第15話 デート企画そのニ
「ありやとやっしたー」
二時間ほど、カラオケを楽しんだ。
とはいっても俺があまりに音痴なのを見かねた先輩が途中からは俺に歌のレッスンをしてくれて、曲を歌うこともなくひたすら「あー」だの「おー」だの声を出すだけの時間だったけど。
人に何かを教えるということが好きなのか、先輩も楽しそうに「君の耳は腐っているが、いい声はしているぞ」なんてほめてくれたりしたのがちょっとだけ嬉しかった。
そして時間がきて、高屋の怠そうな挨拶に見送られて店を出る。
高屋は何も言っては来なかった。
店を出ると少しだけ日が陰り始めていた。
「さてみっちー、もう私と君は立派な恋人といっても過言ではなかろう」
「そ、そうですかね? まだ、初デートですし」
「なんだ、君はまだ足りないのか? 贅沢な男だ」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「ではやはり、あの高屋とかいうギャルが気になると」
「そ、そうじゃありませんけど」
「ふむ、難しいのだな恋愛とは。今日で君を陥落させることができると思っていたのだが」
「そ、そうそう難しいんですよ恋愛って、ははは……」
まあ、俺のようなぼっちがこんな美人に恋愛を語るなんてそもそもどうかしているが。
陥落したらバッサリ斬られるのだからあっさり彼女の手に落ちるわけにもいかないだろう。
ただ、今日は楽しかった。
先輩は終始無茶苦茶ではあったけど、世間知らずのお嬢様と世間から嫌われて育った俺があれこれ模索しながら街を散策するというのは互いに知らないものを埋めていくという意味ではすごく有意義だったというか。
「ま、楽しかったですよ今日は」
「そうか。なら毎週休日はこうしてデートをしよう」
「どうあっても斬らせませんけどね」
「ははっ、高い山の方が登った時の景色は格別と訊く。そうあっさりと登頂できては口説き甲斐がないからな。それに」
それに、楽しかったし。
彼女が夕陽に目を細めながらボソッと呟いたあと、すぐに後ろから黒塗りの高級車がやってきた。
「あ」
「迎えだ。君も乗っていくか?」
「い、いえ。今日は歩いて帰ります」
「そうか。ではまた。明日はくれぐれも浮気するでないぞ」
「わかってますよ」
手を振りながら車に乗り込む先輩に俺も手を振って、やがて彼女を乗せた車がみえなくなるまでしばらく。
その場で手を振りながら立ち尽くしていた。
♥
「お疲れ様です、お嬢様。デートはいかがでしたか?」
「ふむ、楽しいものだなデートとは」
「それはようございました。して、彼はお嬢様に身を委ねるお覚悟ができたようで?」
「……まあ、それはまたの機会だ。それよりじいや、年下の男子が喜びそうなプレゼントについて教えてはくれまいか」
「次は贈り物で相手を絆す作戦でありますか。よいですぞ、夕食が終わりましたらねっとさーふぃんなるものをしてみましょう」
「頼りにしてる」
今日は楽しかった。
大袈裟ではなく人生で一番楽しかったといっても過言ではないほど、私は初めて自分というものを解放できた気分だった。
言いたいことを言って、行きたいところに行って、食べたいものを食べて。
それに、彼は不思議な男だ。
私のことを皆、触れると割れてしまうガラスの人形のように扱うというのに。
みっちーだけは容赦なく私に口答えをしてくれる。
遠慮なく、嫌なことは嫌と、そう話してくれる。
一人の人間として扱ってくれる。
こんな経験もまた、初めてだ。
彼といる時間は特別だ。
斬ってみたいけど……それだけでなく、か。
いや、しかし明日はみっちーのやつ、デートとか言っておったな。
ふむ、それはやはり許しがたい。
私以外の者の手に落ちるというのはどうあっても阻止せねば。
「じいや、明日もでかけてくる」
「はっ、お気をつけて」
もちろん妨害などという姑息な真似をするつもりはない。
しかし、もしみっちーがあの女に鼻の下を伸ばしているようであれば。
「ぶった斬る」
♠
「うー、さむっ!」
家に帰ってすぐ。
身震いがした。
まるで誰かが俺に殺意むき出しで、ぶった斬ると宣言したようなそんな悪寒。
……どうせ先輩の悪い病気が出てるんだろ。
さて、今日は楽しかったけど明日もあるしさっさと風呂に……。
そういえば明日、何時にどこでデートなんだ?
俺、高屋の連絡先とか知らないんだけど。
◇
いっそのこと日曜のデートについては流れてくれないかと願って眠りについてみたが、そんな淡い願望は翌朝玄関の扉を誰かが強くたたく音によって打ち砕かれる。
「はい……って高屋!?」
「おはー。迎え、きたけど」
玄関をあけるとそこには。
怠そうな仕草で髪を指でくるくるしながら小柄な女子が見上げてくる。
紛れもなく高屋である。
「なんで、ここを?」
「んー、なんでかなあ」
「いや、怖いからそれ」
「あはは、まーいーじゃん。それよか、寝巻でデートいくの?」
「あ」
慌てて扉を閉めて着替えを済ませる。
まあ私服のバリエーションも少ない俺はTシャツにパーカー、ジーパンというスタイルくらいしかおしゃれを知らないのでそんなところ。
で、外に出るとさっきまで羽織っていたチェックのシャツを腰に巻いた半袖姿のギャルがこれまただるそうにスマホを触っていた。
「あ、早いね。ていうかダサいね」
「おい、一言多いぞ」
「ま、いいけど。じゃあいこっか」
スマホを触りながらそのまま先に歩き出す高屋に慌ててついていくと、彼女はアパートを出たところで「お腹すいた」と。
「朝ご飯まだなんだよね。千ちゃんは食べた?」
「今起きたばっかななのに食べたわけないだろ。それにまだ朝早いからどこも」
「あそこのハンバーガー屋ならあいてるっしょ。そこでいいよ」
「え、いやそこは」
「あー、もしかして健康志向系? じゃあシェイクでも飲みなよ」
「ええと、そうじゃなくて」
「じゃあ三秒以内に代替案だして。三、二、一……はいおしまい」
「……」
ずっとスマホで何かを見ながら勝手に話を進める彼女のペースにどうも抗えず。
すいすいと足を運ぶ彼女についていくといつもの店の前に到着する。
「……」
「どしたん千ちゃん? もしかしてここに元カノ働いてるとか」
「ないない、それはない。俺、そもそも彼女とかいたことないし」
「だよねー。いたら心臓とまるわマジで」
「そこまで言われる筋合いはないぞ」
「ははっ、おもしろいね千ちゃんって。じゃあ入ろっか」
「……」
どうして俺はこうも流されやすいのだと悔やんでも時すでに遅し。
さっさと店内に向かう高屋についていきながら、頼むから今日はりっちーさんが非番であってくれと祈るばかりだったのだが。
「いらっしゃいませー。あ、君は」
やっぱりりっちーさんはそこにいた。
もう、お約束であった。
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