第2話 憧れの先輩がやってきた
本屋に押し入った強盗は、会社を首になって通っていたキャバクラの女にこっぴどくフラれて自暴自棄になっていたとかなんとか。
本屋の監視カメラの映像から、結局警察に呼び出される羽目になった俺は警察署でそんな話を聞かされた。
家に帰ってすぐ警察署に向かい、そして事情聴取をあれこれ受ける中で、やっぱりしつこく聞かれたのが
「怪我はなかったのかい?」
これだった。
まあ、映像を見る限りでもどう見ても刺されてるようにしか見えないんだけど、幸い画像が荒いこともあって、
「いえ、うまくよけられたので服が切れただけです」
と、何事もなかったように平然を装った。
実際俺の腹には傷一つなく、それを見た警察も俺の言うことを信用してくれて。
どうやら俺の秘密はまだ守られたようだ。
ようやく解放された頃には辺りはすっかり暗くなっていて。
今日の晩飯は弁当で済まそうと、コンビニで唐揚げ弁当を一つ買って。
木造二階建てのボロアパートの一〇一号室に帰宅した。
狭い部屋だが住めば都、外観ほど部屋は汚くないし、俺は案外気に入っている。
そんな部屋の真ん中で一人、ガツガツと弁当を食べていると。
『ぴんぽーん』
玄関のチャイムが鳴る。
夜に一体誰が?
のぞき窓もない扉なので、恐る恐る玄関をあける。
すると、
「あ、いた」
扉の向こうには、さっき見たばかりの女性の姿が。
氷室神楽だ。
「氷室、先輩?」
「ああ、さっきはどうもありがとう」
「い、いえそれはどうも。え、なんで先輩がここに?」
「なに、君がここに住んでいると、さる筋から情報を訊いてな。それでお礼を持参して伺ったまでだ」
「はあ」
いや、どの筋の情報だよ。
俺の住処の情報提供してるやつなんているのか?
と、首を傾げていると氷室先輩は菓子箱を取り出す。
「これはこの街の名物、天国まんじゅうだ。食べると死んだときに極楽浄土に行けるという縁起ものだぞ」
「死んだ後のことを考えてる時点で縁起悪くないですかねえ」
「まあ固いことをいうな。どうだ、一口食べてみてくれないか」
「そ、それじゃありがたくいただきますけど」
と、差し出された箱に手を伸ばすとなぜか箱を引っ込める。
「え、いやなんなんですか一体」
「いやなに、せっかくだから食べた感想を訊きたくてな」
「それは明日学校ででも言いますよ」
「今ここで訊きたいのだ。部屋にあがってもいいか?」
「え、うちに? 氷室先輩が?」
驚き桃ノ木山椒の木とはこのことか。
いやはや、あの学校中の憧れである氷室神楽が、学校一影の薄い俺のところにやってきて、部屋にあがろうとしてるなんて。
まあ、そんなことくらいで下心を持つほど俺も自意識過剰ではないが。
これも何かの縁かもしれない。
もしかしたらこの先輩と仲良くなれるチャンスなのかも。
「ええ、狭いところですがよかったら」
俺は、下心たっぷりに彼女を部屋にあげた。
そしてそわそわしながら、お茶を用意する。
部屋の真ん中に正座して待つ先輩は、誰かの言う通り作り物の人形が如く何もかもが整っている。
姿勢、仕草、表情。
すべてが完璧すぎて。
見るだけで胸がドキッとしてしまう。
「あの、お茶よかったら」
「お構いなく。さて、さっそくまんじゅうを」
「わ、わかってますよ。では、いただきます」
なんでこの人はそんなにこのまんじゅうを押し売りしてくるんだ?
もしかして先輩の家がこのお菓子を作ってるのかな?
俺がまんじゅうを手に取ると、途端に前のめりになる先輩を見てそんなことを考えてしまいながら、一口ぱくり。
なんの変哲もないまんじゅうだった。
「……うまいですよ」
「そうか。なんともないのか?」
「なんとも? ええ、別になにも……ぐえっ!」
飲み込んだ瞬間、強烈な吐き気に襲われた。
全身を駆け巡る不快な感覚。
そして、意識がもうろうとしかけたところで、スッと気分が軽くなる。
「……はあ、はあ」
「く、苦しかったのか?」
「い、いやこれ毒でも入ってました? すんごい気持ち悪かったんですけど」
「い、今はなんともないのか?」
「……ええ」
俺の体の再生力は想像をはるかに上回る。
毒でもなんでもたちどころに自浄される。それゆえに、腹痛も胃もたれも経験したことがない。
でも、さっきのは本当に死ぬかと思った。
え、なにこの饅頭?
もしかして、ほんとに毒を?
いや、まさかな。
「まさか毒でも盛りました?」
「ああ、ふんだんに」
「あ、そう……え?」
「今君が食べたまんじゅうには、一口飲んだだけで三日三晩は苦しむ強毒を仕込んでいたんだが」
「いや何サラッと怖いこと言ってんの!? 普通にヤバいだろそれ!」
なんともえげつないことを言った彼女は、しかし普段のように落ち着いている。
いや、今その態度なのはむしろ頭おかしいだろ。
「さてと、しかし君はその毒饅頭を食べても平気な顔をしてる。それはどう説明してくれるのだ?」
「え、いや、それは……」
「君は確かにあの時刺されたはずだ。なのに無事どころか傷一つないというのはやはり何かあるのだな」
鋭い眼光を俺に向ける氷室神楽。
どうやら、俺は試されたらしい。
やはり助けた時に刺された俺に傷一つないことを疑問に思っていたのだろう。
しかし不思議に思うからといってここまでするのはなぜだ?
俺が不死身だと知ったからなんだというのだ。
いや、単なる好奇心か。
「あの、氷室先輩はどうしてこんなことを」
「決まってる。君の体が見た通り不死身のそれかどうかを確かめるためだ」
「そ、それを確かめてどうする気なんですか」
「ふっ、それはだな」
正座からそのままスッと立ち上がると、彼女は座ったままの俺を見下しながら。
少し口角をあげて、言った。
「もしそれが本当ならば、君は私の運命の人になるからだ」
「……へ?」
「いや、だから君が本当に不死身ならば、未来の私の夫ということになるのだ」
「いやいや会話一往復で随分飛躍したな! え、運命の人? 夫? どゆこと?」
さっきまで冷静を保っていた氷室先輩の表情がフッと緩む。
そして、ほんのり頬が紅くなる。
「君は、君は本当に不死身の体を持っているのだな?」
「だ、だったらなんなんですか。運命? 意味わかんないですよ急にこんなことされて。どうせ先輩も俺の体のことを気味悪く思って」
「思わない」
「え?」
「むしろ尊いとすら思っている。いや、しかしまさか本当にいるとは」
「……先輩?」
やっと見つけ出した。
やっと出会えた。
先輩はしきりにそんなことを呟いている。
この人、もしかして何かの研究でもしてるとか?
俺を使って不老不死の薬を作ろうとか、まさかこの俺を利用して何か悪だくみでも。
「あの、どうして先輩はそんなに不死身とやらに興味を?」
「愚問だな。私の目的はただ一つだ」
「そ、それは……」
「それはだな」
先輩はすうっと深呼吸する。
俺は、彼女が一体どんな目的で俺に近づいてきたのか、その秘密がまさに明かされようとするこの瞬間に緊張からか唾をのむ。
そして。
先輩は俺を見ながら言った。
「試し切り、できるじゃないか」
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