第11話 週末デート 神楽編

 週末になった。

 いや、この場合はやはり、なってしまったというべきなのだろう。


 普段なら学校もなく朝からダラダラと自堕落に過ごして昼頃に休日は昼から入っているりっちーさんのいるバーガーショップで腹ごしらえと目の保養をしてからまたぐうたらに時間を消耗するという素敵な週末だったのだが。


 今日はデートだ。

 デートでどうして憂鬱になるのかについては今更いうまでもない。


 相手が悪い。

 それに尽きる。


「みっちー、起きたか?」


 朝の六時に電話がくる。

 反射的にそれをとってしまうと、透き通ったモーニングコールが俺を目覚めさせる。


「……今何時だと思ってるんですか」

「その前におはようだろうが」

「あんたも言ってないだろ」


 朝からこんな調子だ。

 デートの前からうんざりする。


「あのですね、今日は親睦を深めるための一日でしょ? 初っ端から高感度下げてどうするんですか」

「むむっ、それじゃあ私からの電話は迷惑だというのか?」

「いや、それはだって時間が」

「私は迷惑なんだな……そうか、すまなかった失礼する」

「あ、ちょっと」


 ……電話が切れた。

 最後の先輩の声、悲しそうだったな。

 なんか悪いことをした気になるなあ。

 別に電話してくるなって言いたかったわけじゃないんだけど……。


 ……あーもう、ほんと女ってずるい。

 泣いたらなんでも許してもらえると思ってるだろ。

 まあ、男は単純だから綺麗な女性に悲しそうにされると放っておけなくなるものなんだけど。


 すこしセンチメンタルになりながらとりあえずこのモヤモヤした気分を晴らそうと、せっかく起きたついでだし外の空気を吸おうと玄関を開ける。


「みっちー、おはよう!」

「ああ、おはようございますせんぱ……い!?」

 

 するとそのに氷室先輩が立っていた。


「え、なんで……」

「ははっ、さっきここから電話してたからに決まってじゃないか」

「怖いわ! え、いつからいたんすか?」

「さていつからだと思う?」

「余計怖くなるようなこと言うな!」


 いつもの調子だった。

 相変わらず自分の都合で喋るし自分のしてることが悪いと微塵も疑わない。

 こういう人とデートなのだ、今日は。

 そう思うと気分がまた暗くなる。


「はあ……」

「こらっ、人の顔をみてため息とは感心せんな」

「だって」

「私は君の顔を見た瞬間ゾクゾクと電気が全身をかけめぐったぞ」

「そういうとこですよ……」


 人の顔を見るなり斬りたい衝動が全身を駆け巡るような頭のおかしい人とデートなんて、ため息どころじゃねえっての。


 でも、


「今日は私服、なんですね」

「ああ、君との初デートだ。というより人生で初めて男の子と遊ぶという記念すべき日なのだからな。じいやにも相談して、一番いいものを着てきた。どうだろう」

「……似合って、ますよ」

「そっか。嬉しいな」

「……」


 世間知らずが故に、こういう恥ずかしくなるような話も惜しげもなくしてくれる。

 普通の男子なら、あの氷室神楽にこんなことを言われた日にゃ発狂もんだ。


 身の危険に晒されている俺ですら……まあ、ちょっとだけ。


「可愛い服、ですね」


 とか、浮かれたことを言ってしまうくらいなのだから。


「そっか。まあ脱いだら服なんてなんでも一緒なんだけどな」

「あーもういい感じが全部吹っ飛んだわ」


 と、色々台無しになったところで一度先輩を家にあげる。


 というのも別に気を遣ったからというよりは、朝のゴミ出しに出かける隣のおばさんがにやにやしながらこっちを見ていたからである。

 誤解も誤解だ。

 逢引きどころか俺は合い挽き肉にされそうなんだから。


「はい、お茶どうぞ」


 誰もいない部屋に先輩と二人、という状況も随分慣れた。

 まあ、そんなことを学校で口走ったらその口を縫われそうな発言だが。


「ありがたくいただこう。で、今日は何をする?」

「んー、俺ってデートとかしたことないんでそういうのよくわからないんですよね」

「ふむ、私もあいにく未経験でな。あ、今のはデートがという意味で処女かどうかについてではないぞ」

「誰も聞いてませんよ」


 それにこの前そっちも未経験だと言ってたじゃん。

 

「で、もちろんそっちも未経験なのだが、そんな私は何事もじいや頼りでな。どうしたものか」

「その補足もいらんけど……まあ、ネットで調べたらそれらしいとこ見つかるんじゃないですか? それに飯屋も俺が行くような場所でいいならいくつかありますし」

「ほう、それは頼もしい。では君がいつもいくお店とやらでお茶をしながら私たちの今後について語り合おう」

「なんかちょっと引っかかる言い回しだけど……まあ、そうしましょうか」


 というわけで早朝にもかかわらず家を出ることに。

 しかし土曜の朝なんて、コンビニくらいしか開いていない。

 店が集中する駅方面に向かいながら辺りを散策するが、まあこの街も狭い田舎だし、新しい発見なんてそうそうない。


 さて、どうしたものか。


「うーん、やっぱり時間が早すぎましたね」

「みっちー、あの店は開いているようだが」

「ん? ……いや、あそこはやめませんか?」


 先輩が指さした先は俺の行きつけのバーガーショップ。

 そして氷室先輩のお姉さんであるりっちーさんの職場でもある。

 だから行きたくない。

 氷室先輩と一緒にいるところをりっちーさんに見られたくないというのもあるが、先輩が姉と遭遇して変な化学反応を起こしてまたややこしいことになるのは目に見えている。

 まありっちーさんが早朝からシフトに入ってるとは思わないが、万が一がある。


 だから避けたかったのだが、


「みっちー、もしかしてあの店に好意を抱く女がいるのか」

「え、な、なんでそうなるの」

「その反応、怪しい。いるのだな? そうなんだな?」

「いや、別にそういうのでは」

「じゃああの店にしよう。私はジャンクフードというものを嗜んだことがないから興味がある」

「……」


 こういう時だけ、どうして目敏いんだよこの人は。

 いや、まあ別に気になる人がいるってわけじゃあないんだけど。


「さあ入るぞ。どうした、足取りが重いな」

「……」

「しかし私というものがありながら堂々と浮気とはやるではないか。ある意味男の鑑といえる」

「……」

「いや、待てよ? 浮気をしたというのであれば相応のペナルティを課すのが伴侶として当然の義務ではないか。そうだ、だから斬っても」

「いいわけあるか! 勝手に浮気にすな!」


 だんまりを決めるつもりだったが、無理だった。

 こじつけでぶったぎられてたまるかという話だ。


「ふむ、では入ろう」

「はあ……」


 ワクワクした様子で先輩は店の自動扉の前に立つ。


 俺は頼むからりっちーさんがいないでくれと祈りながら、その後ろをついていく。


「いらっしゃいませー」


 ただ、こういうお忍びデートには知り合いと遭遇してしまうのがお約束。


 笑顔で俺たちを迎えてくれたのは、やはりというか予想通り。


「あら、神楽じゃない。それに……君はいつもの」


 りっちーさんだった。

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