第10話 やることはひとつ

「……」

「なにをさっきから拗ねている。無理やり誘ったのは悪かったといってるだろ」

「だったら降ろしてください」

「それは無理」

「くそっ」


 車のドアも電子制御なのか開くこともないし鍵らしいものも見当たらず。

 俺はどんどんと我が家から離されていく。


「……なんでこんなことになったんだ」

「どうした、贔屓のチームが負けてるのか?」

「あんたのせいだよ! 俺を連れ帰って何する気だ」

「ははっ、そんなもの一つしかないだろ」

「やっぱり……」


 なるほど、そういうことか。

 俺がいつまで経っても首を縦に振らないせいで強硬手段に出たんだ。

 ということはつまり。


「ああ、今日は親がいないのでゲームをするぞ」

「やっぱりゲームか……げーむ?」

「そうだ。昨日じいやに買ってきてもらったのだが一人でやるより二人でやった方が楽しいと訊いたのでな」

「いや、それだけ?」

「親がいない今しかゲームができないからな」

「……」

 

 あれ? 斬られる流れじゃない?

 てっきり先輩の家に着くなりじいやさんに磔にされて先輩にぶった切られるとばかりおもっていたが。

 ゲーム。

 ゲーム、ねえ。


「時にみっちー、君はゲームは得意か?」

「まあ、人並みには」

「そうか、私はやったことがない。だから手取り足取り教えてくれないか?」

「教えるってほどじゃないですよ俺も」

「謙遜するな。ゲームを教えてくれた暁には、こちらも一つ君の要望を聞くことにする」

「それじゃ斬るのは」

「斬られたくない以外のことならな」

「ちっ」


 じゃあ要望はもうねえよ。

 ていうか早く帰らせてくれ。

 

 なんかめんどくさいことになったなあと思っていると車がゆっくりと停止する。


「着きましたぞ」


 運転手の老人がドアを開けてくれて、ようやく外に出ると目の前には屋敷があった。

 俺の実家が何個も入りそうな大豪邸。

 和風の、まるで屋敷のような建物だ。


「これが先輩の実家……」

「ああ、古い建物だから気を遣わないでくれ」

「あ、あの。ちなみに先輩の家って何してるとこなんですか?」

「我が家はこの辺り一帯の地主だ。あと祖父が道場を経営していてな」

「ほー」


 なるほど噂にたがわぬ金持ちだ。

 しかし祖父が道場、か。

 一度そこで精神修行でもしてこいって話だ。

 人を斬ろうなんて物騒な考えも少しは治るだろ。


「そこの門からも入れるが、私の部屋ならそっちの勝手口から入った方が近い。ちなみに家の裏に祖父の道場がある」

「あの、道場ってなにを教えてるんですか? 空手とか」

「祖父は居合の達人だ」

「あー」


 そういうことか。

 居合ねえ。

 そりゃ刀も持ってるわけだ。

 うん、近づかないでおこう。


「さて、こっちだ」


 気を抜くと迷子になってしまいそうなほど広い庭をぬけて小さな入り口から屋敷の中に。

 すると、薄暗く広い廊下がある。


「広いなあ……この廊下だけでうちの家の敷地くらいあるぞ」

「広いのも考えものだぞ。夜は怖いし」

「怖いんですか?」

「……たとえ話だ」


 とか言いながら、自分の家のくせに少し怖そうにゆっくりと歩を進める先輩は「早く先にいかんか」と俺を前に出してくる。

 怖いんかい。


「……先輩にも怖いものとかあるんですね」

「怖くはない。しかし、幽霊などは刀で切れないだろ。そういう類のものは怖い」

「怖いって言っちゃってますけど」

「例えばだ。揚げ足をとるな。あげた足を斬るぞ」

「俺はタコか!」

「ははっ、イメージはイカだがな。イカクサい感じだし」

「だからちょいちょい下ネタ放り込んでくるな!」


 静かな廊下にくだらない話声がこだましながら前に進む。

 途中、扉がたくさんあったがほとんどが使われていない部屋や書庫だそうだ。

 掃除とか大変そうだなあと、いかにも庶民的な心配を浮かべながらやがてある扉の前で先輩の足が止まる。


「ここだ。私の部屋についたぞ」

「……」


 そういえば、というか今更だけど。

 俺、今から氷室先輩の部屋に行くんだよな。

 いいのか? 年頃の男女が薄暗い時間帯に部屋で二人っきり。

 家の人はいないそうだし、これって何か間違いがあるんじゃ?

 ……いや、そんな期待の前に自分の心配だ。


「先輩、ここって助けを呼んでも誰も来ませんよね」

「常駐しているのはじいやだけだからな。それがどうした」

「いや、別に」

「ははっ、君に襲われるのであれば本望だぞ。助けどころか君の童貞喪失の介助にじいやを呼ぶまである」

「初めての時にじいさんの手ほどきとかいらねえよ!」

「そうなのか? しかし我が父は女性を初めて抱いた時にじいやの指南を受けたときいているが」

「訊きたくねえわそんな話!」


 一体どんな親父だよ。

 会う前からイメージ最悪だな。

 

「さて、入りたまえ」


 部屋に通されると、そこはまるでリビングのように広く、大きなテーブルにソファ、更には何が入ってるんだとツッコみたくなるほど巨大なタンスやクローゼットがいくつも。


「ほええ……すごい部屋だなあ」

「散らかっているがゆっくりしてくれ。さてと、ゲームを持ってくる」


 部屋の角にはこんなサイズのものが売ってるのかと訊きたくなるほど大きなモニターが。

 これでゲームやるの? もったいない、映画とか観たいなあ。

 でも、最新のゲーム機をこういういいテレビでやるのも贅沢なものか。

 あわよくばテレビ貸してくれないかなあ。


「さあ、繋いでくれ」

「お、懐かしいなあ。これって確か三本線をテレビの後ろに……ってこれファ〇コンですよね!?」


 出てきたのはファ〇コン。

 しかも初期のものだ。逆にどこで見つけてきたんだ?


「ああ、繋ぐ場所がなくて困っている。どこにつなげばいい?」

「多分ですけど、最近のテレビにはないと思いますよ……」


 今時のテレビにRCA端子なんか刺さるかよ。


「なんだと? ではゲームは」

「できませんね。ブラウン管のテレビでも買ってきてください」

「そんな……で、ではゲームで仲良くなろう作戦はどうなる?」

「勝手に作戦立てるなと言いたいですけど、それは失敗ですね」

「がーん」


 よほどゲームがしたかったのか、それともよほど俺と仲良くなりたかったのか。

 いやいや、それほどまでに俺を斬りたくて仕方なかったのだろう。

 膝から崩れ落ちた先輩は四つん這いになるように手をついて、落ち込む。


「私の計画が……」

「別にゲームなら他にもあるでしょ」

「しかし今から買いに行ったのでは遅くなってしまう」

「なら別のことしましょうよ」

「エッチなことか?」

「なんでそうなるの」

「私は構わないぞ?」

「え?」

「ほら、触ってみるか?」


 おもむろに、立ち上がった先輩は上着を脱いで色っぽく前かがみになる。

 細いのにしっかりとボリュームのある胸が強調され、更に上目遣いの先輩が俺に向かって、


「優しく、な」


 と、照れくさそうに言ってくるもんだから俺の理性が死にかける。

 手が、勝手に前に伸びる。

 

 しかし勝手に動く右手を理性のかけらが残っていた左手で止める。


「……ダメだ」

「どうした? 女に恥をかかせるものじゃないぞ」

「だって、触ったら刻まれるんでしょ?」


 そう、彼女の体に触れたら最後、俺は先輩の日本刀で刻まれる。

 それが嫌だからここまで抵抗してきたというのに、ここで目先の欲に負けてしまったのでは元も子もない。

 

 しかし、先輩は意外な反応を見せる。


「いや、触ったくらいでそんな無茶な要求はしないぞ」


 と。


 そんなことを言われて俺は迷う。

 もしこの言葉に嘘がなければ俺は労せず美人な先輩のおっぱいを触れることになる。

 しかし世の中そんなにうまい話があるとは信じていない。

 だから疑う。

 疑って、先輩の様子をじっと見る。


 すると、彼女は気まずそうに目を逸らした。


「あ、嘘ですね絶対」

「なな、なんでだ。私は嘘など一度も」

「明らかに動揺してますね。あーもういいです。絶対に先輩にエッチなことはしませんので」

「そ、そんなあ」


 ほんと、おかしな話だよ。

 学校一の美女が俺のようなやつに触ってくれとお願いしてきて、それをまた断るというのだから驚きしかない。


 でも……ああくそっ、触ってみたい!


「……いや、やっぱりダメです。デートして親睦を深めてから、そういうことをするんでしょ?」

「ふむ、そうだったな。では今日のところはお開きにするか。じいやに送らせよう」


 ようやく、彼女から解放された。

 彼女は見送りに出てきてはくれたが同乗はせず、俺は大きな黒塗りの車に一人乗り込む。


「……」


 しかしこういう時、よく知らない人と二人っきりなのは気まずいもの。

 早く家につかないかなと下を向いていると、運転手のじいやさんから声をかけられる。


「ほほっ、お嬢様と仲良くしていただきありがとうございます、千寿様」

「仲良くって……別にそういうのでは」


 謙遜ではない。

 俺は彼女から見れば斬りごたえのある人形みたいなもんだ。

 親しくしてるのもある意味の下心があってのことだから、親しくなんて……。


「ほほっ、しかしお嬢様がああも他人に心開いて楽しく会話しているのは私もお嬢様が生まれてからずっとお世話させていただいておりますが、初めてですぞ」

「そ、そうですか。まあ、扱いやすい後輩なんでしょ」

「お嬢様は少々不器用ではありますのでご自身の気持ちを表現するのが下手ではありますが、きっと千寿様のことはお気に召しておられます。どうぞこれからもご贔屓に」

「……」


 あれだけダイレクトに斬らせろと言ってくるやつのどこが気持ちの表現が下手なんだよと。


 言いかけたところで車が止まって。


 俺は何も言わずに一礼してから、車を降りた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る