3 風神、雷神、医神 - さらに五年後 -
デヅヌが庭でヤマモモの木を見上げている。青鬼の
「
言い方は
「おっ
と後鬼が言うと
「おっ父の背丈は
とデヅヌは静かに言う。が、形相は鬼よりも怖い。
慌てて後鬼が木の上に声を掛ける。
「おぉい、オヅヌ。デヅヌにも取ってやらんかね」
するとヒューっと風が吹き、オヅヌのあたりで旋回すると、何やら袋を乗せて戻ってきた。すかさずデヅヌが袋を取ると、中を覗いてにんまり笑う。
「ヤマモモだ。たっぷりのヤマモモだ」
そして上に向かって大声で言う。
「降りてこい。降りてこないと、木に雷を落とおぉす!」
ぎょっとしたオヅヌがヒョイっと枝から飛び降りると、また風が吹いてきて、オヅヌを乗せて地面に運ぶ。
「おっ
地に足が着くなり、後鬼にオヅヌが訴える。
「おっ母ではない、青鬼の後鬼だ。吾たちに乳をくれたのは……」
いつものセリフをデヅヌが横で言うのを無視し、
「オヅヌ、
と後鬼が言う。
「朝餉を食ったは
「こないだもそう言うから慌てて握り飯をこさえたら五個も食ろうて、すぐに男子のオヅヌは昼寝をすると言って女子のオヅヌに変わったが、女子のオヅヌは腹が痛むと泣いていたじゃないか」
「泣いたのは女子のオヅヌじゃ。男子のオヅヌのオイラではない。それに女子のオヅヌなら、腹をひと撫でで治せるはずだ」
「あぁ、治していたな。女子のオヅヌがいれば
決まり文句を言い終えたデヅヌが話に加わった。ここまでの間に、ヤギ小屋で『めぇ』とヤギが鳴き、それをデヅヌが
「それにおっ母、いつも女子のオヅヌだけ、美味い美味いと飯を食う。男子のオヅヌのオイラは、腹は膨らむが味わえていない」
「おっ母ではない――」
後ろでデヅヌの決まり文句が再び始まる。これでしばらくデヅヌを気にせずいられると、男子のオヅヌがニンマリ笑う。
味わえないという男子のオヅヌの言葉には後鬼も驚いた。
「そうだったのか? 女子のオヅヌが感じる味を男子のオヅヌも感じていると、てっきり思い込んでいた」
「えぇい!
少しばかり
「紛らわしいわい!
と、そこにクマを背負って赤鬼の
「おっ
と、満面の笑みを浮かべたデヅヌがヤマモモの袋を放りだして、前鬼にしがみ付きに行く。
デヅヌが放り出した袋を拾ったオヅヌが袋に手を突っ込んで、ヤマモモを一粒ずつ口に運んでは種をプップッと吐き出し始める。
「おぅ、デヅヌ、今日もよい子にしていたか?」
「もちろんだよ。雷を落とすぞ、なんてオヅヌを脅したりしていないよ」
「そうか、そうか」
「男子のオヅヌが風を呼んで、ヤマモモの木の上の実を取ってくれた」
「そうか、そ――男子のオヅヌ? 今日も、一日、女子でいろと言ったのに?」
「女子のオヅヌでは風を呼べぬ。風が呼べねばヤマモモの上に届かぬ」
「しかし、デヅヌよ……」
「ではなにか?」
デヅヌの顔から笑顔が消える。
「ヤマモモの天辺の実を、なんだ、おっ父が採れるというか?」
鬼の形相に変わったデヅヌの横で、
「クマ食わせろ」
とオヅヌが
「その言葉使いは
「だったら、おっ父が木に登るのか!」
デヅヌが叫ぶ。それを見てオヅヌが
「登れ、登ってみろ」
と、
「まぁ、まぁ、待て、待て」
赤鬼の前鬼が青ざめる。紫とはならないところ、ほんに不思議なことである。
「クマの肉は焼くかい? 煮るかい?」
青鬼の後鬼がデヅヌに尋ねる。
「焼け。皮は夜着にしろ。前の冬のように寒い思いをさせたら、今度こそ家に雷を落とおぉす!」
デヅヌが澄まし顔で言う。
「登れ、早く登れ」
オヅヌが前鬼に言い続ける。それをデヅヌが横眼で眺めた。
「あ!
スッとデヅヌの手が伸びて、ツンとオヅヌの臍のあたりを突っついた。すると
「あいなぁ……」
女子のオヅヌが手にした袋をデヅヌに渡す。
「ヤマモモ、いつうぅつ!」
デヅヌが袋からヤマモモを五粒取り出して、女子のオヅヌの掌に乗せた。
「おっ父!」
「うぬ、何だ、デヅヌ」
責める男子のオヅヌから解放されて、ほっと一息ついた前鬼が背負ったクマを後鬼に渡しながらデヅヌに答える。
「この女子に名を授けよ」
「デヅヌ、その子は女子のオヅヌ」
「男子のオヅヌだの女子のオヅヌだの、ややこしくて叶わんわ。男子と女子、別の名にせい」
「あぁ、あんた、それはいい考えだと思うよ」
青鬼の後鬼がデヅヌの言葉を後押しすると
「煩い! 青鬼がしゃしゃり出るな!」
とデヅヌが怒鳴る。
「判った、判った、いちいち怒るな、デヅヌ」
「あいよぉ、おっ父」
ニコリとデヅヌが応える。
「名か……では、男子のオヅヌは今まで通りオヅヌ、で、女子のほうはメヅヌ。雄雌で、ちょうど良かろう」
「メヅヌ! メヅヌ! メヅヌ、ヤマモモ食うぞ」
メヅヌの手を引いて縁側に座るデヅヌを眺めながら
(相変わらず、うちの人は頭を使うのが苦手らしい)
と後鬼はこっそり笑っていた。
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