第4話 好きなものを知りたい
学生向けのデートスポットと言えば、映画館、カフェ、ゲームセンターのはずだった。
浅井ナビに案内されたのは、本屋の児童書コーナー。参考書でも文学の棚でもない場所に到着するとは思わなかった。
浅井くんは、なぜか自慢げに訊いた。
「お任せしたことを後悔してる?」
かなり。高校生が混ざっていると目立つ。『ガリバー旅行記』の小人国を訪れた気分だ。
「いいじゃん。背丈は大きくなっても、無性に読みたくなることはあるし」
浅井くんは一冊の絵本を手に取った。新刊が出ていたようで、色っぽい吐息がこぼれる。
「この主人公の年も追い越しちゃったなぁ。時の流れは早いねぇ」
「まだ十五なのに?」
「感傷に浸りたいときもあるんだよ」
私のツッコミに、浅井くんは苦笑した。
「早く俺らに追いついてくれ。頑張れ、小野寺先生」
こんなふうに読者に喜ばれていると、作者さんは嬉しいだろうな。
私は顔をほころばせる。
「今度は富安さんの好きなものを教えて?」
「きゅっ?」
それは、少女漫画で何度も見たセリフだった。恥ずかしいよと俯くヒロインの気持ちが痛いほど分かった。
私と浅井くんが、もっと仲よしになれちゃうのかぁ。えへへ。
浅井くんの独占欲が垣間見えた気がして、だらしのない表情を浮かべてしまった。
「富安さん? 具合悪い?」
「ハッ! くるキスの世界に飛んでた」
彼女が奇声を上げた後で放心状態になれば、熱中症を疑うだろう。何でもないと言いかけて、浅井くんの目と視線が合った。帰りが遅い娘を心配する、お父さんの眼差しと似ていた。
言葉にしないと伝わらないよね。
私は素直に言った。
「ちょっと、幸せの入り口に行ってもいいかな」
「それ、大丈夫な入口か? 三途の川じゃないなら行ってもいいけど」
「危険な場所じゃないよ。ときめき成分の摂取しすぎにはご用心ってだけで」
浅井くんの心配を払拭させるため、私は漫画コーナーへ向かった。浅井くんの右手を握ったまま。
「あった。『車いす越しのキス』略して、くるキス。志保ちゃんに恋する
「…………おぉ」
浅井くんは目線を逸らした。どうして歯切れがよくないんだろう。私は浅井くんの頭から爪先まで凝視した。左手には絵本、そして右手の先には私の左手があった。
「いっ、いつの間に手を繋いでいたの?」
「さっき、富安さんが」
消え入りそうな浅井くんの声に、私は頭を下げた。
「ごめんなさい! 好きなものがあると猪突猛進というか。手を繋ぐのが嫌だったら、振り払ってもよかったのに」
「嫌じゃなかったよ。俺もボーッとしててごめん」
浅井くんは気まずそうに言った。
「一緒にいるのが富安さんだから、浮かれているのかな」
彼氏に少女漫画を布教したら、甘い反撃に遭いました。
この日の富安家の風呂場では、初デートに浮かれる女の声が聞こえたそうな。
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