第17話 そういうのありですか?
♥
「姉上、もう一個追加で」
「神楽、太っちゃうよ? ていうか千寿君、行っちゃったけど」
「なに? なぜそれを早く言ってくれないのだ姉上」
「だって美味しそうに食べてたし」
尾行のつもりでこの店に来て、水だけで済ませては姉上に申し訳ないと思ってハンバーガーを頼んだのだが、食べるとそのうまさに夢中になってしまって目標を見失うとは。
なんと情けない。
しかしこの後どこに行くのかなんて、恋愛経験皆無の私には皆目見当がつかない。
ふむ、困ったものだ。
「ふーむ」
「神楽、千寿君に連絡してみたら? 連絡先知ってるんでしょ」
「あ、なるほどその手があったか。さすが姉上、感謝する」
「まあ、邪魔はしないようにね。嫌われちゃうから」
「わかっている。ではまた、夕食時に」
「太っちゃうから明日にしなって」
♠
電話だ。
まあ、なんとなく予想できてはいたけど。
「もしもし、なんですか先輩?」
「いや、別になんでもない。君がデートの最中だから邪魔してやろうとか、今どこにいて誰と何をしているのかについて細かく訊きたいとか、なんならそこに行ってやろうなんてことも、微塵も考えてはおらん」
「今はホームセンターで高屋の買い物を待ってるとこですよ……」
それで誤魔化したつもりなのかなこの人は。
来る気満々じゃねえか。
別に隠してもバレそうだからいいけど。
「ホームセンターか。それで、デートは首尾よく破綻しそうなのか?」
「首尾よく破綻するデートって何ですか……可もなく不可もなくですかね」
「こ、このあとはもう時間も時間だから解散するのだろうな」
「まだお昼にもなってませんからそれはないでしょ多分」
「では何時にどこに行くか私に報告を」
「しません。あんたは保護者か」
なんの電話だよこれ。
え、一応嫉妬してくれてるとかって思っていいのかな?
いや、単に彼女の変な独占欲がこじれてるだけだろうけど。
まあ、嫉妬といえば嫉妬か。
「まあ、何もありませんから。じゃ」
「あ、ちょ、まっ」
このままだと永遠に電話を切ってもらえない気がしたので冷たいようだがブツリと。
どうせそのうち後をつけてくるだろうし、別に心配する必要も……
「誰と話してたの千ちゃん」
「わっ! い、いきなり後ろから声かけてくるなよ」
「だって、楽しそうに話してたから。さっきの、先輩とでしょ?」
「……向こうからかかってきたんだ」
「ふーん。休日に電話するくらい仲いいんだ」
「そういうんじゃない。あの人は俺のことを自分の持ち物くらいにしか思ってない」
「あのさ、それって……いや、まあいっか。それよか次いこっか」
高屋の手には小さな袋が一つ。
中身は……なんだろ。
「なあ、何買ったんだ?」
「んー、別にいいじゃん。そんなことよりさ、デート中は他の女子と電話なしだよ
わかった?」
「わ、わかったって。電源きっとく」
「おー、えらいえらい。さすが先輩の犬は教育がされてるねー」
「誰が犬だ」
まだ犬の方がましだよ。
なんて話は色々勘ぐられそうになるので言わなかったが。
高屋はクスクスと上機嫌な様子で話を続ける。
「千ちゃん、ほんとに氷室先輩とは何もないの?」
「ない。あったらあったで学校の誰かに刺される」
「あーわかるそれ。ほんと、あの人気いみふだよね」
「いみふ?」
「意味不明ってこと。異常だよねあの人気」
「でも、お前も憧れてるんじゃないのか?」
「んー、まあ先輩が羨ましいなってのは、今も思ってるけど」
「ほら、そういう感じだよみんな」
「あー、鈍いなあ千ちゃん。そういうことじゃないんだけどなあ」
「?」
「あははっ、そういうとこ、マジ童貞だね。ま、そこが千ちゃんの魅力かなあ」
笑いながら、でもこの時の高屋の目は少しだけ寂しそうにも見えた。
やはり彼女の悩みは別にあると。
俺はなんとなくそんなことを考えたが敢えて口にはしなかった。
◇
「お、あったあった」
しばらく二人で歩いていると、見えてきたのはバッティングセンター。
液晶もなく、古いマシンが黙々と稼働しているだけの何でもない場所だが、休日とあってか家族連れがちらほらと。
「ここ、いこっか」
「なんだ高屋、野球好きなのか?」
「いやー、どっちかといえばサッカー派だけど」
「え、そうなの?」
「でもシューティングセンターってないじゃん。だからしゃーなし」
「あ、そ」
まあ、確かにバッセンやゴルフの打ちっぱなし場はそこら中にあるのにサッカーやバスケの打ちっぱなしなんて見たことがない。
単に需要の問題なのだろうけど、やってみたら流行るのかな?
「んー、じゃあ前に飛んだ回数で勝負しよっか。私が勝ったら昼食は千ちゃんのおごりで」
「俺が勝ったら?」
「飯奢らせてあげる」
「勝負の意味ねえなおい!」
「あははっ、ジョーダン。でも、女子に飯奢られるのとか嫌っしょ? だったら」
もぞもぞと。
彼女がポケットをまさぐって何かを探す。
そして「あ、あったあった」と次に手を出した時にそこにもっていたのは……ハンカチ?
「なんだこれ」
「パンツ」
「ああ、パンツか……パンツ!?」
「うん、これあげる」
「え、いや、それは」
「あはは、照れた。でも、勝ったらだかんね」
「……」
確かに女子に飯を奢らせるというのは男子としてちょっと気が引けるものだったけど、報酬がパンツと言われて喜ぶような下衆でもない。
だから戸惑ったが、そんな俺の躊躇いや恥じらいなど無視するようにコインを買って俺にそれを一枚渡してくると、「千ちゃんの先攻で」と。
俺は上に『100km』と書かれたゲージの中に入る。
「千ちゃんがんばー」
「……」
なんだかなあ。
ここで気合入れてバカスカ打ったら打ったで「千ちゃん、よっぽどパンツ欲しかったんだー」とかいってからかわれそうだしなあ。
かといって手を抜いたのがバレたら高屋もしらけそうだし。
ふむ、難しいものだ。
いやしかし、自然にやって勝ってしまった分には仕方なかろう。
それにパンツといっても穿いてたものじゃないんだし。
もらったフリしてそっとどこかに……。
「あ、ちなみにさっきのパンツ、今朝穿いてたやつだから」
「っ!?」
コインを入れてマシンがウインと電源を入れ、目覚めたその瞬間。
俺も何かが目覚めた。
脱ぎたてと。
その言葉に俺はちょっと色気づいた。
「……本当にそれ、もらっていいんだな」
「んー、勝ったらね」
「……よし」
もう、気合十分だった。
特異体質を持った不死身の化物とはいえ、俺も心はただの男子高校生だ。
可愛い女子のパンツ、しかも使用済みと聞かされて反応するなという方が無理な相談だ。
もう、目がぎらついていた。
真っすぐマシンを見つめる俺の目はまるで鬼。
この勝負、絶対に……。
『バンッ』
ただ、俺はいつもうっかりさんなのだ。
他のことを考えると自分のこととか周りのこととかが全く見えなくなるこの癖をなんとかしないと。
何度振ってもバットにボールは当たらない。
どれだけ凝視しようと睨みつけようと、その白球は全く見えない。
そうだ、俺は。
運動音痴なんだった……。
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