第14話 いつだって間が悪い
散々な図書館デートの次はどこに連れていかれるのだろうと心配しながら彼女についていくと、彼女はある場所で足を止めた。
カラオケボックスだ。
駅前にある古びた建物で、このへんの高校生のたまり場的なところだけど。
「次はここに入ろう」
「え、先輩ってカラオケとかするんですか?」
「したことはない。なにせ友人が皆無だからな」
「威張るとこじゃありませんって……え、ならどうして」
「高校生カップルがデートで使うスポットのトップがカラオケだと、そう聞いたのでな」
「それもじいやさんの情報ですか?」
「いや、さっき姉上にラインした」
「姉上……」
りっちーさんと仲いいんだなほんと。
あーよかった、うっかりあの人をナンパとかしなくて。
してたら今頃八つ裂きだよ。
「して、君はカラオケに来たことがあるのか?」
「いや、実は俺も初めてでして」
「ほう、なら互いに初体験ということか。処女と童貞カップルにはお似合いだな」
「おっさんが出てますよ先輩」
真昼間から処女とか言うな。
訊いてるこっちが恥ずかしいんだよ。
それになんで俺が童貞である前提なんだよ。
あってるけど。
「ほほう、中はこんな感じか」
先輩は興奮気味にそう話すと入り口横のガチャガチャコーナーに目を奪われていた。
俺も中に入るのは初めてだったが、別に真新しいものは何もない。
入ってすぐのところに古いアーケードゲームやスロットマシンが置いてあって、暇を持て余した高校生が退屈そうにそれに座っているだけのなんでもない店内。
で、カウンターの女の子も暇そうにあくびをしている。
……いや、あの子は?
「あ、千ちゃんじゃん。ちーっす」
高屋みのり。
先日、屋上で知り合った瞬間に自殺しようとされて慌てて止めたらなぜか好意を持たれてデートしようと誘われたあの子だ。
うん、最悪のタイミングだ。
「あれ、千ちゃんデート? あー、悪い奴だなあ。明日は私とデートなのに」
「お、おい待て高屋。今は」
「あれ、ていうかやっぱり、氷室先輩じゃん。ふーん、もうそういう仲なんだあ」
脱力系っていうのか、終始だるそうに喋る高屋はしかし、氷室先輩の方を見ると目つきが鋭くなる。
先輩と知り合いなのか?
と思ったがすぐに後ろからやってきた先輩は知らない様子。
首を傾げながら尋ねてくる。
「みっちー、この子は誰だ」
「そうなりますよねえ……あの、この前屋上でたまたま知り合っただけの同級生です」
「ちっす氷室先輩。私、明日千ちゃんとデートする予定の高屋みのりでーす」
「ば、ばか」
「ほほう、明日デートとは。ほほう」
先輩の声が低くなる。
明らかに怒っている。
あ、やばいなこれ。
「せ、先輩ここはガラが悪いので出ましょう」
「どうしてそんなに焦るのだ? もしかしてみっちー、この小娘に気があるのか」
「ありません、ありませんって!」
「えー千ちゃんこの前私が付き合ってっていったら悩んでたくせに」
「いらんことをいうな!」
謎の修羅場だった。
学園のマドンナと脱力系ギャルに挟まれて、未だ女性に無縁な童貞野郎が四苦八苦している。
なんだこれ、いやほんとなんだこれだよ。
「みっちー、あとで話がある」
「はい……」
「しかしここで逃げ帰ったのでは私の方が間女のようになってしまう。ここは堂々と、入店させてもらうぞ」
「えー」
一刻も早く帰りたかったのに先輩は堂々と受付を始めた。
そして高屋が「これ、書いてちょ」と店員らしからぬノリで先輩に紙を渡すと、先輩は小難しい顔をしながら自分の名前や住所を記入していた。
その光景を、高屋は冷めた表情で見つめる。
なんだろう、知り合いってわけじゃなさそうだけど、先輩と何かあったのかな?
「では入るぞみっちー」
「は、はい……」
「ごゆっくりー」
全く落ち着かないまま、俺たちは一番奥の広い部屋に入る。
そして防音扉をガチャリと閉めた瞬間、薄暗い店内で先輩が。
キレた。
「みっちーの浮気者! 私というものがありながらあんなチャラチャラした娘とデートとはどういうつもりだ」
「いや、だからそれは向こうが目の前で死ぬだのなんだのって言いだしたからそれで」
「言い訳無用、そこに直れ! 刀の錆にしてやる!」
「き、今日は刀もってないじゃないですか」
「じいやに言えば三秒で持ってくる」
「たまには休ませろよ死ぬぞあの人!」
人の心配してる場合じゃないけど。
じいやさんも不死身なんじゃね? ってちょっと思ってしまった。
「とにかく、俺は別にあいつとは何も」
「あいつ? そんなに親しい関係なのか?」
「急にヤンデレ化しないでくださいって。明日のことを黙ってたのは謝りますけど、ほんとなんもないですから」
どうしてこんなにこの人に弁明しないといけないのかは置いといて。
刀の錆にはなりたくないのでとにかく必死に頭を下げた。
必死に謝り倒して、最後の方には「浮気しません、絶対に」とまで言わされて。
そこでようやく先輩の機嫌が元通りになった。
「ふむ、君がそこまで言うのなら許してやらなくもない」
「言わせたのは誰だよ……」
「何か?」
「いえ……」
なんか既に尻に敷かれていた。
でも、こうしていると氷室先輩が本当の彼女かのような錯覚を起こしてしまう。
もちろん、彼女がいたことのない俺の勝手な妄想に過ぎないが、彼女ができたらきっとこんな感じなのだろうなとか、そんなことを勝手に思い浮かべてしまう。
ま、こんなに束縛されるのはちょっと嫌だけど。
「さて、話もまとまったところでせっかくだから何か歌おうではないか」
自分が満足したところでケロッと態度を変える先輩は、おもむろにマイクだけを手にもってキョロキョロしている。
あーこの人デンモクとか知らないんだ。
「先輩、曲をその機械でかけないとカラオケになりませんよ」
「なに、そうなのか? 以前じいやから訊いた話では冊子から番号を入力して百円を入れたら一曲歌えるとかだったような」
「いつの時代だよ」
じいやさんの世代ならではだな。
ていうかこの変人に古い情報までインストールすな。
「ええと、ほら、このデンモクで検索とかすると曲名が出てくるんですよこうやって」
「ほー。しかしどうして君はそんなことを知ってるのだ? まさか」
「何がまさかだ。行ったことなくても常識ですって」
ところどころヤンデレっぽさを見せてくる先輩は、それでもデンモクを渡すとすぐに使いこなしていた。
ぴっぴっぴ、と。
何か歌いたい曲があったのか、すぐに選び終えると室内に前奏が流れ始める。
……歌謡曲とな。
古いなあ、絶対じいやさんの影響だよな。
「では、歌わせていただく」
マイクを手に取る先輩は、初めてカラオケに来たとは思えないほどに様になる。
画面の光に照らされるそのシルエットはアイドルなんか軽く超越していて。
ていうかこのままで売れそうだなあとか思っていると、先輩が大きく息を吸ってから歌い始める。
「……っ!?」
言葉にならなかった。
圧巻、とはこのことだろう。
部屋を突き破るような声量、なのに決してうるさくはなくむしろ心地よい響きが耳に残る。
はっきりとした滑舌で、それでいて抑揚も素晴らしくビブラートもしっかりとかかっていてまるでプロの歌手のようだった。
ぽかんと口を開けたままその歌声に聞き入る。
気持ちよさそうに歌うその姿に、魅入ってしまう。
やがて歌い終えるとこっちを振り返り、彼女が爽やかに笑いかける。
「どうだ、私は歌には少々自信があったのだが」
「……」
「みっちー?」
「あ、いえすみません……いや、うますぎてちょっと聞き入ってました」
思わず本音が出た。
でも、この歌の前では
それほどまでに彼女の歌はすごいの一言だった。
「ほう、では少しは私に惚れ直したか?」
「その言い方だと一回惚れてることになりますけど」
「む、まだそんな口答えができるとはな。浮気」
「あーもうすみませんでしたって! 今日はなんなりということ訊くので勘弁してください!」
「なんなりと?」
「あ」
思わず口が滑ってしまって焦る。
なんなりと、なんて言えばこの人は絶対に「では斬らせろ」と言うに違いない。
だから慌てて訂正しようとしたんだけど……。
「ははっ、なんなりと、とはおもしろい。ではみっちー、次は君の番だ」
「え、ええ、はい。じゃあ、歌います」
なぜか、斬られる流れにはならなかった。
俺が考えすぎだったのか、それとも先輩がうっかりしてただけなのか。
まあ、もちろん斬られたいわけじゃないのでその話には触れず、俺は彼女からデンモクを受け取って。
「……」
「どうしたみっちー、早く入れないか」
「……」
思い出した。
うっかりというか、他のことに気をとられすぎて忘れてたけど。
そういや俺、音痴なんだった……。
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