていうな。ほら、女性キャラクターもいますよ。お姫様とか」
「着飾った金持ちは嫌いだ。わがままそうだし却下」
「じゃ、じゃあこっちは? キノコのキャラってかわいいでしょ」
「なんだこいつギャーギャーうるさいな、却下」
「……じゃあこっちのはどうですか? 一応ラスボスなんですよ、この亀のやつ」
「なんかエラそうなだなこいつ。却下」
「あーもう文句ばっかだな! なんでもいいから選んでくださいよ!」
わがままだった。
いやほんと、どの口が人をわがまま呼ばわりできるんだよ。
と、しばらくあれこれ悩む先輩は結局お姫様を選んで、俺は主人公キャラを選択。
レースに出走することになった。
「ええと、そこのAボタンを押すとアクセルで、Bがブレーキ、そっちのスティックを倒すと曲がったりできます」
「ほう、なるほど」
今回はオチにするほどではないだろうが、俺はゲームも下手である。
しかしまあやったことのない素人にはさすがに負けはしない。
ランクの低いものであればコンピュータ相手ならトップも獲れるし、初めてプレイする先輩に負けるはずなどない。
「じゃあスタートしますよ」
才色兼備、なんでも持っててなんでもできるこの人は多分なんでも思い通りの人生だったと容易に想像できる。
だけど世の中そうは甘くないと。
敵わない相手も、叶わない夢もあるんだということを思い知らせてやろうと。
たかがゲームでそんな大層なことを考えながら俺は。
「え、負けた……」
「おお、一位と出たぞ。なんでもトップというのは爽快だな」
「嘘でしょ……」
大敗した。
一周目こそ優位に進んでいたが、すぐにコツを掴んだ先輩の怒涛の追い上げにまくられ、最後は自滅して三位。
敵わないのは俺の方だった。
「ゲームとは楽しいな。みっちー、次のレースを早くやろう」
「……」
「みっちー、どうした? いいじゃないかゲームなんだから、楽しもうではないか」
「……」
それ、俺が先輩に言いたくて仕方なかったセリフだよ。
ああ、ほんと俺って何やってもセンスねえ。
「なに、気に病む必要はないぞみっちー。君も充分よくやった」
「なんかそうやって励まされる方が傷つくんですが……」
「ははっ、君もプライドが高いのだな。しかし男子たるものそれくらいでなければな」
勝ったことでの優越感か、初めてプレイするゲームの爽快感に酔ってかは知らないが、いつにも増して饒舌に喋る先輩はそのままゲームを進め、次のレースが始まった。
そしてもちろん惨敗。
その後何度やっても一度も先輩の前を行くことはできず、最後の方は自分を見失ってボロボロ。
ほんと、調子に乗って罰ゲームとか決めなくてよかった。
「ふう、おもしろかった。他にはないのか?」
「ありますけど……」
「君の得意なので構わないぞ」
「一番得意なのを選んだつもりですけど。ま、何やっても俺はダメなんですよ」
急に自虐的になってしまった。
でも、拗ねたくもなるってもんだ。
不死身という以外に全くいいところなんてなく、なんならこの体のせいで散々煙たがられて嫌われていじめられてきた人間からしてみれば、氷室先輩という人物はあまりに眩しすぎるのだ。
中身は、まあ、置いといて。
皆から慕われ、憧れを持たれ、そしてそんな期待をあっさり飛び越えてしまうような人とたとえゲームだとしても張り合おうなんて一瞬でも思った自分が情けなくもなる。
それに、勝手に仲良くなった気でいるが、先輩が俺に近づく理由もまた、俺に利用価値があるからというだけで。
ほんと、調子に乗って何やってんだろ、俺。
「はあ……」
「何をそんなに落ち込んでいるんだ? 君は別にダメなんかじゃないぞ」
「それって不死身だからですか? 別に、これも俺が自分の力で手に入れたわけじゃありませんし」
「そんなことを言えば私もではないか」
「何がです?」
「私だって、自分の力で美人になったわけでも金持ちになったわけでもない。生まれつき、たまたまそうだったというだけだ。だが、それを無駄に否定はしない。私は幸運にもそう生まれたからこそ、そうありたかったと願う人々の夢を壊さないようにと、日々精進することこそ私の役目だと、そう思っている」
毅然とした態度で、立派なことを言う先輩はいつになく輝いて見える。
いつも俺を斬りたくてよだれを垂らしているあの先輩と同一人物かと疑ってしまうほどに、先輩は凛々しく、気高い。
……まあ、でも。
「先輩はそうやって皆の為になることができる人ですけど。俺は誰の役にも立ちませんから」
「そんなことはない。現に私を」
「斬られる為にこんな体で生まれたなんて、そんなの嫌ですよ」
「そうじゃない、助けてくれたじゃないか」
「……え?」
「君は、私を助けてくれただろ? あの時、本屋で」
「お、覚えてたんですか」
「当たり前だ。私たちが結ばれたなら、あの日が二人の馴れ初めになるのだからな。君は人のために体を差し出すことができる勇敢で優しい人だと、私は知っている」
「せんぱい……」
落ち込む俺を励まそうとして、わざわざ言葉を選んでくれているとはわかっているけど。
それでも嬉しかった。
こうして、誰かに認めてもらったことなど一度もなかった。
生まれてこの方。
一度だって。
「……」
「ほう、泣きそうなのか? なら私の胸を貸してやろう」
「い、いいですよそれは……でも、なんかありがとうございます」
「いや、礼には及ばん。一応私は君の先輩だからな」
「……ええ、そうですね」
少しだけ。
さっきまで俺を覆っていた黒いモヤモヤが晴れたような気がした。
最も、日本刀を持ち歩いてすぐ人を斬ろうとして勝手に人の家に上がり込む非常識の塊みたいな人に励まされたのは癪だったけど。
今はそういうのは目を瞑ろう。
案外、いい人なんだよなこの人って。
だから困るんだけど。
「さて、気を取り直してゲームをしよう」
「は、はい。じゃあ次は……」
「そういえば、さっきの話だが」
「え、まだなにか?」
「いや、ああやって強盗犯に対しても体を差し出す勇気があるのならそろそろ私にも」
「あーそれは無理です、絶対その勇気だけは沸きませんから」
「えー」
「ははっ、そんなところだろうと思いましたよ」
ほんと。
せっかくのいい雰囲気がいつも台無しだ。
……でも、まあ。
一回くらいなら、いいのかな。
露骨に口をとがらせて拗ねる先輩の表情を見ていると、どうしてもそんなよからぬ考えばかりが俺の中にこみ上げてくる。
ほんと。
そういうところがなきゃ、先輩って可愛いのになあ。
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