オヅヌよ、旋風〈かぜ〉を呼べ!

寄賀あける

1  赤子、二人 拾われる

 ぜんが何やらコソコソ帰って来た。妻の後鬼ごきが問い詰めると、とうとうふところから、二体の赤子あかごを取り出した。人間の子だ。

「おまえさん! まさか自分一人で食べようと思ったわけじゃあないよね?」

前鬼は赤鬼で後鬼は青鬼、夫婦である。


「いやいや、おまえ、一人で食べたりするものか」

そうだろう、そうだろう、と後鬼がニンマリとうなずく。


「それじゃあ、幾分、大きい子をにくれるのだよねぇ」

「いや、それはだめだ」

「なんだい、けち臭いね。まぁ、いいか、見付けたのはあんただ。は小さい子のほうでいいよ。さっさとお寄越し」

「いや、いや、それはならん」


 慌てて前鬼が再び懐に赤子を隠す。が、一度に二人は入れられず、そのすきにすかさず後鬼がもう一人の赤子に手を伸ばす。


 渡すものかと前鬼がその赤子を掴まえて、前鬼後鬼で赤子の取り合いとなる。あっちだこっちだと赤子が大きく揺さぶられる。と ――


 キャッキャキャッキャと赤子が笑った。


「なにぃ?」

驚いて後鬼が手を離す。勢い余って前鬼の手から赤子が落ちる。


「あ!」

慌てて前鬼が赤子を拾おうとするが、

「キャッキャキャッキャ!」

と、相変わらず赤子は笑っている。


「なんだよ、この子……らが思いっきり引っ張り合っているってのに笑ってる」

後鬼が呆れて赤子の顔を覗き込む。


「そうさ、山で見つけた時も笑っていた。あぁあ、こぶができている」

前鬼が抱きあげた赤子の頭を撫でる。


「痛かろうになぁ……」

「痛かなかろうよ、笑っている。瘤ができているってのにねぇ。小さい角みたいじゃないか」


「後鬼よ、俺はなぁ。を見てこの子は笑ったんだよ。そしたらなぁ、なんだな、愛しいって気持ちが湧いちまってなぁ。鬼の俺を見て笑ってくれたのは、この子が初めてだ」

後鬼が夫の顔を見詰める。

「まさか、食わずに育てようって言うんじゃないだろうね?」

「……だめかね?」

前鬼が情けない顔になる。


にはこの子は食えないし、おまえに食わせたくないし、そうなると育てるしかないかな、ってな」

「もう一人はどうするんだい?」

「もう一人も育てたい。二人は一緒に捨てられていた。きっと同腹きょうだい、双子だろう。一人を食って一人を育てるなんざ、血も涙もない人間のやる事だ」


「そうだな、らは血も涙もない人間ではない、鬼だ」

「そうだろう? 本当にむごい事をするのは、人の皮をかぶった鬼で、たちは人の皮を被っちゃいない。惨いことはできないよな」


 巧く言い包められそうだと安堵する前鬼の懐が、ジンワリと暖かくなる。


「あ、赤子が小便をした!」

「生きてりゃするよ、襁褓むつき(おしめ)を替えてやろうじゃないか、お寄越し」

「襁褓なんかあるのかい?」

前鬼が抱き上げていた赤子を床に降ろし、懐からもう一人を出して後鬼に渡しながら問う。


「なに、何かで代用すればいいさ。あんたの着物を一着、ほどけば二人分くらいできそうだ」

の着物を使うか……」

文句を言いたい前鬼だったが、自分が連れてきた赤子の襁褓だ、我慢するしかなさそうだ。


「おぉや、この子は女の子だね。将来、器量よしになりそうだ。そう言えば、名前は?」

「拾ったんだ、知るよしもなし」


「じゃあ、名付けてやらなきゃね。ついでだからこっちの襁褓も替えてやろう……おや、臭うと思ったら」

クスリと後鬼が笑う。

「なんだ、いい臭いがすると思ったら、大便だったか。大便漏らしながら笑っていたか」


 前鬼がゲラゲラと笑う。すると赤子もゲラゲラ笑った。つられて後鬼もゲラゲラ笑う。


「本当に可笑おかしな子だね。この子、育ったらどうなるんだ?」

なんとなく、後鬼が赤子のへそつついた。


「ひぇ!」

「どうした?」

「あんた、この子、この子……」

後鬼が夫をまたも見詰めた。


「臍を突いたら、引っ込んだ」

「引っ込んだ?」

「男の物がなくなった」

「えぇ?」

驚いて前鬼も赤子をのぞきこむ。


「女の子だって、さっき言ったぞ?」

「それはもう一人のほうだよ。この子は男だったんだ。でも、臍を突いたら女になった」

「まさか?」

と前鬼も臍を突いてみる。


「でた!」

「出てきた!」


 赤子は相変わらず、キャッキャと笑う。もう一度、前鬼が臍を突く。


「引っ込んだ……」

そして後鬼がまた突く。

「出てきた……」

二体の鬼が顔を見合わせる。そして、やっぱりゲラゲラ笑った。


「あんた、面白いものを見つけてきたね」

「まさか、判って拾ってきたわけじゃない。ともかく、食わなくて良かった」

「そうだね、食わなくて良かったね。そうだ、もう一人はどうだろう……こっちは変わりなし、ただの女だね」


「そうか、出てこないか。ならば名は『デヅヌ』としよう」

「それじゃあ、こっちは?」

「瘤が小さい角のようだから、『オヅヌ』でいいや」

「いいのかい? 瘤はそのうち消えるよ」


「んー、なんか、笑い疲れたし、名などなんでもよい。それより赤子に乳をやらにゃあな」

「ヤギの乳で良くないか? 今夜の飯にするつもりだったが、子ヤギを生んだばかりだ。代わりに子ヤギを食らおう」


「母ヤギは、これで命が伸びたな。また産ませよう」

「寿命が伸びたと知ったら、『めぃ』と泣いて喜ぶぞ」

二体の鬼が、またゲラゲラと笑った。もちろんオヅヌもゲラゲラ笑った。

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