第7話 開戦

 僕がそのニュースを聞いたのは、僕が会社にいるときだった。


「係長! 大変です!」


 そう連呼しながら、部下の理科野りかのがオフィスに飛び込んできた。理科野はいつもは静かなのだが、今日は両手をパタパタと振って動揺を表している。

 とにかく、まずは僕は彼を落ち着かせなければならない。


「どうした理科野くん、君らしくもなく取り乱して。まさか隣国が攻めてきたのでもないのだろう」


 ところが、理科野の答えは、僕の予想をはるかに超えていた。


「はあ、それは確かに国なのではありますが、実はそれはただの国ではないのであります!」


 僕は理科野が何を言っているのかをまだよく飲み込めていなかったが、理科野は言葉遣いもおかしくなっていることがわかった。


「理科野くん、もし戦争が起こっているのだとしても、そんなにすぐに僕たちが従軍するわけがないのだから、その軍人ぶった敬語はやめろ。何のために軍隊があると思ってるんだ」


 だが、理科野はどうやら僕の冷静さが気に食わないらしく、およそ部下らしくない勢いで僕の手を取った。


「いいから来てください! 向こうのテレビでやってますから……。とにかく、めちゃくちゃおかしな国が宣戦布告してきたんです!」


 僕はやっぱり理科野が何を言おうとしているのかが飲み込めないまま、理科野にテレビの前に連れて行かれた。テレビの中では、初老の男性が話している。


「古来、人間たちは揚げパンを虐げてきた。揚げパンたちにはこのように立派な心があるにもかかわらず、人間たちは無慈悲にも揚げパンたちを食料として食べていた。いや、今も多くの同胞たちが人間たちのために命を落としている。今こそ立ち上がり、人間たちを滅ぼし、世界に揚げパンの支配する世界を築くのだ! 我が『揚げパン帝国』は、人間界への宣戦布告を宣言する!」


 僕はその人がそのように喋っているのを聞いた。正直、その意味を全く理解できなかった。揚げパンが人間に虐げられている、というのも、揚げパンが人間と戦争をする、というのも、どう考えても常識の範囲から逸脱している。


「理科野くん、君は僕にこんなものを見せたかっただけなのかい? こんなの現実なわけないよ。下手な映画か何かだろう。それにしても、こんな突拍子のないストーリーの映画、よく地上波放送にこぎつけたな」


 そう僕は呆れて言った。


「信じてください係長! 本当に揚げパンたちが攻めてくるんです!」


 理科野はそうわめいているが、僕は彼の気がおかしくなったとしか思えない。


「そんなにのんびり構えていないでください! もう隣町は落ちたんです! 僕たちも早く逃げないと……。」


 やっぱり理科野は何かおかしい。だが、テレビの中の男は、なおも揚げパンたちによる人間界への侵略を主張している。


「ん?」


 そのとき、僕はその揚げパン帝国の指導者らしき人物に違和感を覚えた。その顔にどこか見覚えがあったのである。どうしてだろう。

 わかったぞ。これはうちの社長にちがいない。僕の会社はかなりの大企業だから、僕はまだ社長の顔をよく見たことがない。確か社長はこんな顔だったはずだ。たぶんこれは、社長が社員にイタズラを仕掛けているのだろう。

 ……それもそれで支離滅裂な仮説だったが、僕はそう納得して、テレビの前を離れ、席につこうとした。


 だが、そのとき、僕の視界に窓の外が目に入った。そして、僕はおよそこの世のものとは思えない光景を見ることになる。


 手足の生えた揚げパンが、道を歩いていた。

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