第13話 さて、何を読む?
バーガーショップでのブランチにてうっかり泣かされそうになった俺と初めてハンバーガーを食べてご満悦な先輩が次に向かったのは図書館。
なんで図書館になったかについては先輩が、
「本が好きなのだ」
と話したところから、自然と行き先が決まった感じ。
そういや噂ではいつも教室で小難しい本を静かに読んでるって聞くし、休日にわざわざ図書館に行こうなんて相当な読書家なのだろう。
いい本があれば教えてもらうかな。
「いらっしゃいませ」
駅近くにある市立図書館はこの辺りでは最大の規模を誇るビル。
七階建てのそれぞれのフロアに所狭しと並べられた本の数々は圧巻のもの。
品ぞろえがこの一帯でも一番という評判で、県外からも本好きの人がここを訪れるとかなんとか。
まあ、俺は初めてきたんだけど。
「ほー、すごいですねここ。広いし」
「ああ、静かでいいだろう。さてみっちー、用事があるのは三階だ。ついてきたまえ」
俺と違って先輩はかなり慣れている様子だ。
広い空間を堂々と我が庭のように歩く姿はなんとも頼もしい。
そんな背中についていっていると、奥の席が少しざわついているのがわかる。
「氷室先輩だ」
「本物だよ、あれ」
「わー、顔ちっさい」
みんな図書館とあって遠慮したような小声だが。
氷室神楽という存在はどこにいっても有名人なようだ。
「先輩、やっぱりすごいですね」
「気にするな。いつものことだ」
実に堂々としたものだった。
彼女は周囲のざわつきなど気にも留めずエレベーターに乗り込む。
「ふう、静かになった」
「情けないぞ。私たちを羨むギャラリーの声など捨ておけばいい」
「羨んでないと思うけど」
「ははっ、照れるな。さっき何人かが「後ろの男ぶっ殺す」と呟いていたのが聞こえた。あれは嫉妬だ。私たちも嫉妬されるだけの仲になったということだろう」
「ちょっと違う気もするけど」
ていうか俺って一体何人からぶっ殺されそうになればいいのだろう。
死なないのに。
なんて憂いていると三階に着いた。
ここは主に歴史関係の本が置いてあるそうだ。
出てすぐのところに並ぶ高い本棚には、少し古びた書籍がいくつも並び、古本独特の香りが漂ってくる。
「で、先輩は何を読むんですか?」
「そうだな、不死身の吸血鬼が女勇者の剣で倒されるファンタジーでも」
「ラノベコーナーにいけ!」
ないけど、そんなコーナーは。
「ははっ、冗談だ。少し日本刀のことについてな。見たい文献がある」
といって向かったのは専門書のコーナー。
そこには日本刀のことについての本がいくつも。
「へえ、こんなにあるんですね」
「ああ、日本刀も奥が深いぞ。ええと、あったあった」
手に取った本のタイトルは『天下五剣の全て』と書かれた分厚い本。
「あ、それ知ってますよ俺も」
「ほう、日本刀にも見識があるとはみっちーもやるではないか」
「まあ、有名なものだけですけど。鬼丸とか、童子切とかですよね」
「そうだ。今度隣町で日本刀展示会が開かれるのでな。せっかく見るなら少し予習をと」
「へえ」
その一冊をもって一緒に席に向かうと、なぜか先輩は俺の向かいではなく隣に腰かける。
「……広いんだから広く使いましょうよ」
「何を言う。恋人というのはこうして不必要に隣に座ってイチャイチャするものなのだろう?」
「誰情報だよそれ」
「じいやに訊いたのだ」
「じいやさん……」
いらん知識を植え付けないでくれよじいやさん。
今度あったらその辺は釘を刺しておこう。
「さてと。おお、これはいい。刀の写真までついているとは」
「ふーん」
特に見識のない俺にとってはどれも古びた刀にしか見えない。
でも、ページをめくるたびに「おお」とか「ほー」と声をあげて嬉しそうにする彼女を見ていると、つまらなさそうな顔もできず。
彼女が嬉しそうに語る専門用語を何一つ理解できないまま「うんうん」「へえ、なるほど」と適当な相槌を打ちながら、しばらくの間仲良く一冊の本を一緒に読んだ。
「ふう、おもしろかった。いや、これは有意義な時間だった」
「よかったですね、いい本がありまして」
「さて、一緒に一つの本を読了するほどの仲とあればこれはもう親密になったといっても過言ではないだろう」
「そうですかね。俺は別に」
「なんだと? ではみっちーは女性と一緒に並んで一冊の本を読むという行為は日常茶飯事の出来事だと、そう言いたいのか!」
「こ、声が大きいですって。ここ、図書館ですよ」
「みっちーの初めては私だと思っていたのに、既に経験済みだとそう言いたいのだな!」
「だ、だからちょっと声が」
「みっちーの浮気者!」
「おーい……」
館内に、先輩の透き通った声が響き渡った。
もちろん静かに本を読む人たちは皆俺たちの方を見る。
そして氷室先輩の姿を見るなり、「氷室神楽だ!」といつもの反応を見せ。
当然、彼女の発言に触れる。
「おい、さっき浮気がどうとか言ってたよな」
「もしかして隣のあいつが氷室さんを騙してるんじゃないの?」
「うわっ、サイテーだなあいつ。ゴミだよゴミ、死ねばいいのに」
やはり散々な言われ様だった。
で、また死ねと。
だから死なないんだよ俺は。
「おっと、騒がしくなってしまったなみっちー」
「誰のせいだ誰の」
「で、次は何を読む?」
「あんたは空気を読め!」
思わず大声を張り上げてしまい。
司書の人から注意を受けて、気まずくなって結局退室という運びになった。
なんか図書館に来たのに落ち着かないどころか、あやうく初見で出禁になりそうだったんだけど。
図書館を出てすぐ、ため息をついてうなだれていると。
空気を読めない読書家が俺に尋ねる。
「みっちー。みっちーはどうすれば私のことを好意的に見てくれるのだ?」
「……まず、自分のことを斬ろうとしてる人のことをそういう目で見るのは無理がありませんかね」
「では、私がみっちーを斬ることを諦めさえすれば、君は私を好きになってくれるのだな?」
「え、いや、まあそうなれば話は別ですが」
「ふむ……」
珍しく悩みこむ氷室先輩。
いや、どういう話の流れでそうなった?
デートも俺の好感度ってやつも全部、先輩が俺を斬りたいがためのものじゃなかったのか?
……もしかして、先輩が俺に惚れた?
で、斬りたいというのは照れ隠しで、実は単純に俺とデートをしたいだけとか。
……いや。
「先輩、一旦諦めたふりして俺と既成事実を作って言い逃れできなくさせてからバッサリってプランなら、却下ですよ」
「ぎくっ」
「図星かよ……」
ということだった。
まあ、この人に普通の恋愛みたいなものを期待するだけ無駄って話だ。
疑ってみてよかった。
言葉通りに受け取ってたら絡めとられてたな、俺。
「し、しかしみっちー。私は君と親密になりたいと思っていることに偽りはない。さあ、次はどこにいく? 私はどこでも構わんぞ」
「どこでもって言われてもなあ。俺、普段はあんまり外出しないんですよ」
「そうか、ならば次も私に任せてくれるか?」
「いいですよ」
「ふふっ、なんだかこうしてると本当の恋人みたいだなみっちー」
「……」
「なんだ? お腹痛いのか?」
「あーもう見ないでください! 次、早く行きましょ」
急に向けられた笑顔を直視してしまって、照れた。
やっぱり美人は卑怯だ。
俺を斬ろうと思ってる狂人のくせにそんな無邪気に笑われたらどうも憎めなくなる。
それに、俺と親密になりたいのは本当、か。
……ほんと、ただ俺を斬りたいだけのくせによく言うよ、まったく。
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