第9話 お迎え

「いらっしゃいませお嬢様」


 喫茶店の中は少し薄暗く、古びた感じもするが窓や床は綺麗に磨かれている。

 そして出迎えはこれまたいかにも純喫茶のマスターという感じのおじさん。

 パリッとしたシャツと腰に巻いたサロンがシンプルながらにおしゃれだった。


「へえ、本格的ですねここ」

「ここのマスターは海外にまで豆の買い付けにいくほどのものだからな。うまいぞ」


 自らの行きつけの店とあってか、いつも以上に得意げな様子で話す先輩はさっそく「いつものを二つ」と。


 どんなしゃれたコーヒーが飲めるのだろうか。

 いや、案外シンプルだけど豆の香りがふんだんに感じられるやつかな。

 ああ、楽しみだ。


「お待たせしましたお嬢様」

「ご苦労様」


 トレーに乗せられて、すぐにドリンクが運ばれてきた。

 

「さあ、飲んでみたまえ」

「はい、いただきます。ん、おいしいココアですねえこれ……ってココア!?」


 口に含んだ瞬間、実家のリビングを思い出した。

 ココアだった。

 それも、よく飲んでたインスタントのココアと味が一緒。


「あの、これは?」

「私は苦いのは苦手だ。飲むならこれに限る」

「いや、せっかくなのにココアって……」

「ココアをバカにするな。拘ればコーヒーをも凌駕する」

「まあ、確かに。でも飲んだことあるような味がするんですけど」

「ああ、それはミ〇だからな」

「市販のもんじゃねえか!」


 ミ〇だった。

 いや、喫茶店だよねここ?


「なんだ、嫌いなのか?」

「そうじゃないですけど。スーパーで買えばいいでしょ」

「こういう雰囲気だからいいのだ」

「あの、せっかくなんでコーヒー飲んでもいいですか?」

「ふむ、まあいいが。それじゃ私はおかわりを」


 気を取り直してマスターにコーヒーをお願いすると、心なしかさっきよりお辞儀が深かったような気がした。

 ううむ、彼も彼でミ〇なんか飲まれちゃ不本意だよなあ……。


「お待たせしました」


 そして今度こそ目当てのコーヒーが。

 実にいい香りだ。豆の種類とか詳しくないけど、これは上等なものだとなんとなくわかる。


「……うまっ。マスター、これめっちゃうまいです」

「ありがとうございます。わたくしのイチオシにしてみました」

「へえ。先輩も飲んだらいいのに」

「心配せずとも飲んだことはある」

「これなら飲めるでしょ」

「無理だ。ちなみに苦いものはピーマンとかも等しく悪だ」

「……」


 子供か!

 じゃあ喫茶店来るなよ。

 いや、ミックスジュース飲む人もいるしそれぞれか。

 それに、先輩が誘ってくれなかったらこの店も知らなかったわけだし。

 でも、俺なんかと二人でお茶なんて楽しいのかなとか思いながらコーヒーの香りを楽しみながらもう一口。


「うん、やっぱうまい。先輩はここには頻繁に来るんですか?」

「週のうち何度かはな。気に入ってくれたか?」

「ええ、とても。ここのコーヒーなら毎日飲みたいくらいですよ」

「そうか。なら毎日一緒にここでコーヒーを飲み親睦を深めよう」

「……いくら飲んでも俺は斬っていいとは言いませんよ」

「ちぇっ、じゃあいい」

「露骨だなおい!」


 結局、彼女の興味は俺ではなく俺の体。

 とか言えばいやらしく聞こえるが、実際お目当ては俺の不死身の肉体である。

 それも、マッドサイエンティストよろしく俺を拉致して研究して自分も不死身になりたいわけでも、どこかの正義感あふれるヒーローのように俺を危険視して退治しようとしているわけでもなく。


 ただひたすらぶった切りたいという狂人思想なだけ。

 よく考えたらヤバいやつと茶しばいてるな。


「まあいい、君が心を開くまで私は君の口にコーヒーを注ぎ続けるまでだ」

「それはそれで結構な罰ゲームに聞こえますね」

「しかし君が観念したら、君の熱いものも私に注いで構わぬのだぞ」

「なんでちょいちょい下ネタいれてくるんだよ! 飲み会の時のおっさんか」

「私は未成年だから酒は飲まん、人聞きの悪いことをいうな」

「おっさんって言われたことにまず怒れよ!」


 しばらく、こんな調子が続いて。

 やがて日が落ちかけてきたので店を出ることにした。


「ありがとうございました、今後とも御贔屓に」


 マスターの丁寧な見送りにこちらも頭を下げながら、駅前の広場に出る。

 すると、待ち構えていたかのように今朝の黒塗りの高級車が待っていた。


「お嬢様、お疲れ様です」

「ああ、じいやお疲れ。さて、帰るとするか」


 お迎えだ。

 どうやら今日の茶番はここまでのようで。

 ようやく解放されると安堵していると、先輩が車にさっさと乗りこんでいく。


「先輩、今日はお疲れ様でした」

「何を言ってるんだ? まるで帰るような言い草だな」

「いや、先輩も帰るんでしょ?」

「ああ、だから一緒にな」

「いえ、うちはすぐ近くなのでいいですよ」

「さっきから何を言ってるのだ? うちに招待すると言ってるのだ」

「ああ、なるほどそういう……ん?」

「さあ早く乗らないか。路駐はあまりよくないからな」

「……」


 さて、俺はいつの間にこの後先輩の家に行く約束をしたのだろう。

 さっきの喫茶店での会話を振り返る。

 しかし、一言たりともそんな話はしていない。

 

 いや、もっと前はどうだ?

 屋上で、そんな話を……してねえなあ。


「失礼します」


 これ以上はもう無理。

 なんで勝手に俺が先輩の家に行くことになってるんだよ。

 さっさと逃げるが吉と、俺は一目散に振り向いて走り出す。

 

 が。


「じいや、いけ」

「はっ」

「わっ!」


 すぐ捕まった。

 運転手のあまりに機敏な対応に、俺の身柄は拘束された。


「は、離してください! 俺は帰って野球を」

「うちでみればいい。さあいくぞ」

「はなせー!」


 そのまま後部座席に押し込められて。

 俺を乗せて車は発進した。



 

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