第2話 連敗記録を止めたい
ホームルームの間、私はこれまでの戦歴を振り返っていた。
幼稚園、一敗。
小学校、六戦全敗。
中学校、九戦全敗。
華の女子高生になっても三連敗中だ。いや、これまでの成績を合わせて十九連敗中。
屋上、下駄箱のラブレター、二人きりの教室、公開告白。あらゆる手は打ってきた。心も折られてきた。
そろそろ恋を諦めようと思っていたのに。美優ちゃんの言葉に夢を見てしまった。
私にもモテ期が来る? 気になる人にアタックしてみようかな。
隣のクラスの木崎くん、今はフリーだったはず。中学時代はご縁がなかったけど、成長した私を見れば返事が変わるかもしれない。
終礼の後で美優ちゃんに相談しようとしたけど、タピオカを飲みに行くから忙しいって言われちゃった。まぁ、こういうことは自分で考えないと駄目だよね。一人きりの教室で作戦を練る。
窓からサッカー部の練習が見えた。遠くからでも、木崎くんはかっこいい。私は俯きながら呟いた。
「ずっと前から好きでした。私と、お付き合いしていただけませんか?」
震える声で、本音を言い切った。あのときは遠回しな言い方しかできなくて、ハッキリしない奴は嫌いと断られた。あとは目を見て伝えられるかどうか。
「ううっ。やっぱりキャラに合っていない気がする」
私は机に突っ伏した。
「本当に、俺なんかでいいの?」
顔を上げると、前の席の浅井くんが見つめていた。その距離わずか十五センチ。漫画なら、トゥンクなんて可愛らしい効果音が流れているだろう。私は後ろにのけぞった。
そんなに近いと鼻が触れちゃうよ。男子の手も握ったことないのに、初めての身体的接触にしては刺激が強すぎる。
浅井くんのメガネが鋭く光った。
「富安さん。もしかして俺が教室に入ったの知らなかった?」
浅井くんの手には筆箱が握られている。忘れ物を取りに来たのだろう。至近距離にいたのに気付けなかったなんて、相当ぼんやりしていたようだ。
「ご、ごめんなさい。実は私」
「俺がいない間に告白の練習していたんだね。富安さんがそんなに純粋だって知らなかったよ」
話がどんどん違う方向に進んでいる。嘘はよくないよね。ずっと騙すのは限界があるし。
「浅井くん。あのね」
私は口を開いた。
「清羅! やっぱり一緒に帰ろ。って、浅井と二人きりで何してるの?」
「美優ちゃん?」
タピオカを飲みに行くんじゃなかったの。私が言いかける前に、美優ちゃんは笑顔を浮かべた。
「あ、美優の頭脳が答えを導き出したから正解言うのなーし! やっと告白しようと決めたけど、何を言ったらオッケーもらえるのか分からなくなったんでしょ? 図星? だよねー。こう見えて、美優も奥手だったんだぁ。じゃ、浅井は清羅をしっかりリードしてあげてね。初カレとして!」
美優ちゃんはダブルピースをしたまま教室を去っていった。私はおろおろしながら浅井くんに頭を下げる。
「びっくりさせちゃったよね。美優ちゃんは恋バナになると話が止まらないから」
「富安さん」
浅井くんの声は優しかった。そんな彼の誤解を早く解いてあげないと。
だが、私は自分のペースを再び狂わされる。
「付き合うならリードされたい? それともリードしたい?」
どうしたの、いきなり?
彼女にする前の最終問題なのかな。私は素直に答えた。
「ゲームの中ならリードされたいけど、そんなこと気にせずに過ごしたいかな。私は同じ目線で接したい。デートするときも、お互いが行きたい場所を均等に回れたらいいなって思ってる」
「ふーん」
「ごめん。二択の質問だったっけ? 別の答えを言っちゃった」
「いいや。富安さんの気持ちを確認できてよかったよ」
こちらこそ、ありがとう。フラれる準備をさせてくれて。ごまかす上に優順不断な彼女なんて、願い下げだよね。
「意地悪な質問してごめんね。でも、理想の答えが聞けて安心した。富安さんと付き合えてラッキーだなぁ、俺」
浅井くんは前髪を掻き上げた。
ずるいよ。いつもは見えない眉毛も、柔らかな目尻のしわも。私の心拍数を上げていく。凄みのある細目なのに、浅井くんなら一生見つめられたい。
「よろしくね。富安さん」
「こちらこそ。めっちゃ嬉しい」
私は笑顔になった。
初カレできちゃった。帰ったら美優ちゃんにメールしちゃお。いっぱい心配かけてきたし、報告しないとね。
心のどこかで祝福できない自分がいることを、私は見て見ぬふりをした。
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