第3話 デートの予定を立てたい

 昨日は浅井くんと連絡先を交換して、途中まで一緒に帰った。話したのは、中学時代や志望校を選んだきっかけ。だんだん浅井くんが面接官みたいに見えてきた。そう言ったら、私も同じだって。不覚にも照れた。始まりは偶然でも、似た者同士なのは嬉しい。浅井くんの顔を直視できなくなった。それは現在進行形だ。


「富安さん。おはよ」

「お、おはよっ。浅井くん」


 私は両手で顔を覆いたくなる衝動を必死で堪える。


 どうして今日はヘアピンで前髪を留めているの。浅井くんがプリントを配るときにショック死しちゃうよ。


 私が心の中で黄色い声を上げていると、浅井くんは俯いた。


「男子がヘアピン使うの変かな」


 外そうとしないで。吐血しないように頑張るから。

 私は首をぶんぶん振った。


「似合いすぎてて、その……かっこいいよ? でも、あんまり見とれていると嫌だよね。ごめん」

「そうだったんだ」


 浅井くんは私の正面ではにかんだ。返答に間がなければ、私は石像と化していた。


「じゃあ、このままで過ごそうかな。彼女のお願いだし」

「やったぁ。ありがと」


 浅井くんは窓に視線を向けながら訊いた。


「明日、予定ある?」

「美優も混ぜて。初デートの清羅を動画で撮っておきたいんだよね。一緒に夏祭り行こうよ。ダブルデートなら、緊張しちゃっても美優がフォローできるし。待ち合わせ場所は駅でどう?」


 両手を握りしめる美優ちゃんの目は、肯定しか求めていない。つぶらな瞳を無視すれば、空気が悪くなる。

 私は浅井くんの意見を尋ねた。それが自分にできる唯一の抵抗だった。


「せっかくのお祭りだから、人数は多い方が楽しいかもね。俺は構わないよ」

「じゃ、決まりね。詳しい時間は清羅にメールするから。それにしても、まだ下の名前で呼び合ってないの? 名字とかよそよそしくない?」


 付き合った翌日だよ。ぐいぐい距離を詰めるものなのかな。

 私が返答に困っていると、浅井くんが助け舟を出してくれた。


「昨日、下の名前で呼んでみたんだよ。だけど、富安さんが俺の顔を見てくれなくなったから当分はなし。少しずつ時間をかける方が、俺らには合っていると思うよ」

「清羅ったら。めちゃくちゃ愛されてるじゃん。しかも、ここ教室だよ。浅井もハッキリ言うんだね~」


 いや、浅井くんから下の名前で呼ばれたことは一度もないよ。呼びたくなったら下の名前で呼んでほしいとお願いされたけど。


 ハッ、これが処世術なのかな。私の彼氏、最強すぎる。いつも朝学活まで美優ちゃんの話を聞いていたのに、今日は五分以内に終わっちゃったよ。


 美優ちゃんが席に帰ってから、浅井くんは私の耳元で囁いた。


「初デート、今日にしちゃわない?」




 いつも降りる駅とは違う駅で降りる。ちょっとした冒険に、私は浮き足立っていた。

 浅井くんは首を傾げた。


「ここで降りるのは初めて?」

「うん!」


 美優ちゃんと放課後に寄る店は、セレクトショップやパンケーキ屋みたいなオシャレな場所ばかり。しかも、美優ちゃんの帰る方向の駅で降りていた。だから、自分の定期券が使える範囲内で、ショッピングモールがあるのは知らなかった。


「富安さんは友達に縛られすぎ。たまには自分の家に近い店を指定した方がいい。鷹見さんも鷹見さんだよ。人としての常識が欠けていると思う」

「私が遠慮しちゃうというか。でも、美優ちゃんは、いい人だよ。私が入学して最初に話しかけてくれたんだ。だから、お母さんみたいに世話焼きで……とっても優しい子なの」


 浅井くんは改札を出てから呟いた。


「お母さんみたいな子なら、些細な変化にも敏感のはずだけど」

「そうなのかな。私のお母さんは三歳のときに病気で亡くなったから、よく分からないや」

「知ってる」

「えぇ?」


 亡くなった母親を思い出させてごめんと、言われることは多い。だが、知った上で一般的な母親像を話されたのは初めてだった。


「同中の奴に聞いたんだよ。富安には調理実習のときに世話になったって」

「なるほどね。家事は、お父さんとおばあちゃんと私で分担しているの。小学生のときからお手伝いを始めたから、料理歴は七年になるかな」

「今日、買わないといけない食品はある? それによって、最適ルートを導き出すけど」

「ないよ。浅井ナビにお任せします」


 浅井くんも過保護の素質がありそう。

 私は人知れず微笑んだ。

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