第16話 高屋みのりという女の子

「へー、デートねえ。へー」


 昨日とはまた違った気まずさを覚えながら慌てて席に着くと、昨日と同じようにニヤニヤしながらセルフサービスのはずの水を席に運んでくれたりっちーさんが高屋と話している。

 死にたい気分だ。

 死ねないけど。


「え、店員さんって氷室先輩のお姉さんなんだ。へえ、めっちゃマブ」

「えー、高屋さんもめちゃくちゃ可愛いよ。そりゃあ千寿君が朝からデートしたがるわけだ」


 と、りっちーさん。

 俺を見てまたにやりとする。

 いや、怖いよその笑顔。

 私の妹とデートしてたくせに次の日に他の女と遊ぶなんてよくやるよって、その顔に書いてるよ。


「あの、りっちーさんこれには深いわけがありまして」

「はいはい、神楽には黙っててあげるわよ。じゃあごゆっくりー」

 

 完全に誤解されていた。

 まあ、当然っちゃ当然だけど。

 

「はあ……」

「千ちゃんって、案外可愛い人とばっかつるんでんだね」

「つるんでないよ。絡まれてるだけだ」

「なにそれ、モテ自慢? ウケるんだけど」

「笑えねえよまじで」


 思えば美女になんて無縁も無縁な人生だった。

 中学のころまで、学校で女子と話した記憶なんてまずないし男子からはいじめられてたし、リア充なんかとは真逆も真逆、対極に位置していた俺のことをモテるだなんて皮肉にもほどがある。


 まあ、高校に入学してからはちょっと変わったけど。 

 自分から他人と距離をとるようになって、ひっそりぼっちライフというものにせっかく順応してきたというのにあの頭のおかしい先輩のせいで……。


「ほんと、氷室先輩のせいで俺の穏やかな高校生活が無茶苦茶だ」

「とかいいながら顔はそんな怒ってないけど、惚気?」

「ち、ちがうって。昨日だって図書館とかで散々な目に……ん?」

「どしたん千ちゃん」

「い、いやなんでも」


 店の奥の方から視線を感じたのでふと目をやると。

 そこにはサングラスをかけた美人が一人座っていた。

 そしてうまそうにハンバーガーをガツガツと。

 ……氷室先輩だ。

 どうしてここに?

 偶然かそれとも……いや、考えすぎだ。

 昨日のハンバーガーの味が忘れられず、たまたま今日もここにきたってだけの話だろう。 

 それに食べるのに夢中だし、あまり見ないようにしよう。


「それより千ちゃん、今日は買い物付き合ってよ」

「あ、ああいいけど。買いたいものでもあるのか?」

「ロープと昇降台」

「自殺以外連想できないアイテムを買おうとするな」

「あははっ、ナイスツッコミ。千ちゃんのそういうとこ嫌いじゃないよ」


 ケタケタと笑う高屋は全体的に飄々としているが、暗いわけではない。

 むしろ普通にしていれば明るくて可愛らしい女の子である。

 俺なんかとはやはり対極にいるような、リア充系。

 なのにどうして。


「どうして自殺なんかしようって、思ったんだよ」


 ふと、思ったことを口にしてしまう。

 最も、理由は前回聞いたような気もしたが、もし真意というものがあるなら聞きたかった。

 なぜかはわからないけど、聞いてあげたかった。


「んー、まあ彼氏にフラれてショックってやつで?」

「ほんとにそれだけか?」

「それだけっていってもねー、恋愛ってそれがすべてってなっちゃうもんだよ。ま、童貞千ちゃんにはわかんないだろうけど」


 また、童貞と断定された。

 俺の額には童貞ですとでも書いてあるのだろうか。

 まあ、正解だから否定もせんが。


「いくら俺が童貞でも言いたいことはわかるぞ。でも、それで死のうなんて思うのはやっぱり理解できん。死んでいいことなんてない」

「あははっ、熱くなってる。でも今は死のうとか思ってないから大丈夫だよ。千ちゃんのおかげ」

「俺の?」

「んー、説得してくれたのも嬉しかったし。それに、千ちゃんみたいなみんなに嫌われてても平気な顔して生きてる人見てたら、勇気出たっていうかさ」

「お前それ普通のやつなら自殺するレベルの発言だからな」

「あははっ、そういうこと言うやつって自殺しないんだよね。ま、私もだけど」

「……」


 どうも高屋みのりという人物はつかみどころがない。

 明るいのか暗いのか、ポジティブなのかネガティブなのか。

 でも、笑ってるとすごく可愛いのになあ。

 だるそうにしてるのはもったいないでしかない。


「なあ、そうやって笑ってる方がいいぞ」

「え、それって口説いてるやつ?」

「なんでそうなる。思ったままを言っただけだ」

「思ったまま、か。じゃあ私って可愛い?」

「ま、まあ否定はしないけど」

「へー」


 少し覗き込むように俺をみる高屋は、その可愛らしい顔をふっと緩めて笑った。

 不敵、というよりは嬉しそうに。

 俺は目を逸らす。

 可愛い顔を近づけられるとどうも照れくさい。


「あ、照れた」

「照れてない。ていうか早く食べろよ。買い物行くんだろ」

「あ、そうだった。千ちゃんと話してると楽しくてつい、ね」

「……」


 そんな一言にまた照れそうになりながら、俺はさっさとハンバーガーを完食。

 のろのろと食べる高屋もやがて最後の一口を小さな口に放り込むと、席を立つ。


「じゃあ、いこっか」


 俺も席を立ち、ふと奥の席を見るとサングラスをかけた先輩はまだハンバーガーを食べていた。

 いや何個目だよ。

 ていうかほんとに尾行とかじゃなくて食事にきただけなんだなあの人。


 むしゃむしゃとハンバーガーを頬張る先輩を遠目に見ながら店を出る。

 その時にりっちーさんが「次、どこ行くの?」と嬉しそうに聞いてきたのがちょっと辛かった。


 はあ、なんでこのへんってこの店しか開いてないんだよ。

 ていうかみんな朝早いんだよ。

 デートって普通昼からだろ。


「えと、そんじゃ次はホームセンターいこっかな」

「本当にロープと昇降台買うなよ」

「買わないって。買うのはのこぎり」

「え、なんでまたそんなものを」

「浮気者の千ちゃんを切り刻んじゃおっかなって」

「え?」

「あははージョーダン。どお、ヒヤッとした?」

「……そういう冗談は好きじゃないぞ」

「でも、男ってヤンデレ好きだよね。あれ、どういう心理なのかな」

「知るか」


 それにヤンデレ=刃物じゃねえだろ。

 刃物で脅してくる女子なんて二人もいらねえっての。


「あ、見えた見えた。じゃあちょっと買ってくるから千ちゃんはそこで待ってて」

「え、一緒にいくんじゃないの?」

「だって用事ないんでしょ? さっさと買ってくるから」

「あ、ああ」


 普通、デートで買い物といえば一緒にあれこれ見て回ったりするものなんじゃないかと思ったが、最近の女子はそうでもないようだ。

 ていうか俺は最近の女子事情など知りもしないので何が正解かすらわからないのだけど。


 ほんと、つかみどころのない奴だ。

 

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