2  鳥たちを使役する - 五年後 -

山奥に人里 離れてポツリと建つ一軒家、五年前にはボロボロの古家だったものが、今では小奇麗な建屋に変わり、敷地も広く開かれて、見ればヤギ小屋に鶏小屋もある。


その庭に茣蓙ござを敷いて座るのは人形のような幼女二人。


尼削ぎ髪が揃いの長さ、言わずと知れたオヅヌとデヅヌ、顔立ちがあまり似ていないところを見ると、ぜんの予測に反して姉妹と言うわけではなさそうだ。


デヅヌは目が切れ長で美しい顔立ち。一方、オヅヌはぎょろりと大きな目で愛くるしい。


二人そろって母屋に背を向け、横並びに座って真っ直ぐ前を向いたまま、ピクリと動く気配もない。


デヅヌの膝の先には大きな笹の葉が一枚、オヅヌのかたわらには布袋と壺と椀が置かれている。


そこにカラスが飛んできて、デヅヌの笹の葉の上に、くわえてきた物をポロリと落とし、うかがうようにデヅヌを見詰める。


デヅヌが笹の葉の上に落とされた物をチラリと見る。ただの石だ。


「違う!」


と言うなり、サッと腕を払って、カラスを叩いた。


叩かれたカラスはオヅヌの横に弾き飛ばされ、目を回す。するとオヅヌがカラスに手を伸ばして、そっと身体を撫でてやる。


「かぁかぁかー」


一瞬にして回復したカラスが、慌ててどこかへ飛んでいく。


すぐに次のカラスが来た。今度は笹の葉に栗の実を落とした。


「よおぉし!」


デヅヌが頷く。


かぁ、と鳴いてそのカラスもどこかへ飛んで行った。それを見送ると、オヅヌは栗を拾って、傍らに置いた布袋に入れた。


次に来たのはスズメだった。咥えてきたのはぎっしり実の詰まった稲穂がひと房、これにもデヅヌが頷いて、スズメが飛び去るとオヅヌは壺に稲穂を入れた。


デヅヌの前には次から次へと鳥たちが訪れ、何らかの貢物を笹の葉に落とす。それが気に入らないと、デヅヌは容赦なく鳥を叩く。


鳥が目を回すと、オヅヌが手当てをし、再び鳥は貢物を探しに山へと飛ぶ。デヅヌが頷いた貢物はオヅヌが袋や壺に仕舞う、その繰り返しが続いた。


途中、母屋から青鬼の後鬼ごきが顔を出し、尋ねる。


「今日は、何をして遊んでいるんだい?」


「ご供物ごっこだよ、おっかあ

オヅヌが答えると、


「おっ母ではない。に乳をくれた母はヤギだ。ソイツは青鬼の後鬼だ、オヅヌ」


とデヅヌがたしなめるように言う。


すると、ヤギ小屋で『めぇ』とヤギが鳴く。


「うるさい! いちいち鳴くな、ヤギめ! 吾たちがおまえの乳を飲んだから、おまえは今まで食われずに済んでいるのじゃ」


デヅヌは容赦ない。


「で、ご供物は集まったのかい?」

デヅヌを全く気にもせず、後鬼がオヅヌに問う。


「そろそろ袋も壺もいっぱい。でも椀は空っぽ」


「そうかい、まぁ、お宝はそうそう見つからないさね」


そう言うと後鬼は母屋に入ってしまった。これ以上、ここでお喋りをして、デヅヌの怒りを買いたくないのだ。


日が暮れようかと言う頃、今日はもう三度もデヅヌに張り飛ばされたカラスがしょうりもなく咥えてきた小石をデヅヌの笹の葉に落とした。


チラリとデヅヌがそれを見る。


「アケビ、ひとおぉつ!」


無表情のまま、デヅヌが声を張り上げる。


貢物の袋から、カササギが持ってきたアケビのつるを引っ張り出すと、オヅヌは実を一つ外し、デヅヌに渡した。


「ご苦労」


受け取ったアケビをカラスの前にデヅヌが置く。


「かぁ! かぁ! かぁ!」


カラスは大喜びで、アケビを咥えて飛び去った。


それを見送ってオヅヌが笹の葉の上の小石を、矯めつ眇めつ、眺めると、


「砂金、大粒」


と言って椀に入れた。


鳥たちの貢物はその日のゆうに充分だった。


後鬼が稲穂を脱穀する横で、デヅヌとオヅヌがアケビや柿を食べているところに、赤鬼のぜんが帰宅する。


すると、

「おっとお!」


と、手にしていたアケビを放りだして、デヅヌが前鬼に飛びついた。


デヅヌが放り出したアケビを拾って食べながら、オヅヌはそれを眺めている。


「おぅ、デヅヌ。良い子にしていたか?」


「もちろん、良い子にしていたとも。癇癪かんしゃくを起して雷を落としたりしていないよ」

「そうか、そうか」


「ご供物ごっこをしたんだ。今夜もご馳走だよ。それに砂金の大粒が一つある」

「そうか、そうか」


「鳥を呼び集めて命じたのはオヅヌだけどね」

「そうか、そうか。それじゃあ、オヅヌも抱いてやらんとな」


前鬼は抱き上げたデヅヌを片腕に座らせると、空いた腕をオヅヌに向ける。


オヅヌはアケビを口に押し込んで前鬼に駆け寄り、慣れた仕種で登ると、デヅヌと同じように前鬼の腕に座った。


「オヅヌもちゃんと一日 女子おなごでいたか?」


「もちろん。ちゃんとオヅヌの面倒を吾が見ていた。へそつつかれないよう、吾が守った」


オヅヌの代わりにデヅヌが答える。


「そうか、そうか」


と、デヅヌを見、オヅヌを見る前鬼の目は、今にもこぼれ落ちそうだ。


まったく・・・と、内心面白くないのは後鬼だ。


前鬼の前ではあんなに愛想がいいのに、一番世話を焼いた私にはぶっきらぼうで、あのデヅヌには用心しなくちゃいけないよ。


貢物を持ってくる鳥たちだって、気にいりゃなければ容赦ないし、乳をくれたヤギにも情があるわけじゃなさそうだ。


こないだなんか、そろそろ食べようか、と言ったぐらいだ。


でも、と後鬼は更に思う。


女子おなごである限り、オヅヌは可愛い・・・)


子ヤギを食べようとしたら、『ヤギ母さんの子ヤギなら乳兄弟なのに食べては可哀想』と涙ぐみ、我が家じゃヤギは食用にならなくなった。


仕方ないから子ヤギは売り飛ばしたけれど、子ヤギを連れて行く時に、オヅヌはボロボロ涙を零していた。


鶏にしたってそうだ。辛うじて、卵は食べてくれるけど、潰して食べるなんてとんでもない。可哀想、可哀想と泣きじゃくる。


りて食用の家畜は諦めた。


山で狩ったら、その場でさばいて帰って来なきゃ、我が家じゃ肉は食卓に乗せられない。


まぁ、それも、女子であれば、の話。後鬼がため息を吐く。


男子おのこのオヅヌは恐ろしい。デヅヌの比べ物にもならない)


鬼の私を怖がらせるんだ、大したものだ、と思わなくもない後鬼だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る