友達のままでいたかった
羽間慧
第1話 そのお願いを断れない
「夏期講習が終わったら、打ち上げで肝試しやらない?」
「いいね。青春っぽくて盛り上がりそう。場所はどこにする?」
「三丁目の稲荷神社はマストだろ。夜の竹藪は雰囲気ありそう」
教室の掃除をしながら、クラスの中心核は騒いでいた。私はモップに力を込める。できることなら、低レベルな話で盛り上がれる思考も掃除したい。残念ながら、そんな魔法は使えないけれど。ただ、これだけは伝えたかった。
あの竹藪には本当に幽霊が出る。空襲で亡くなった子どもの霊が、七十年も留まっているそうだ。霊感のある人は、昼間ですら近付くことを拒む。竹藪から響く花いちもんめは、魂を引きずり込むように思えるからだ。
彼らを止めたい。でも、納得してもらえる説明ができそうもない。私は溜息をついた。
友達の美優ちゃんは、クラスの中心核とも仲がいい。私の言葉がきっかけで、迷惑をかけたくない。
私の脳内会議がまとまらない中、一人の男子が声を上げた。
「冷やかしはオススメしないよ。何年か前の先輩も、肝試しをした翌日に入院したらしい。退院は二学期に入ってからだったかな。七月に入院したのにね。すごく重い呪いでも受けたんだろうなぁ」
黒板を消す後ろ姿で、彼の表情は分からない。だからこそ余計に迫力を感じた。肝試しに乗り気だった面々も、こわばった顔を見合わせている。
「浅井の話で背筋凍ったわ……わざわざ夜に出歩くのダルいし、ファミレスにしとかねぇ?」
「ファミレスの夏季限定メニューで涼を取る方が健全だよな」
浅井くん、すごい。ノリだけで生きる人達を、大人しくさせちゃったよ。いつも前髪がメガネにかかっていて、頼りなさそうに見えるのに。
「せーいら!」
ゴミ出しから戻ってきた美優ちゃんが抱きついた。背中に当たる膨らみに、思わず「ふにゃあんっ」と訳の分からない声が漏れた。
「も~、くすぐったがりなんて可愛いすぎ!」
首に吐息を吹きかけるな。モップを鈍器に変えさせたくなければ。
なーんてセリフも言えないんだよね。美優ちゃんの笑顔を見ていれば、不満を感じるのが時間の無駄に思えてしまう。
「いよいよ夏休みって感じだね。
「彼氏なんてできたことないよ。可愛い美優ちゃんとは違うし」
美優ちゃんは、セミロングに二重まぶた。優しくて癒されるアイドルみたいな子だった。入学初日でクラスメイトの名前を全て覚え、毎朝あいさつを一人一人にしてくれる。手作りお菓子と気さくな性格で、胃袋とハートを鷲掴みにしていた。
美優ちゃんは唇を尖らせる。
「そんなことないもん。清羅が本気を出したらモテ期来るよ」
「美優ちゃんはお世辞が上手いんだから」
モテたいと思ったことはある。
高校デビューで髪の色を明るく変えた。校則の範囲内の茶色。それは、暗いイメージを変えたいと願ったから。
でも、それだけじゃ駄目だった。もとから可愛い子でなければ見向きもされない。ただ髪を染めても、アヒルの子は白鳥にはなれないのだ。
私は美優ちゃんみたいに、他校の人からも告白されるような美少女じゃない。どんなに見た目を変えても、モブキャラからは卒業できない。自分の本音を言えずにいる、根暗のままなのだ。友達としての付き合いはできても、彼女にしたいとは思われない。それが富安清羅という人生。
美優ちゃんは私からモップを奪い取った。
「待って。私が洗うから」
蛇口に向かう美優ちゃんを追いかけると、上目遣いで迫られた。
「友達とダブルデートしたくないの?」
友達。その言葉に胸が痛んだ。
高校で初めてできた友達と、楽しくデートをする。互いのツーショットを取り合うことに、憧れはあるけれど。
美優ちゃんと一緒に過ごすと、後光に当たりすぎて疲れる。虫眼鏡で直接日光を見てはいけないのと同じくらい、体に負荷がかかるのだ。でも、この感想を本人にぶつけるのは失礼だよね。
断る理由を必死で考えていると、美優ちゃんは私の手を握った。お高そうな香水の匂いが鼻腔をくすぐる。道理でモテるはずだわ。
「清羅、夏祭りまでに彼氏作って。ダブルデートしようよ」
「今週の土曜日だよ? あと二日しかないのに」
「清羅なら余裕でしょ。頼める人、清羅しかいないの。お・ね・が・い!」
美優ちゃんは両手を合わせた。私は美優ちゃんの手から離れたモップを受け止める。
「それじゃ、よろ~~~」
「待ってよ。ほんとに無理なんだから」
教室に戻る美優ちゃんを引き留めようとした。その声はチャイムでかき消され、やり場のない思いが喉に残った。時間にも見放されてしまうなんてツイてない。
「お願いされちゃったら仕方ないか」
遠ざかる美優ちゃんの背中を力なく見送った。
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