第8話 襲撃

 僕の目はその道を歩いている揚げパンに引き付けられた。その揚げパンには人と同じような手と足がある。胴体は服を着ているからよくわからない。だが、人と最も違う点は、彼の顔が揚げパンだということだ。(もちろん、揚げパンが女性だという可能性もあるが)。

 そして、その揚げパンは、手に銃を持ち、さらにいかにも戦争用の防弾チョッキを着ていた。要するに明らかな臨戦態勢である。

 しかし、僕はまだ目の前の映像にリアリティーを感じられなかった。あまりにも現実から離れすぎている。僕は試しに頬をつねってみたが、しっかり痛みが感じられた。


「係長! まだ夢オチなんかを期待しているんですか! いいから早く逃げましょう! 揚げパンどもがいつこのオフィスに侵入してきてもおかしくありません!」


 理科野はさらにヒートアップしている。僕はだんだんとこの状況を理解し始めていたが、それでもやはり不十分だった。


「まあまあ理科野くん、一回落ち着きなさい。確かに街に揚げパンの軍隊がいることは事実なようだ。課長に相談してみるから、理科野くんは少し待っていてくれ」


 僕は「そんな時間はありません!」とわめいている理科野を放り出して、課長のデスクに向かった。だが、課長は僕に気付かず、立ち上がって部屋を出て行こうとする。僕は慌てて課長を追いかけ、ドアの前で追いついた。


「課長、少しお話をさせていただいてもよろしいですか?」

「ん、何だね?」


 課長はそう言いながらドアを開けた。


 ドアの前に、銃を持った揚げパンが立っていた。


 僕は至近距離で揚げパンを観察することになった。揚げパンは思ったよりも背が低かった。1メートルくらいだろうか。僕は揚げパンの顔らしき揚げパン部分をよく観察したが、さっきの揚げパンとは何かが違うらしいということしかわからなかった。

 パン、と乾いた音がした。見ると、課長の胸に穴が空いていた。だらりと血が流れ出してくる。

 課長が撃たれた、と気づくのに、僕は少し時間がかかった。気がついたら、揚げパンが僕に銃口を向けていた。

 僕は反射的に伏せた。僕のすぐ上で、また発砲音が聞こえた。

 僕は夢中で揚げパンの足に絡みついた。運良く揚げパンはバランスを崩した。僕は揚げパンが持っている銃を掴み取り、揚げパンの胸をめがけて発砲した。

 揚げパンの胸から血は出てこなかったが、揚げパンは二、三歩後ずさって、地面に後ろ向きに倒れた。

 どうやら僕は揚げパンを一人やっつけたらしかった。僕は揚げパンがどんな体の構造をしているのか少し気になったが、それよりも課長の手当が先だ。僕は倒れている課長を助け起こそうとした。

 そのとき僕は、階段を複数の揚げパンが上がってくるのを目撃した。

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