長町ブルース
飛辺基之(とべ もとゆき)
その人、長町の街で
時は昭和53年。
杜の都と呼ばれる東北の中心街仙台の副都心に、長町というところがあった。
長町というのは、仙台駅から南へ下る旧4号線が、広瀬橋にかかるあたりから広がる街で、広瀬橋のすぐ脇、子供向けのおもちゃが売っている店や、本屋があるあたりの路地には、アーチがかかったところがある。
そのアーチを超えると一種の異空間で、まさに裏の世界という感じだった。
真田幸太は少し離れた荒町の小学校の生徒だ。
今年3年生になる。
4歳年上の中学生の兄弟と、時おり遠出してこの長町までやって来る。お決まりは長町の小さなお菓子屋で買ったチョコレートを、広瀬橋の左手の脇の土手で腰掛けて食べることだ。
広瀬川の土手に座り、向かい側の土手を眺めると、河原には青々とした草が生えている。その草が、風になびいて波打つ。空には青空が広がっている。その太陽の下の、光を浴びた河原の空気が幸太は好きだった。
いつもチョコレートを買う小さな店には二十歳ぐらいの娘さんがいてレジを打っていた。質素な眼鏡をかけ、髪を後ろに束ねた地味な女性だ。詳しくは知らないけれど、昨年短大を卒業したらしい。何処と無くおとなしく、華やかに咲く花というよりは、地面に生える雑草のような女性だった。
ある日、幸太が例のアーチの前を通り過ぎる時だった。
その時、いつものお菓子屋のあのお姉さんが、アーチをくぐり抜けて泣き腫らして飛び出してきた。いつもは気を使う優しいお姉さんが、幸太を見ても気にもとめずに、涙を流して走り去っていった。
幸太がそのアーチをくぐって路地を行くと、そこは何もなく、ただ入り口に暖簾がかかっている旅館のような、マンションみたいなものだけがあった。他に人気もない。一人だけ髭を生やした男が、電柱に寄りかかりハイライトをぷかぷか吸っている。
幸太はその男性に、
「あのお姉ちゃんなんで泣いてたか教えて」
と聞いた。
男は面倒くさそうにチッと舌打ちし、ハイライトを投げ捨て、
「知らねーよ」
と言うとそのまま去っていった。
幸太はまだ、
ただ幸太が分かったのは、その後、あのお菓子屋の娘さんを店で見かけることは、二度となかったということだけだ。
もう50になる幸太は、そういえばあのファッションホテルは今どうなったんだろうと思ってみたが、ある日長町のその辺りを行くと、もう40年以上の時が経った街の景色は、すっかり変わっていた。その街の面影に、あのお姉さんを思い出す。
一度だけ、あの時の後に、幸太が中学生に上がる頃にあのお姉さんを見た。
髪をウェーブのかかったパーマにし、銀色の鏡のようなサングラスをかけ、あの時のひげの男性と腕を組んで歩いていた。
幸太が、二人をどういうものなのか理解できたのは、もう3、4年経って、高校に入る頃だった。
あの二人は今どうしてるんだろうなぁ。
今も生きているのだろうか。
長町ブルース 飛辺基之(とべ もとゆき) @Mototobe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます