第3話
ツイートをしてからの数日間は大騒ぎだった。
止まらないいいねの嵐に、称賛とイジリが交互にやって来るリプライ。DMで本当かどうか聞きに来るフレンド。
VRに入れば行く先々で挨拶やお祝いされたり、知らない人にまで言われる始末だ。
「ほんとにおめでとうございます」
「やっぱ俺の言うとおりになったじゃねえか」
「なんや、とっくにもう付き合ってると思ってたわ」
リプライに一つ一つ返信をしていると、ナミからメッセージが来る。
『これ、一緒につけてみない?』
見ると、写真に写っているのは指輪だ。
このゲームではパートナーになった同士、自作や販売されている指輪をつける習慣がある。
突然の提案に戸惑った俺だが、二つ返事で承諾した。
「俺も、指輪を付けれるようになったんだなあ」
購入した指輪を編集ツールで言われたとおりにテクスチャを変えて自らのアバターに装着する。指輪の真ん中には小さな黄金色の石がキラキラと輝いており、側面には小さく
"MIKI & NAMI"
と書かれている。
作業に疲れてベッドに横たわる。
携帯で昨日のDM欄を見返すと、その時の感情がじわじわと蘇っていく感覚があった。
『いきなりあんなこと言ってごめん、嫌だったらいつでも断っていいからね』
『ううん、平気。僕も前からミキさんのこと気にかけてたし』
『告白された時すごい嬉しかったよ。』
『これからもよろしくね、ミキ』
「くぅ〜〜!」
思わず布団を荒く掴み被る俺。なんだよこれ、これが胸キュンってやつなのか!?
「本当に...なったんだな。」
「もう人生何も怖くねえや。」
一人でクスクスと笑う。形容し難い恥ずかしさと謎の万能感が襲い、深夜の3時に有頂天に達する。
そこからの数カ月感は濃密な日々であった。
バイトも精が出ていつもより真面目に励むようになった。店長からは人が変わったようだと評されふと、「やはり愛の力ですよ」と粋がった。
バーチャルでもほぼ毎日二人で行動し、写真を撮ったりワールドを巡ったりと毎日が俺にとって天国であった。
審判の日を待たずして天国に行けるとか、俺ってかなりツイてるのかもしれない。
そう訳のわからないことを考えつつ相方の横顔を撮る。
バーチャル外でも一緒にゲームをしたり通話でイチャついた。今まではリア友やバーチャルフレンドとやっていたゲームを誘いをすべて断りほぼ相方のためだけに時間を作った。
ナオトからは「最近なんかつれねえな」とボヤかれたが関係ない。今の第一優先はナミだ。
ナミも俺のために他の誘いをすべて断ってきてくれている。なんて優しい子なんだろう...
通話の時間は日に日に増し、30分から1時間、1時間から3時間と増えに増え、最終的にはほぼ1日会話するときもあった。
「いま、なにしてる?」
「んー?Unity」
「俺もだわ」
「いいね」
「明日仕事だー」
「僕も。ミキ、頑張ってね」
「がんばるよ〜〜ありがと」
「好きだよ」
「俺も好き」
毎回の締めの挨拶がこれだ。最近これをやらないとナミが拗ねるようになってきた。かわいい。
そういった甘々な日々が続いた。お互いの募る話や恋愛観、愚痴なども話し いずれオフ会したいねとまで話し始めた。
しかし、ナミが少しずつ変わっていったように感じる。
最近俺が知り合いの女友達や、ナオトにリプライやバーチャル上などで会話していると
「仲、良いんだね」
と言い始めるようになった。
「ま、まあね でもナミが一番だよ」
「ふーん...」
ナミは心なしかは不満げであった。俺が他の人と会話してるときに、以前なら一緒に混じって話していたが今は少し離れた位置でじっと俺のことを眺めていることが増えた。
「あっ、ごめん ナミ大丈夫?」
「...うん」
返事は暗かった。
それに、最近は自撮りのレパートリーが変わったように感じる。以前は水着などはあるものの基本的には清楚な着こなしで撮っていたのに最近は下着姿や、俗に言う彼シャツウェア 肌面積が少ないコスプレなどが増えた。
俺はナミのやる事を否定したくなかったから特に何も言わなかったが、今思えばあまりの変わりぶりに異常な感じがする。
スカートも校則を破る女子高生の如く短くなり、フルトラッキングで動いているとパンツが見えてしまう。
以前は控えめだが主張はしていた胸も日に日に大きくなり、今では服からでもその大きさがわかるぐらいになっていった。
自分はナミの清楚さが好きな部分でもあったのだが異様なほどまでの変貌に驚いてしまった。ナミの写真のお気に入りの数が増えると同時に、ナミとの距離が少しずつ遠くなるかのような錯覚を覚える。
スキンシップの頻度も増え、最初はキス程度だったのに最近は足を絡めてきたり長時間俺に寄りかかるようになってきたのだ。
「ふぅ....」ギュッ
「どしたん、最近 なんかすごい密接なような...」
「だって好きなんだし当たり前でしょー」
少し焦る。ナミは人懐っこいがこんなに積極的ではなかった。
「そういえば、フレンドのとこは行かなくていいのかな...?」
「大丈夫!だって今は一緒に居たいんだし」
「そ、そうか...わかったよ。」
「あ、あのさ 前から気になってたんだけど」
「..そういえばさ、前の彼氏とはなんで別れたの」
ぶしつけにこんなことを聞いてしまった。今まで触れてはいけないと思っていた領域だったが、今なら聞ける!と謎の自信があった。
彼女は驚いた素振りを一瞬見せた後にすぐにこう答えた。
「...一方的に捨てられたの」
「僕がすごく愛していた人で、知らないことはないんじゃないかってぐらい一緒にお話してた。だけど、僕がありのままを曝け出してやっていこうとしたときに急にブロックされたんだ。」
「最低だな、そいつ」
俺は憤りを隠せなかった。一つはその元カレに、もう一つは自分から聞いておいて気の利いたこと一つもかけてやれない自分にだ。
「とても辛かった。本当に好きだったんだ。ごめんね、ミキの前でこんなに話しちゃって。」
「いや、いいよ い、今は俺が彼氏なんだから、聞くのは当然だろ」
「そっか...ありがとう なんかスッキリしたわ ミキ愛してるよ」
「お、俺も」
お互いギュッと抱き合い、しばらく時が止まったかのように静止する。するとナミがふとこう呟いた。
「もう、捨てられたくない」
────────
甘々な日々が続く中、DMに一つのメッセージが届く。
「今日深夜空いてる?」
「え、空いてるけどどうして?」
「ううん、大した用事ではないんだけどね。とにかく2時ぐらいに会いたくて」
こ、これって....もしかしてそういうお誘い???
やばいやばい、人生で未経験かつ、VRでもそういったことはしたことないのに。
どうしよう。
とりあえず、アバターを脱がせるようにしなきゃな...
アバターにつける諸々を購入して作業をしてはや数時間。ようやく完成した頃にはすっかり日が暮れていた。
「そろそろ入らないとな」
VRに入っていつものように友達と群れている俺であったが、内心ソワソワして落ち着かなかった。
「ミキさん、どうしたのですか?気持ちが落ち着かないのですか?」
チョウが不思議そうに話しかける。
「えっ?俺なんか変かな」
「いや、なんか体が落ち着いて見えないから」
そう言われてみると、たしかにフルトラッキングでソワソワ歩いているのが丸見えであった。
「あ~なんかね、なんでだろうね!w」
「困ったことがあるのかな?」
「いや、特にないんだけどね」
中身のない会話でごまかす。不思議そうに見つめるチョウを背に、時間を確認している。
(もうこんな時間か...)
(そろそろ招待でも..あっ!)
見ると、見慣れたアイコンに見慣れた名前から招待が届いていた。限定インスタンスでのE Roomだ、俺は汗がコントローラーにつたうのを感じる。
「ちょっと、インバイトもらったから行ってくるね...」
「はい、いってらっしゃい」
「どうせあの子からやろ?最近ずっと一緒におるもんな」
盛大な見送りというべきか。俺はいじりを背中に受けつつナミの待つ部屋に向かった。
E roomはいつも俺たちのお気に入りの場所だ。動画を見たり、一日中いちゃついたり、作業を共にしたまさに故郷とも言って誇張がない。
中に入るといつもの笑顔で手を振る彼女の姿があった。
「やっほ。来てくれてありがとね」
「うん、急にどうしたのさ」
「いやぁ、実は特におおきな用事はないんだよね。ただお話したくて」クスクス
なんだ、せっかく準備したのにな。拍子抜けしたが何事も起こらず安心していた矢先、
ズズッ
彼女の顔が近くなる。真顔で見つめているかと思えば
チュッ
急に目を瞑りキスをし始めた。
チュッチュッ
2回。
チュッ...グチュッ...チュッ..
今度は長めのキス。目を閉じながら舌を出し熱いキスをしてくる。これがディープキスなのか。背徳感ある表情と生々しい水音が俺の五感のうちの二つを支配する。
「ぷはぁ....」
キスが終わると、口から唾液の糸が垂れ下がる。
「...したいな。ミキと」
「お、おういいよ。俺も、もしかしたらそういう事かなと思って準備してきたんだ。」
すぐに全裸へと変わる俺。股には取ってつけたような陰茎がそびえ立ち、デフォルトで入っていた乳首が顕になる。
「そうなんだ。用意周到だね」クスクス
「....あとね」
「ミキにはほんとうの僕を見せたいと思うんだ。」
ほんとうの自分?少し疑問に感じたが脳がピンク色に染まった俺には意見をする余裕すらも残っていない。
「見たい。見せてほしい。」
返事には答えずひたすらと手を動かすナミ。新しいアバターがロードされ表示される。
が、そこに居たのはいつものナミではなかった。
全身が黒色のタイツで覆い尽くされ、黒のアイマスクに厚すぎる真紅の唇。
そしてアバターの身長をも超す巨大な陰茎。
およそ40cmはあるだろうか。陰茎を覆うラバーは先端が切り抜かれ、先端に大きな唇が存在する。
乳も乱雑に巨大化されており、腹部の下まである乳房、ラバーの外側からも見えるぐらい乳首が大きくされ、グロテスクに主張している。乳輪の周りにも口紅があしらわれ淫奔に光っている。
かろうじてアバターにある角しかナミを確認できず、唯の欲望で渦巻く怪物としか視認ができなかった。
「さぁ....来て、ミキ....」
両手を頭の後ろにやり腰を前後しつつじりじりと近づいてくるナミ。長く異様な舌が口から飛び出し一回、二回と舌なめずりをした。
「はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ」
片手が急にぶらんと下がると同時に、前かがみになり息が荒くなっていく。水っぽい音は次第に大きくなりマイクから漏れ出す。
「どうしてこないの?早く繋がりたいのに...」チュプチュプチュプチュプチュプチュプ
俺は唖然とした。全裸で立ち尽くす俺と一人欲望のまま慰めに耽るナミ。秒針の音。そしてPCのファンの唸り。
俺はハッとした。急に何かがサーッと覚めるような気分と共に彼を同性としか見れなくなっていた。心の萎縮とともに縮む俺の息子がそれを物語っていたのだ。
「...ごめん、ナミ」
「えっ?」スッ
「やっぱ俺、きちいわ」
深く頭を下げると服を着直し、息を吸う。
「なんか、萎えちゃった、本当に悪い。そういうことをする気になれないんだ。」
「....はぁ?」
「どういうことだよ。俺はな、今までここまでしてやってミキ好みの体になりたくさん愛してやった。なのに君は俺を拒むのか。」
彼の声が一オクターブ低くなる。今まで聞いたことのない声だ。きっと、彼のリアルでの声色なのだろう。
あまりの気迫に圧倒される俺だが、負けじと反論をする。
「ほ、本当にごめん、でもぶっちゃけこんな姿になるなんて思わなかったし」
「だけどナミを愛していることは変わらない、これだけははっきり言える。」
「じゃあ俺とまぐわえよ。」
俺の言い分を跳ね除け、陰茎を揺らしてくる。揺れるたびに汁のパーティクルが飛び散り床に吸い込まれる。
「きっ...」
思わず言いそうになった言葉を再び押し込む。
「ほんとうに、本当に今日はダメなんだ。すまん」
「俺は真剣なんだぞ。」
「わかる、わかるよ。だけど、もう無理なんだ」
慌ててメニューを開きホームボタンを押そうとするも、それに気づいたのか近付こうとする。
ヤバイっ、このままじゃなにされるかわからない。
「ごめんっ!」
押した。画面が暗くなりしばらくするといつも使っているホームワールドに着いた。
「はぁ〜...」ペタッ
思わず腰が抜けてしまった。
これからどうしよう。
一旦落ち着こうとゲームを閉じ、HMDを外そうとする。なにやら大量の通知がメニュー欄に来ているが気にしない。
外すとき、ふとホームに戻る際に聞こえたナミの一言が浮かんだ。
「君も、俺を捨てるのか」
──────────
その後はまた大変だった。眠れる夜を過ごした次の日にツイッターを休止し、さらにゲームのアカウントも停止させた。
突然の発表に驚き、ツイッターのDMには結構な人からのメッセージが来ていたが、返すことはなかった。
ナオトとチョウには伝えた。ナミと喧嘩をしてわずか数カ月の交際を終えたと話すとチョウは軽く
「わかった。」と返事をするとそれ以上聞いてこなかった。
ナオトは最初こそどうしてだよ、と軽く怒られたが俺が何も言えず黙りこくっているとため息を一つして
「うん、まあ詳しくは聞かないことにするわ。とりあえずお疲れさん」と言った。
ナミからはディスコのメッセージで何件もメッセージと通話をかけてきた痕跡があった。
「ごめんなさい。」
「嫌われたかな?」
「もう一度、会って話しよう」
「僕が悪かった。」
俺は全てに返す気にはなれず、ただ一言
「ごめん。」
と、書くとそのままフレンドを削除しログアウトした。
こうして、俺の一年以上に渡るバーチャル生活から幕を閉じた。
──────────
数カ月後、俺はインターネットから離れリアルの生活に勤しんでいた。
SNSとバーチャルから離れ、テレビを見たりゲームをしたりする日常に戻った。
ナオトは未だにあのゲームを続けているらしい。時々、共通のフレンドに彼はどうしてるのかと聞かれるがその都度「元気にしてるんじゃないかな。」と答えてくれるらしい。ありがたい。
ナミとフレンドを捨ててあの場所から逃げてまだ時間は経っていないため、未だにフレンドに泣かれたりナミといちゃついてる夢を見る。
あの時間は一体何だったんだろう。
俺は、いっときの自己満足のためにアバターしか見ず彼と付き合いそして捨てた。傍から見れば最低野郎だ。
今思えばナミのあのおぞましい姿は彼の性癖で、俺になら理解してくれるだろうと見せてくれたものだったのだろうか。
彼は二度も裏切られ、きっと死ぬほど悲しい思いをしていることだろう。俺は心が痛んだ。
俺は、久々にツイッターにログインをすると即座にナミのツイッターを覗いた。ツイートを遡ると俺が逃げてからしばらくは心ここにあらずのような発言が散見される。
「どうしてだろう。」
「謝りたいのに、もう会えない。」
「僕はどこで間違ったんだろう。」
彼の悲痛な叫びが矢になって俺の心臓を突き刺す。こういったツイートがしばらく続いた後に平常運転に戻った。いつものナミが帰ってきたのだ。
最初は俺との写真をたくさん上げていたが、次第にそれが自撮りに変わっていった。
そうして数週間後のツイートを見ると、俺に似た姿のユーザーの写真が増え始め、ツーショットの数が増えていった。
ふと、プロフィールを見ると文末にその相手らしきユーザー名と指輪の絵文字が書かれていた。ははあ、きっと寂しくてすぐにまたパートナーを作ったんだな。
その相手はきっとこの先、一時の幸せを享受した後に大きな試練が立ちはだかるだろう。その時、彼がどうするのかはさほど検討もつかないが、せめてナミを理解できる人だと無責任に願った。
そうして、俺はパソコンの電源を落とした。
─END─
君と僕 モニタ_R @Monita_R
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