第12話 絆されたら負け
「あらあら、二人ってそういう関係だったのね。水くさいなあ、お姉ちゃんって呼んでくれていいのよー」
りっちーさんに見つかった俺は慌てて顔を隠したがもちろんなんの意味もなく。
なんなら氷室先輩が余計なことばかり口走るので注文どころではなく。
そそくさと席についたのだが、本来セルフサービスのはずの水をりっちーさんが運んできてくれるというお節介まで飛び出して。
地獄である。
「しかし姉上がここで仕事をしているとはな」
「社会見学ってやつ? 大学の先輩に勧められて一緒に入ったのはいいけど先にやめちゃって。でも楽しくて続けてるの」
「そうか。で、姉上はみっちーとどういう仲なのだ?」
少しだけ、氷室先輩がむすっとした表情を見せる。
それを見てまた、りっちーさんがにやける。
「あははっ、彼はこの店の常連さんだから。神楽が心配するような仲じゃないわよ」
「そうか。では私とみっちーの輝かしい未来に、姉上が障壁として立ちはだかる心配はないのだな」
「もちろん。妹の幸せを願うのが姉の責務ですもの」
どうやら、この姉妹は仲がいいようだ。
それはまだ幸いか。
二人が仲が悪くて、氷室先輩が持ち前の空気の読めなさを発揮してりっちーさんにウザがらみして巻き込まれるなんて心配はなさそうだ。
「じゃあ、ごゆっくり」
再びレジに戻るりっちーさんの笑顔は、やはり格別だった。
よく見ると氷室先輩と似ているが、しかし目の前でハンバーガーを見つめる狂人とはやはり違う。
ああ、あっちがよかった。
「おいみっちー、今私を見ながら失礼なことを考えてはいなかったか?」
「い、いませんよそんなこと」
「そうか、ならいい」
それに無駄に勘がいい。
こういうところもマジでやりにくいんだよな。
天然お嬢様のくせに頭が良くてごまかしがきかない。
めんどくせえ。
「そ、それより早く食べましょ。冷めたら美味しくないですよ」
「ふむ、そうだな。で、ハンバーガーとはどうやって食べるのだ? 箸もフォークもないが」
「え、まじで言ってるんですか? いや、手にもってそのままかじりついたらいいんですよ」
ほら、こうやって。
何の実演だよと呆れながらまずは俺が一口。
すると、なぜか氷室先輩が目をキラキラと輝かせる。
「そ、そんな野蛮な食べ方をしても問題ないのか?」
「野蛮って……別にパンとかもこうやって食べるでしょ」
「我が家では食材に直接手を触れることは禁じられているからな。パンもナイフとフォークで食す」
「めんどくさいっすねそれ」
「しかしこれはワクワクする。ああ、何かとても悪いことをしているような、そんな気分になる」
「……」
そんなことで罪悪感を抱くくらいなら、俺を斬ろうと思ってることに対してまず、そう思ってほしいのだけど。
まあ、今はいいか。
楽しそうだし、水をさすのはよそう。
「はむ……ん!?」
「ど、どうしました? 味、気に入らないとか」
「いや……これはうまい! なんだこれは、めちゃくちゃにうまい!」
朝の静かな店内で。
興奮気味に立ち上がる先輩は少し体を震わせながら、もう一口ハンバーガーを食べてまた、「うまい!」と口にした。
「うまい、うまい、うまい!」
「それ、炎柱さんと被るからやめてください」
「いや、だって……こんなにうまいものがあるとは知らなかった。みっちー、これからは毎日毎食ここでどうだ」
「確実に死ぬので遠慮します」
そんな生活してたら一年経たずに病気だよ。
……って俺は死なないのか。
「ははっ、死なない君が面白いことを言う。しかしそうだな、栄養の偏りは身体によくないからな」
「そうですよ。いくら俺がこんな体でも、やはり健康に気を遣うのは当然ですから」
「だな。君が死ぬのは私の刀でと誓い合っているからな」
「誓い合ってねえよ。勝手に変な契約すな」
とか。
美味しいご飯を前にすると誰でも上機嫌になるというのは、この氷の女王改め狂人ブレーダー(俺が勝手につけた)でも例外ではないようで。
俺が食べようと思っていた二個目のハンバーガーも彼女にとられて、あっという間に食事を終えた。
「ふう、美味であった。今日はもう満足だ」
「好感度の前に食欲が満たされちゃってますよ」
「ん、ああそうだったな。しかしみっちーも素直じゃないな、私ともう少し一緒にいたいのならそう言えばいい」
「え、いや、別にそれは」
「ははっ、照れなくてもいいぞ。私はこう見えて友人は一人もいないから、この後急に誘いが入ったりばったり出会った知り合いとどこかに行くなんて展開は皆無だ」
「言ってて寂しくなりませんかね、それ……」
まあ俺もそうだけど。
でも同じぼっちでも、ぼっちの質が違うか。
先輩は皆から敬われて、それが過ぎるから故の孤独で。
俺は皆から疎まれて、嫌われ過ぎたが故の孤独で。
同じにしたんじゃさすがに先輩に失礼だな。
「何をいう、私は寂しくなんかはないぞ」
「そ、そうなんですか? まあ、忙しそうですもんね先輩は」
「まあ、それもあるが。今は君がいるからな」
「……俺?」
「ああ、みっちーがこうして一緒に食事をしてくれるだけで私は満足だ。さて、次はどこに……ん、どうしたみっちー?」
「な、なんでもないですよ」
ちょっと泣きそうだったので慌てて顔を逸らした。
俺が一緒にいてくれたらそれでいいなんて、生まれてこの方一度だって言われたことがなかった。
学校のみんなも。
ご近所の人も。
地元の人はみんな。
みんな、俺がいることを迷惑がっていた。
だから不覚にも、グッと込み上げるものがあった。
ほんと、ずるいよこの先輩は。
俺がいて満足な理由なんて、生きた藁人形を手に入れたくらいのもんなはずなのに。
ああいう言い方はほんと、ずるい。
「大丈夫かみっちー? もしかして私が二つ目のハンバーガーを食べたので怒ってるとか」
「そんなケチじゃありませんよ。それより早く次、いきますよ」
今は氷室先輩の顔が見れなかった。
見たら、きっとよからぬことを思ってしまうに違いないとわかっていたから。
先輩の夢とやらの為なら斬られてみてもいいかな、なんて。
そんなバカげたことを真剣に口走ってしまいそうな自分に、心底ウンザリする。
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