第9話 脱出

 僕は課長の前にかがみ込んだまま、動けなくなってしまった。揚げパンはもう階段を上り切ろうとしている。揚げパンは二人組のようだ。僕は、早く逃げないと、と頭ではわかっているのだが、あまりの事態に体が反応しない。


「あれぇ、中田なかたの奴、こんなところでやられてやがる」


 揚げパンの一人がそう言うのが聞こえた。驚いたことに、揚げパンは僕の母国語を喋るようだ。それにしても中田とは、ずいぶんポピュラーな名前だ。


「そうだな、国枝くにえだ。この町にはまだ警察くらいしか来ていないはずなんだが……。まさかもう政府軍がやってきたのか?」


 国枝か。こっちは少し珍しい名字かもしれない。


「まさか。民間人に抵抗されたんだろう」

「へぇ。ところで、あそこにいる男が、その民間人なんじゃないか?」

「ん、ぽいな」


 急に体が動いた。再び地面に伏せた僕の上を、また弾丸が通過していった。運良く相手は一発目の連射を外してくれた。


「むっ、やるな、こいつ」


 僕が運が良かったのは、相手の二人組がまだ油断していたということだった。僕は慌てて元いた部屋の中に駆け込み、ドアを閉めた。そして大急ぎでなるべくドアから離れる。幸い、銃は威力が弱いのか、銃弾はドアを貫通してこなかった。


「理科野くん!」

「どうしました?」

「揚げパンたちはもうすぐそこまで来ている! 早く脱出しよう!」


 僕は理科野にさっきとは正反対の内容を叫ぶように言うと、窓を開けてまだ窓の下に揚げパンがいないことを確認し、理科野とともにひらりと飛び降りた。僕たちの部屋は二階だったし、理科野も僕も学生時代は運動部だったこともあり、捻挫も骨折もせずに済んだ。

 僕と理科野は、後先も考えず町を走り回った。揚げパンたちは至る所に進出していた。交差点を警戒していたり、道路にバリケードを築いていたり、逆に警察官たちが立てこもるバリケードを崩そうとしていたりした。

 軍の到着はまだのようだったので、僕たちは揚げパンたちに次々とやられていく警察官たちを横目に見ながら、とにかく町の外に退避しようとした。どこか揚げパンたちがやってきそうにないほど重要度が低い田舎の村にでも逃げ込む必要があった。

 どれくらい走っていただろうか。20分くらいかもしれないし、何時間も走り続けていたのかもしれない。気がつくと、僕と理科野は人気ひとけのない場所に来ることに成功していた。

 

「はあ、はあ、死ぬかと思った……」


 道に倒れてしまった理科野のためにも、どこか体を休めることができる建物を探そうーーそう僕は思って、理科野から少し離れ、歩き出した。


 ーースッ、ドスン!


 突然僕の下の地面が消え、僕は穴に落ちてしまった。

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