第8話 女の武器
人生において愛の告白なんてものをされたことはもちろんなく、一体どんなシチュエーションでどんな人にされるのだろうと妄想ばかり独り歩きしていた俺が。
学校の屋上で初めて告白を受けた。
もちろん氷室先輩からの歪んだアプローチはノーカンとして。
「付き合う? え、俺と?」
「うん、よくみたら顔も悪くないし」
「そ、それはどうもだけど……え、それだけの理由で?」
「もちろんそれだけじゃないよ。私の為に必死になってくれたのって、結構嬉しかったというかさ。ね、私ってこれでも結構人気あるんだよ? どうかな」
「どうかなって……」
俺は結構ギャルが苦手だ。
怖そうだしエラそうだし学校では目立つ存在で俺みたいなやつをバカにして笑ってるような気がするし(完全な被害妄想だけど)。
ただ、高屋みのりが可愛いということはわかる。
この子は相当可愛い。
少し眠そうな目もよく見れば綺麗な二重で、鼻筋も高く通っている。
小さな口はなぜか不満そうに尖っているが、笑った時に覗く八重歯なんかは男心をくすぐる何かがある。
きっとモテまくってるに違いない。
長い髪が風で揺れるたびにギャル独特のいい香りがするし。
でもなあ。
はい喜んで、とならないのは今までの積み重なってきた人間不信によるものか。
「うーん」
「なんで悩むのよ、失礼なやつ」
「いやいや、俺は真面目なんだよ。お前のことも全然知らないまま顔がいいからって理由で付き合うなんて軽いノリができないの」
「へー、今どきそんな童貞がいるんだ」
「なんで勝手に童貞扱いなんだよ」
「違うの?」
「……そうですけど」
ええ、童貞ですけどそれが何か?
「ま、いいや。じゃあ千ちゃん、今度試しに私とデートしてよ」
「デート? デートってそれ」
「なに、童貞はデートも知らないの?」
「知ってるよ」
「じゃあデートね。いいっしょそれくらい」
「ま、まあそれくらいは」
「じゃあ日曜ね。別にプランとか考えなくていいから、その場のノリで」
「あ、ああ」
押し切られるように、返事をしてしまった。
すると彼女は納得した様子で先に屋上から出て行く。
また、デートの約束をしてしまった。
週末は氷室先輩とのデートがあるというのに、まさか同級生の女子とまでデートすることになろうとは。
これはどういう風の吹き回しだ。
急にモテ期がやってきたのか?
だとすれば是非分散したいものだが……じゃなくって。
なんか嫌な予感しかしないんだけど、気のせいだよな?
◇
「みっちー、殺す」
ほら、嫌な予感って当たるんだよね。
昔っから勘がいいのが自慢だったけど、今だけは当たってほしくなかったなあ。
高屋と入れ替わるように、なぜか氷室先輩が屋上にやってきて。
刀を抜いて俺の前に立っている。
「な、なんでそうなるんですか……」
「とぼけるな。私というものがありながら他所の女と蜜月など、あってはならぬことを君はした」
「俺と先輩は何も関係ないでしょ!」
「ある。君は私に斬られるために生まれてきた私だけのものだ」
「利己的が過ぎるわ!」
いつあんたのもんになったんだよ。
ていうかそんなくだらない理由の為に不死身の化物にされたってんなら神様に文句どころじゃ追いつかねえよ。
「あのですね、さっきのは違うんですって。あれは彼女が飛び降りようとしてて」
「言い訳無用。許してほしくば刀の錆になれ」
「とかいって斬る口実探してるだけだろ!」
「ぎくっ」
「ほらやっぱり。まあ言っておきますけど、俺は許してくれなんて言いませんからね」
だいたい他の女子と喋ることをどうしていちいち先輩に許可もらわにゃならんのだ。
ほんと自意識過剰なお方だ。
「……みっちーは私よりああいう小娘の方がいいというのか?」
「いや、別にそうは言ってませんけど」
「ではやはり私にぞっこんなのだな」
「どう理解したらそうなるんですか。でも、俺はことあるごとに刀を抜く人よりはああいう女子の方が好みかもですね」
と。
少しいじわるなことを言ってみた。
すると、
「……みっちーの浮気者」
「え、泣くの?」
「泣く……ううっ、私だって、私だって……毎日お弁当作って頑張ってるのに」
「ちょ、ちょっと先輩?」
「しくしく」
急に先輩が泣き崩れてしまった。
どうしよう、女子を泣かせてしまった。
生まれて初めてのことで、俺はどうしたらよいかわからなくなる。
パニックだ。
「あ、あの、ちょっと言い過ぎましたから、謝りますから」
「……じゃあ、私のことを嫌いにはならないか?」
「そ、そもそも嫌いだなんて一言も」
「そうか」
スッと涙をぬぐうと、いつもの凛とした目つきで先輩は俺を見る。
その仕草にドキッと。
しかし彼女はぼそっと、
「斬りたい……」
なんて呟いたからいい雰囲気が台無しだった。
「本音漏れてますよ」
「だって」
「斬らせません。それは泣いてもダメですからね」
「ちぇっ」
「舌打ちすな。ほんと、どこが氷の女王だ」
全く持って凍ってない。
凍てつくオーラの微塵もない。
まあ、溶けてるというよりは脳が沸騰してる感じだけど。
「あの、もういいですか? そろそろ休み時間終わりますよ?」
「それはまずい。ではまたあとでな」
先輩はさっさと行ってしまった。
それを見てようやくやれやれと、肩の力を抜く。
……ん? また後で?
◇
先輩の言葉はどうやら放課後をさしていたようだ。
放課後を告げるチャイムとともに荷物をまとめていると、教室に氷室先輩がやってきた。
当然大騒ぎだ。
「氷室先輩だ!」
「わー、本物だ本物」
「綺麗だなあ。でもやっぱりここにきたのって」
彼女を見て騒いでいた連中が一斉に俺の方を振り返る。
そして睨む。まるで親の仇を見るような目で、鋭く憎悪たっぷりな視線を浴びせる。
もちろん空気の読めない先輩はそんな雰囲気など気にも留めず俺の方へ。
「迎えにきたぞみっちー」
「迎え? いや、なんで」
「今日は一緒に駅前でお茶でもしよう」
「え、帰って野球見たいんですけど」
「そんなもの録画でどうにでもなるだろ。さあ行くぞ」
「嫌だと言ったら?」
「殺す」
「思ったより物騒な答えかえってきたなおい!」
しかしどうも冗談とは思えなかった。
本当に教室で刀を抜いて暴れそうな目つきの彼女を前に断ることができず。
刺さるような視線をかいくぐりながら二人で教室を出る。
「ふふっ、これが放課後デートというやつだな」
「あの、なんでまた急にデートなんて」
「べ、別に私は君が他の女とコソコソ会っていたことに嫉妬して独占欲が抑えきれなくなって無理やり誘ったとかそういうわけではないぞ」
「……そういうわけですか」
しかしまあ俺も随分とえらくなったものだ。
学校中のアイドル的存在であり憧れである氷室先輩にここまで言わせるのだから。
ま、動機が動機だけど。
「でも、教室に来るのは控えてください。毎回あんなんだと俺の胃がもちません」
「ははっ、君は不死なのだから胃潰瘍も腸ねん転にもなるまい」
「気持ちの問題ですよ。で、どこ行くんですか?」
「駅前によく使う喫茶店があってだな。おいしいコーヒーをご馳走するよ」
「ふーん」
いきつけの喫茶店、か。
いいなそういうの、大人っぽくて。
やっぱり金持ちは違うなあと、この時ばかりは少しだけワクワクしながら。
やがて駅の裏手にある古びた喫茶店に到着した。
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