学校一の美人と名高いクールな先輩は、どうやら俺の特異体質をお気に召してしまったようです

天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)

プロローグ ~ 第1話 俺の個性

 体質なんてものは生まれ持ったそれぞれの個性だと。

 病院の先生は慰めのように俺にそう言ってくれた。

 そして隣でその言葉を訊いた母は、静かに涙を流していたっけ。


 ああ、もしそうだとして。

 しかしなぜ、俺はこんな個性をもたねばならなかったのか。

 何の因果か知らんけど、もっと普通でいたかったと。


 俺はいつもそんなことを願って止まない。



「おい見ろよ、氷室先輩だぞ」

「うっわー、綺麗だなあ。なんだあれ、人形かよ」

「美しく、そして気高い。ああ、尊い」

「キャーッ、氷室さーん!」


 私立栄進高校の朝の風物詩。

 ある女子生徒の登校姿を一目見ようと正門付近にぞろぞろと全校生徒が群がっては列をなす。

 ある意味圧巻、ある意味不気味。

 しかしそんな異様な光景にも脇目も振らず、皆の目当てである女子生徒は前を真っすぐ見つめ、颯爽と校舎に向かっていく。


 氷室神楽ひむろかぐら

 現在高校二年生の彼女は、ポニーテールがよく似合う凛々しい美人。

 この学校で彼女を知らないものなど皆無だろう。

 

 あまりに整いすぎた容姿は、それだけで周囲の気を引くには十分だ。

 それに加えて彼女、勉強も学年で常にトップ。

 さらには家柄だって超一流。

 この辺り一帯の地主らしく、いつも黒塗りの高級車で送迎されている。


 そんな彼女は入学当初から学校中の注目を一身に集めたそうで、俺たち一年生も入学早々から彼女の話を先輩達に聞かされまくった。

 そして、彼女の異名も。


 誰も寄せ付けない、『氷の女王』。

 決して笑わない、決して表情を崩さないその立ち振る舞いからそんなあだ名がついたようで。

 まあ、それはとてもしっくりくる。

 外から彼女を見ている限り、彼女はまさしく氷の女王だ。

 眉一つ動かさない。

 誰とも目を合わせない。

 声すら、ほとんど聞かない。


 だから、俺もそう思っていた。

 そんな彼女に、一種の憧れすら抱いていた。

 そんな時代が俺にもあったんですよ。


 今は、絶対そんなこと思わないけど。


 さて、そろそろ避難だ。

 誰もいなかった教室がにぎやかになる前に。

 いや、彼女が来る前に。


 誰もいない教室の窓から朝の恒例行事の様子を見ていた俺は、そっと振り向いて教室を出る。


 もうすぐ授業だが、そうも言ってはいられない。

 身の危険を感じれば、誰だってまずは己の身の安全を優先するだろう。


 そそくさと、屋上に避難するために校舎の奥側の非常階段に向かう。

 が、しかし。


「あ、みっちー見っけ!」


 俺の背後から不穏な声が聞こえた。

 明るく、実に嬉しそうで興奮気味に俺のことをみっちーと馴れ馴れしく呼ぶ声。


 振り向くと、頬を紅潮させた女子生徒の姿があった。


「ひ、氷室、神楽……」

「もう、神楽でいいといったはずだ。さてと」


 さっきまで、まるで感情の無いロボットのように全校生徒の前で振る舞っていた彼女と同一人物かと疑ってしまうほど、今目の前にいる彼女は嬉しそうに笑う。

 キリッとした切長の大きな目が今はとろんとしている。

 そして、背中に背負った長い棒状のものを手に取って。

 布をとると、日本刀が出現した。


「ふっ、ふふふっ。今日こそ、その体を」

「わーっ! 待って待って! だから切られたら痛いんだって!」

「そ、そんな殺生な」

「殺生しようとしてる人が急に関西弁で何いうとんじゃ!」


 もう、目が血走っている氷室神楽は、今にも抜刀し俺に切りかかろうと前のめりになっている。


 さて、どうして朝からこんなことになっているのか。

 ほんと、過去に戻れるのであれば、俺は間違いなくこいつを助けたりはしなかっただろう。



 ほんの三日前のこと。

 相変わらずぼっち根暗街道をまっしぐらな俺こと千寿満知流せんじゅみちるは、放課後の退屈を紛らすために本屋へ向かっていた。


 それも学校近くのではなく、少し離れた本屋。

 『あおば書店』と看板が掲げられた、個人経営感がにじみ出る小さな店舗にはいつも店員以外誰の姿もなく。

 どうやって経営してるんだろうと不思議に思うほどだが、そんな静かな場所は俺みたいなやつにとってはオアシスである。


 雑誌も梱包せずに平積みしてくれているので立ち読みし放題。

 金のない俺はいつもここで週刊漫画雑誌を読ませてもらっている。

 レジ前だけど堂々と。

 まあ、たまに申し訳なさ程度の買い物をしてるので店員さんも何も言ってこない。


 ただ、この日は先客がいた。

 珍しいこともあるもんだと、見ると客は小太りの中年男性。

 黒い帽子をかぶったいかにも怪しげな男は、本棚をじっと見つめながら何かブツブツ呟いている。

 変な人だなあと思いながら、また漫画に手を伸ばそうとすると隣に人がやってきた。


 今日は随分客がいるじゃないかと隣で立ち読みをしようとする客の姿を横目でチラリ。

 そして、俺は固まる。


「氷室……神楽?」


 そこにいたのは、学校の先輩、全校生徒のアイドルにして氷の女王と呼ばれる氷室神楽その人だった。


 涼し気な、いつもと変わらぬ表情のまま、まるで小難しい文学本でも読むように漫画のページをサラサラと捲る。


 見間違いじゃないかと、もう一度彼女を見るが間違いなく本物だった。

 どうして彼女がこんなところに?

 いや、そもそもこの人、漫画とか読むんだ。


 入学当初に絡んできた名前も知らない先輩から訊いた話では、彼女は大の読書家だということだった。 

 しかし読むのは決まってミステリー小説や純文学などで、漫画やアニメなど俗っぽいことには一切興味がないと、そう話していたが。


 ……まあ、噂は噂だってことか。

 それに、今こうしてるのだって敢えて漫画がどういうものかというのを知りたくて見ているだけかもだし。


 深く考察するのはよそう。

 あまりジロジロ見て、視線を悟られても困るからと、俺も手に取った漫画を読む。


 その時だった。

 静かな店内に、野太い声が響く。


「おい、金を出せ!」


 振り向くと、さっきいた中年男性がナイフを持ってこっちを向いていた。


 すぐに店員のおばさんの悲鳴が。

 そして、


「おい、この学生たちがどうなってもいいのか」


 ナイフの切っ先は俺たちを向く。

 どうやら、人質にとられたようだ。


「お、お金なんてありませんよ……落ち着いてください」


 両手をあげたまま、店員さんは震える声で説得を続ける。

 しかし、男はじりじりと俺たちの方へ寄ってくる。

 ナイフが、こっちへ近づいてくる。


 その時、ふと隣を見た。

 静かすぎて忘れていたが、そういえば氷室先輩もいたんだった。


 こんな状況になってもなお静かな彼女を見ると、


「……」


 冷静に、男をじっと睨みつけていた。

 こんな時でも微動だにしない。

 本当にこの人、ロボットなんじゃないか。


「おい、そこの女! なんだその目は」

「……いえ、別に」

「ぐっ……少々顔がいいからって、そうやってお前らは俺をバカにしてー!」

「あ、危ない!」


 冷静な態度の先輩にキレた男が、ナイフを向けて突っ込んできた。

 とっさに俺は、彼女を突き飛ばす。


「があっ!」


 どてっぱらに、ナイフが突き刺さる。

 痛い。

 激痛が走る。

 血が、じわっと制服ににじんでくる。


「きゃーっ! 人殺しー!」


 また、店員が悲鳴をあげる。

 すると、偶然前を通っていた男性数人が店に入ってきて。


「おい、何してるんだお前!」

「や、やめろ! 離せ、離せー!」


 勇敢な市民の行動により、犯人は敢え無くお縄についた。


 そしてすぐに刺された俺のところに人がやってこようとしていたので。


 俺は慌てて逃げた。


 刺された傷は、とっくに治っている。

 そんなバカな話があるかと言われるかもだけど、そんなバカな体質なのだ。


 不死身の体。

 これが俺の個性である。


 原因は全く持って不明。

 見た目も普通の人間で、鏡にだってちゃんと写るし血が欲しくなったりもしないから多分吸血鬼の類でもなく。

 しかし、なぜか昔から怪我をしてもすぐに元通りになるし、風邪すらひいたことがない。

 事故に遭っても、何があっても。

 何度死にかけても死なない体。

 

 便利な体だけど。

 当の本人からすれば手放しで喜べるものでもない。


 地元では随分と化物扱いされていじめられて、心無い言葉も随分と浴びせられた。

 別に誰に迷惑をかけるでもないのに、俺のことを気味悪がって皆が皆寄ってたかって石を投げつけた。


 だから地元を離れて県外の学校に来たんだけど。

 ここで俺の正体がバレてしまったのでは元も子もない。


 だから必死になって逃げた。

 やがて、人目につかない場所までいくと一息。


「ふう……もう誰も追ってこないな」


 腹のあたりがスッパリ切れたシャツににじんだ血も、じわっと消えていく。

 不死の力はすさまじく、飛び散った血も全て逆再生のように綺麗に俺の体に戻っていくのだ。


 ほんと、我ながらすごい力を宿したものだ。

 でも、制服を切られた学生がうろうろしていたら何を言われるかわかったもんじゃない。

 さっさと帰ろう。


 路地裏から表通りに出る時に、人がいないことを確認してからそっと帰路につこうと。

 した瞬間だった。


「おい、君」

「……はい?」


 凛々しい声に反応すると、背後にはさっき本屋で一緒だった氷室神楽の姿が。


「え、氷室……先輩?」

「なんだ、私の事を知っているのか。なら話は早い。君、さっき刺されただろ?」


 さっきと同じ、冷たい目で俺をじっと捉える氷室神楽。

 その圧力たるやすさまじく、俺は逃げなければとわかっていても、足が止まる。


「……いえ、刺されてません」


 かろうじて振り絞った言葉がこれ。

 大嘘だが、実際体に傷がないのだから刺されてないとしらを切ろう。

 誰かに俺の正体がバレるのはもう御免だ。

 いじめられるのも、白い目で見られるのも嫌だ。


「そ、そんなはずはない。君は確かに私を庇って」

「とっさに庇いましたけど、うまくよけれたんです」

「ふむ……ならいいのだけど」


 もしかして俺のことを心配してくれてたのかと、一瞬だけそんなことを考えたが多分それは違うとすぐにわかった。

 だって、なぜか氷室神楽は残念そうだったから。

 命の恩人である俺が刺されてないと知って、怪我がないとわかって残念がるとは一体どんな人間性だと初対面の彼女に怒鳴りたくなるほど、彼女はがっかりしていた。


「……あの、もういいですか?」

「あ、ああ。しかしさっきは助かった。それについては礼を言わせてくれ」

「いいですよ別に。氷室先輩こそ怪我がなくてよかったです」

「ああ、おかげさまで。君、ちなみに名前は?」


 この時、うっかり感謝の言葉に気を許して名乗ったりしなければよかったと、あとで後悔することになるのだがそんなことをこの時の俺は知る由もなく。


「千寿。千寿満知流です」


 名乗った。

 名乗ってしまった。


「そうか。いい名前だな。では千寿とやら、私はここで失礼する」


 そう言ってさっさと路地裏に消えていく氷室神楽の背中を見ながら、まだこの時の俺は、この後更なる地獄が待っていることなど知るはずもなく。

 まるで侍のようなかっこいい後姿だなあと見蕩れていたが。


 ここから、氷室神楽との関係がはじまるのであった。



 


 

 

 

 

 

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