第2話
あのビーチの出来事以来、俺は空想にふけることが増えた。
ボーッ
「おい!なに突っ立ってんだ お客様に料理を運んでこい」
「ウ、ウッス!」
ボーッ
「お前フォーク持ったままなにぼーっとしてんの?」
「えっ?あああ、そうだな」
バイト中もサイゼリヤで今ナオトと飯を食っている今この最中でさえふとボケーッとしてしまう。
「なんだ?悩みでもあるのか?」
「ちげえよ」
「...それかアレか?おまえ、好きなやつでも出来たか?お砂糖ってヤツか?」
「バカ、変なこと言うもんじゃねえよ」
少し図星を突かれた気分になりパスタに明らかに量が多いぐらいチーズを振りかけてしまう。
「いいよな〜お砂糖って あわよくばエロい事もできんだろうな」
「俺もよく知らないが、それだけじゃ絶対ねえよ」
ナオトは元々アダルトビデオを見るためにVRを買ったため、俺と少し...いやかなり感性が異なる。
「んだよ、リアルでモテないんだからちっとは夢ぐらいは見せろよ」
「そ、そんなエロい事ばかり考えるから彼女も、お砂糖も出来ないんだろう」
「うるせえわ!...ところで」
「なんだよ」
「お前ナミちゃん狙ってんの?」
震えた。俺のファンタを持つ手が震えだし反射的に否定する。
「は、な、なにいってんの あの人は男だし俺はぁゲイなんかじゃない。」
「唇が震えてんぞ、まあ半分冗談だけどよ。あの人とフレンドになってからいつも一緒にいるじゃねえか」
そこは否定できなかった。軽く唇を噛むと俺は話した。
「たしかに、いつも一緒に居るし可愛いけど、尊敬してるだけで一切そういう感情はないんだ」
「ほーん、そうか。 悪かったないきなりこんな話で」
「...いいよ」
沈黙の後、ナオトが口を開いた。
「たしかに、あの人はすごいけどねぇ」
ストローで意味もなくジュースをかき混ぜながら話す。
「写真もよく撮ってツイートがプチバズるし、人当たりもいいしな お前が気に入る理由がわかるよ」
「...そうだね」
「まぁ、もしあんたらが付き合い始めても違和感はないけどな」
ケラケラ笑いながら言うナオト。
「おい、ちょっと」
「悪い悪い、今日は俺が出すからさ」
気づけばお互い食べ終わっており財布を取り出す彼の姿を横目にふと考えていた。
(これは尊敬だけなんだろうか...?いや、ヤツの言うとおりもしかして....)
─────
「「かんぱーーい!」」
「おまえ、先に飲むなゆうたやろ!」
「まま、いいじゃないか」
「ここはほんとみなさん飲みますね」
「hey, is this an event?」
バーチャルでもリアルのような活気を見せるこの町はVRユーザーに人気の場所だ。主催者であり知り合いの時雨さんを中心になぜかpublicで飲み会をしてるため混沌と化している。
バーチャルでも飲み会文化は盛んであり、この時雨さんのイベントに至っては週に一回のペースで開催される。
「コイツなぁ、むかし一緒に飯食いに行ったときな」
「バカ、その話するんじゃねえよナオ」
「いいじゃんいいじゃん!リア友同士仲良くしてんのはさ」
「アハハ、リアルでも本当仲いいんだね」
ナオトの突然の話に戸惑いつつもチラッと横を見れば関心高くふんふんと頷くナミの姿がある。俺がつい見惚れていると即座に突っ込みが入る。
「おいおい、なんやお前ナミちゃんにえらい見惚れてるやんけ!」
「ばっ、ちょそんなんじゃないっすよ ボーッとしてただけっす」
「おっ、もっと言ってやってくださいよ!こいつなんか特にこないだも」
「だからそれやめろつったろ!!」
アハハ...
顔が真っ赤になるぐらい辱めを受ける俺を肴する男達。その中にはナミさんも居て彼女が喜ぶなら、と自分はまんざらでも無かった。
──────
深夜の1時を回ると人も減り、残ったのは何が起きていたかを知らぬ人たちと端で煮え上がっている人たちだけであった。
「それでさ、芳村のやつがエイラと付きああってたのにHクラブで遊んでたんだって」
「うーわ、マジかよwwそれならブロックされてもしゃあないわ」
「俺ならそく女の子ならおとせますよww韓国人は日本の女の子好きなんですから」
「ほんとに?じゃあ日本人のおなのこ集まる場所しってるだから俺といこうよ」
左右から聞こえる耳障りの良くない話に圧倒され気持ち悪さがまた一段と上がる。誰だよお前ら。せっかくバーチャルに現実逃避しに来たのに、なんでリアルの嫌な所をここでも直視せなならんのか。
「大丈夫?」
ふと、自分に声をかけたのは海外のフレンドのチョウであった。
「あ、ああ大丈夫 少し飲みすぎたかもね」
「いやあ、大人の人たちってほんとうにあれぐらい飲むんだね」
「チョウも成人したらわかるよ...いずれ」
「いやっ、俺はサケカスにはなりたくないんだからなww」
齢はまだ18の韓国人のチョウは、その巧みな日本語と純朴な性格で皆からも愛されている。俺ももちろん信頼をおいているフレンドの一人だ。
「..時雨さんとナオは?」
「あそこでいびきかいてるよ」
「たはは、あいつら酒入るとすぐ寝るからな」
「ナミさんはあの店の中で寝てる」
チョウが振り向いた先の小さな店を覗くと、ナミさんが中で座りながら熟睡していた。
「すぅ...すぅ....」
寝息が聞こえる。寝息にあわせて体も少し動き、"そこにいる感"を増幅させている。
酒が入ってるせいかいつものことか、より一層彼女が愛おしく感じてしまう。
「いつから寝てんの?」
「うーん、いちじかん前?みんな飲んでる時にこっそりこの店に移ってた」
「そっか、まあ時雨さんとかナオはいいとしても ナミさんはさすがに起こさなきゃな」
中に入り、ナミさんの近くまで行って話しかける。
「おーい」
「すぅ....すぅ....」
「おーい、おきてー 風邪引くよー」
「んっ、んんっ...あっ、おはよ」
軽く手を振りニコっと笑うとそのまま大きく伸びをし始める。
「ん〜〜〜っ、はぁ 僕いつのまに寝ちゃってたんだ」
「あれっ、もしかして寝落ち?」
「うん、少し疲れてたからここで休憩してたら多分ね 起こしてくれて良かったのに」
「いやいや、ナミさんが気持ちよさそに寝てただから起こせることが難しかったよ」
チョウが軽く笑い、ナミさんもつられてクスクスと笑う。彼女が笑っているのを見ると俺も嬉しい。
「どうしようかなあ、これから」
「ワタシ、他の友達がゲームしてるだから見てくるね」
「おっ、おつかれ」
「おつかれ〜」
チョウが去ると、店に二人だけになった。俺がすかさずこう提案した。
「なあ、もし...暇なら寝る前になんか見ない?」
「んー?動画かな。いいよー」
ナミさんがグッドサインを出したのでポータルを開き、バーチャル民の憩いの場であるEルームへ向かう。
俺とナミは同時に到着すると、右のドアから中へ入り大画面のスクリーンがある場所へ座る。
Eルームは同時接続数120を常時超える人気ワールドだ。これといってものすごい場所、って訳ではないが バーチャル民が欲しがるすべてが揃っている。 テレビ、おもちゃ、ベッド、そして...鏡。
他愛もない会話には最適の場所だ。俺はビデオ機能をONにすると、最近話題の心霊動画を見る。
「やだ、怖いね」
「ナミさんは怖いの苦手?」
「きらい...ではないね。ただ、自分から見ないかな」
「そっか」
ワー キャー オワカリイタダケタデアロウカ
「時間大丈夫?」
「まだ大丈夫だよ」
「そか」
フレンドと動画を見ながら会話をするのが一番楽しい。最近の結論だ。
俺はこの一年半をVRに費やして至った結論がこれなことにいささか勿体なさを感じたが、目の前の楽しさには勝てなかった。
気づくと、自分の肩に彼女が寄りかかり顔が近くまで来ている。マイクの感度が高いからか吐息もかすかに聞こえ、現実とバーチャルが混同し始める。
彼女が本当に女の子だったら...これがリアルだったら..とふと考えてしまう。普段ならここまでは考えないのに酒の力は恐ろしい。
動画が終わり 俺たちは鏡の前に移ると酒の所為か、はたまた本心からかこんなことを聞き始めた。
「あのさ...ナミさんってパートナーはいたの む、むかし」
「...」
まずい、しくじったか。 冷や汗をかいているとナミさんがしばしの沈黙の後答える。
「いたよ 昔」
「ただ、別れちゃってね ほんとうに辛かったんだ それも、転生した理由だったんだけど」
アバターの表情は真顔だが、俯いてるため心なしか暗く感じる。俺は失礼を覚悟で続けて聞いた。
「なんで..別れちゃったの」
「...一方的に振られちゃった いきなりね 理由は悲しいから言えないけど。」
そんな、こんないい人を振るなんて。 きっと振ったやつはとんだろくでなしに違いない そう勝手に決めつけた。
「今思えば、転生する必要はなかったんだけどね
その時はほんとうに辛くて、悲しくて、もう訳がわからなくなっちゃったから勢いでアカウントを消しちゃった。」
「大好きなフレンドたちを残して消えたのがすごい心残りで、転生した後も罪悪感に苛まれてたよ」
「たまにpublicで当時のフレンドとすれ違うと、体が震えるし声が途端に出なくなっちゃうんだ。」
プルプルと震える手をもう片方の手で支えるナミさん。言われてみれば、彼女はpublicを好まず基本的にはフレンドプラスかフレンドオンリーでしか遊ばなかった。今回の飲み会は俺がどうしてもと誘ったら来てくれたのだ。
今思うとかなり軽率な行為だったと反省し始める。自分も俯いてるとナミさんがこう言った。
「でもね、転生してしばらくして 彷徨ってた僕をミキさんやみんなが拾ってくれてすごく感謝してるんだ」
「友達なんかはあまり作りたくなかったし、写真撮影に飽きたら本当にやめようかなと思ってた だけど、みんなと遊び始めてまた友達と遊びたいって気持ちになれた」
「だからミキさんにはすごく感謝してる」
「ありがとう」
ナミさんが笑い、俺の頭を撫でる。
撫でられた喜びと抜けきれてないアルコールが俺を狂わせ、ついに一線を越えてしまう。
ギュッ
「わっ」
思わず彼女をハグしてしまった。普段は撫でることすらできない高嶺の花を自分自身で包み込んでしまう。
「俺さっ、自信ないし、甲斐性もないし 恋愛なんて全くしたことないけど」
「今、はじめて好きな人ができた 守りたくなった だ、だから...」
「君が好きだ 俺と付き合ってほしい」
「ぇ...」
言ってしまった。だが不思議と辛くはない。
これが俺の本心だったのだ。今までのモヤモヤと葛藤が一気に解放される。
ナミは驚いた表情のまま硬直していたが、しばらくすると口を開いた。
「僕も、あなたと付き合いたい」
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