第18話 お出迎え

「たーまやー」


 なんて言いながらカンカンと快音を響かせる高屋を見ながら俺は、ネットの向こうでぜいぜいと息を切らしていた。


 勝負の結果は言わずもがな。

 俺がバットに当てれたのはたったの一球だけで、その一回もかすっただけという散々な結果だった。


「ふう、すっきり。千ちゃん弱すぎっしょ」

「……恥ずかしいかぎりだ」

「あははっ、運動音痴な男子はそりゃモテないよ」

「運動できたらモテるって理由も俺には納得できんが」

「そういうこと言ってるやつが一番モテなさそー」

「ぐっ……」


 いっそのこと俺が吸血鬼とかで、人間を超越した身体能力でも有していればこの特異体質にもまだ感謝すべきところがあったのだろうが。

 俺は昔から運動も勉強もいまいちだ。

 泳ぐのも下手でプールで溺れかけて笑いものにされたし、運動会では一番びりなのに盛大に転んで爆笑をかっさらうし、勉強だっていつも赤点ぎりぎりで先生にクラスの平均点を下げるなと怒られたこともしばしば。


 ほんと、なんで不死身にだけなっちゃったかなあ。

 いいことないよこんな体。


「はあ……」

「千ちゃん、ため息一回につき幸せが一つ逃げるんだよ」

「だったら俺は既に数万回の幸せを手放してるよ」

「ま、確かにそっか。今の千ちゃんはラッキーモテモテマンだし」

「どこがだ。それより飯、何食べたいんだ?」

「んー、ラーメンでいいかな」

「じゃあ行こう。腹減ったよ俺も」


 バッセンデートを終えて次に向かったのは俺の家の近くにたまに出現する屋台。

 今朝、準備をしているところを見かけていたので開いてるだろうと行ってみると、なんでもない道端に立派な屋台が完成していた。


「へー、こんなとこあるんだ。千ちゃんしゃれてる」

「狭いし汚いとこだけどうまいんだよ。ここなら安いし」

「あ、それが本音か」

「う、うまいんだからいいだろ。さっ、入るぞ」


 暖簾をくぐると頭にタオルを巻いた中年の大将が一人。

 カウンターに座ると出汁の良い香りが漂ってくる。


「ラーメン二つ」


 注文して、水を飲んでいると高屋が頬杖をついてふうっと息を吐く。


「なんだ疲れたのか?」

「ん、まあね。こんな風に遊んだの久々だなって」

「そうなのか? てっきり友達が多いのかと思ってたけど」

「ま、色々ある年頃じゃん。童貞にはわかんないだろうけど」


 いや、童貞と年頃は関係ないだろ。

 それに同級生だよお前と。


「あのさ、悩みがあるなら吐き出した方がいいぞ。ため込むのはよくない」

「そういう千ちゃんは? 悩みないの?」

「んー、あるっちゃあるけど。まあ、人に相談するようなことじゃないというか」

「なにそれ、一緒じゃん。私も、人に相談しても解決しないことだからさ。ま、それももう終わったことだし」

「?」


 高屋は時々曖昧な物言いをする。

 それがぼかしてるだけなのか、俺の察しが悪いだけなのかはわからないが彼女はそんな話をする時いつも遠い目をする。

 でも、言いたくないなら聞かないほうがいいのか、それとも無理やりにでも聞いてあげた方がいいのか、そんなことすらも人付き合いの浅い俺にはわからないまま。


 ラーメンができた。


「はいよ、ラーメン二丁お待ち」


 出てきた魚介スープのラーメンにはチャーシューときくらげ、ネギにもやしとふんだんにトッピングが乗せられていて、量も普通の店より気持ち多い。

 これでワンコインというのはほんとすごい。

 どうやって生計を立てているのか知りたいくらいだ。


「んー、いい匂い。いただき」

「いただきます」

「お、うまいじゃんこれ。千ちゃんセンスあるねえ」

「だろ? 高い店がいい店じゃないってことだ」

「なるほど、イケメンじゃなくてもいい男がいるって、自分を持ち上げてるんだ」

「そんな回りくどい言い方しねえよ」

「ま、先輩が気に入るわけだわ」

「ん、なんて言った?」

「んー、なんでも。さっ、食べよ食べよ」


 うまい飯は人を寡黙にする。

 黙々と麺を啜り、スープまで完飲するのにそう時間はいらず。

 二人ともあっさりとラーメンを平らげた。


「ふう……お腹いっぱいだな」

「ん、もうパンパン。ふああ、眠くなっちゃった」

「朝早いからだ。ていうかなんで俺の家、知ってたんだ?」

「え、そこ重要? 別に同級生の住所くらい調べりゃわかんじゃん」

「まあそうだけど」

「ま、今度は家に行く前に連絡したいし番号、教えてもらえる?」

「あ、ああいいよ」


 屋台のカウンターで連絡先を交換する時になって、俺は携帯の電源を切りっぱなしにしていたことを思い出す。

 そして電源を立ち上げて少し待つと、ホーム画面が起動したと同時に着信履歴が画面に一件、二件。


 ……二十件くらいあった。

 全部もちろん氷室先輩だ。


「あー、やばいなこれ」

「へー、先輩って結構メンヘラなんだ」

「独占欲が強いんだって。いや、ほんとなんなんだよあの人」

「ま、このへんで返してあげないと千ちゃん死ぬかもだし、私帰るわ」

「え、連絡先は」

「明日学校で教えて。別にどっかで会うっしょ」

「あ、ああ」


 ごっそさん。

 やはり最後はだるそうにしながら、高屋は先に店を出て行った。


 俺も慌てて会計をして暖簾をくぐると高屋の姿はもうなくて。

 ほんとあっさりしたやつだなあと呆れていると、さっき立ち上げた携帯が鳴る。


「……はい、千寿ですが」

「みっちー、今どこにいるのだ。なぜ電話に出ないのだ。さてはホテルで」

「ホテルどころか今は外ですよ」

「なっ、外でヤッてるのか!?」

「なんでヤッてる前提の話なんだよ! 今解散したとこです」

「なんだ、もう賢者モードというやつか」

「どこでそういう言葉を覚えてくんだよ!」

「いやなに、じいやから」

「そのじじいちょっと連れて来い!」


 と、道端で大声を張り上げながらすぐそこの自宅アパートに帰宅。

 まだ昼だというのに頭の中がピンク色の先輩との通話を終えてため息交じりに玄関をあけると。


「お、帰ったか」


 なぜかさっき電話の向こうで聞こえていた声が、部屋の中から。


 ……。


「いやなんで先輩がここに!?」

「なぜと言われてもここは君の家だろ」

「だから訊いてるんだよ! 勝手に人の家に入るな!」

「勝手口などここにはないだろ。だから玄関のカギをこじ開けたのだ」

「ええいツッコミが追い付かないから一回黙れ!」


 当たり前のようにキッチンに立っている先輩は、今日はまた別の私服を着ていた。

 襟のついたポロシャツにジーンズというなんでもない恰好なのだが、抜群のスタイルとなぜか様になる立ち姿のせいでそれすらセクシーに見える。

 なんなんだこの人は。

 中身変人のくせに。


「……で、何の用ですか?」

「だって電話出てくれなくて寂しかったんだもん」

「そんな可愛いセリフをどこで……どうせりっちーさんでしょ」

「ふむ、バレたか」

「で、本当の用件はなんですか?」

「……」


 先輩が黙り込む。

 ぐつぐつと何かが煮える音がする。


「せんぱい?」

「……寂しかったのは本当だぞ?」

「っ!?」

「ん、どうした? 顔が赤いぞ」

「な、なんでもありませんって」


 一瞬。

 本当に寂しそうにしながら可愛いことを言う先輩が可愛いと思ってしまったのは単純に先輩が美人だから、というだけだ。

 それだけだ。


 絶対それ以上はない。

 勝手に人の部屋に上がり込んで料理をしてるような奴のことを可愛いなんて。


 ……思ったりしてないよな、俺。

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