第22話 困ったもんだ
「あー、最悪だ! 俺はもう終わりだー!」
屋上の中心で、叫んだ。
乾いた叫びが晴れた空に吸い込まれる。
「どうしたんだ急に走り出して。ふむ、さては二人っきりになりたかったと」
「あんたはもう教室出禁だ!」
それに俺だって。
自分のクラスだというのに完全に居場所をなくしてしまった。
氷室神楽とキスをしたと。
皆が知ってしまって皆に恨まれた。
……どうしようまじで。
帰ったら刺されるんじゃねえかな。
「さては、皆に私たちの関係を噂されて照れてるのだな? みっちーもなかなかウブだな」
「あんたは一回自分の立ち位置ってもんを認識しろ!」
「ん、今立っている座標は学校の屋上だが」
「そんな天然いらねえよ!」
今に始まった話ではないが、お話にならなかった。
でも、本当にどうしたらいいんだ?
「このままじゃいずれ本当に誰かに刺されかねないですよ……」
「しかし死なないのだから問題ないではないか」
「大ありです。俺はこの体のことを知られたくないんです。刺されてピンピンしてたらまた化物扱いですよ」
「ふむ、なるほどな。それに、私より先に他の者が君を刻む快感を味わうというのは私にとっても不本意だな」
「いや、そういう問題じゃ……」
いや待て。
一応今だけでも利害関係を先輩と一致させておけば、事態の収束に彼女が一枚かんでくれるかもしれない。
ここはのせてみるか。
「そ、そうですよ先輩。このままじゃ先にクラスの奴に俺が斬られちゃいますって」
「むむ、それは由々しき事態だ。なんとかせねば」
「で、でしょ? だから先輩の方からみんなに話して誤解を……え?」
うまく乗せたつもりだったのだが、なぜか先輩は携えていた刀の布をとり、鞘からスッと刃を抜く。
「な、何してるんですか?」
「いやなに、どうせ誰かにヤられるのであれば無理やりでも私が先にと思ってな」
「なんでそうなるんですか! いや、みんなをどうにかしてくださいよ」
「私は案外恥ずかしがり屋さんなのだ。大衆の面前で言い訳など出来ぬ」
「知らんがな……」
一転、ピンチになった。
味方につけようとした先輩が暴走して敵になる。
いや、元々敵だったなこいつ。
「さあ、そこに直れ。私の居合術を見せてやる」
「ま、待った待った! ほ、ほら、ええと、うーん」
「なんだ、辞世の句を詠むなら待ってやるぞ」
「本気で殺しに来てるなあんた!」
斬りたいんじゃなくて俺を殺したいんじゃねえのかこいつ?
……いや、でもどうやって先輩を止めたらいいんだ?
向こうが強硬手段に出てきた以上、友好とか信頼とかそういう話をしても無駄だし。
いかん、思いつかねえ。
「さあ、覚悟はできたか?」
「そ、そんなに斬りたければ斬ってもいいですけど俺は二度と先輩とは口ききませんからね!」
咄嗟に。
そんな言葉が出た。
すぐに何を言ってるんだと頭を抱えることになる。
俺が口をきいてくれないからなんだという話だ。
先輩からしてみれば俺を斬れさえすればあとはどうでもいいことなのに。
「む、それは困る」
「……え?」
「いや、私が今君を斬ったら、絶交ということなのだろう?」
「そ、そりゃそうですけど」
「ううむ、それは嫌だ」
「嫌?」
「……仕方あるまい」
スッと、刀が鞘に収まる。
そして手際よく刀を布で包むと、先輩は本当に困った様子で俺を見る。
への字になった口元がちょっと可愛い。
「……なんですか今度は」
「みっちー、一旦君を斬る話は保留だ。だから絶交などといういじわるを言わないでくれ」
「え、いや別に俺に被害がなけりゃそこまでは」
「そうか、なら安心した」
いつになく暗い表情で戸惑う先輩は、じっと手にもった刀を見つめてため息を吐く。
そして大きく息を吸い込んだ後、また息を吐いてから刀を地面に置いた。
「……みっちー、君が私を好きだと言ってくれるまで、この刀は封印する」
「そ、そりゃありがたい……え? 封印?」
「ああ、私は君を斬りたい。それは本音だ。しかし同時に嫌われたくないとも思っている。これがどういう感情かはわからないが、しかし君とこうしている時間もまた、私にとっては楽しい時間なのだ」
だからしばらく封印する。
そう言って、指をぱちんと鳴らす。
すると屋上に、なぜかじいやさんが走ってきて、さっさと刀を回収して去っていった。
……部外者が校舎に入っていいのか?
「さて、これで安心だろう。みっちー、話を続けよう」
「え、ええと……いいんですか?」
「何がだ?」
「いや、その、俺がいうのもなんですが……夢、だったんですよね、俺を斬るの」
あっさり刀を退く先輩の姿に逆に戸惑ってしまう。
あれほどまで執拗に、なんなら自分の体を差し出してでも成し遂げたいと言っていた人斬りをこうもあっさり諦めて、なんなら封印するとまで言い出したのだからそりゃ驚くのも無理はないって話。
それに、その理由も……。
「無論、私のかねてからの願望は変わらない。しかしだ、一瞬の快楽のために払う犠牲が果たしてそれに見合ったものかと言われたら……微妙だ」
「あの、俺に嫌われるのがそんなに嫌と」
「……」
先輩は少し沈黙した後、また大きく息を吸って吐く。
その後、鋭い眼光を俺に向けながらもなぜか頬を朱くして、声高らかに言った。
「私は……みっちーがいなきゃ嫌なのだ!」
澄んだ声が屋上に響き渡る。
そして、彼女の言葉をどう受け取ってどう返事をしたらいいか迷っている俺を置いて、
「し、失礼する!」
先輩は走り去っていった。
彼女が出て行った屋上の出入り口がバタンと閉まる。
少し生ぬるい風が吹きぬける。
そしてさっきの先輩の表情が頭に蘇る。
なんだよさっきの顔。
なんで、告白でもしたように照れてたんだよ……。
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