ミサキと親父

肉骨粉モリモリ館長

第1話

「本っ当にすまない! ユズハ」

 私、九十九ミサキは電話越しの相手に対して、頭を下げながら必死に謝罪をしている。相手は高校のクラスメイトの馬場ユズハだ。とはいえ悪いのは私自身ではないし、相手もその事を分かってはいる。

「うん、もういいって。うん、大丈夫。お父さんはもう気にしてないから。ホント」

 口では許してくれているが、口調がかなり冷めている。その後も私はユズハに対してひたすら謝罪を繰り返し、ひとしきり謝った後電話を切った。

 さて、何で私がこんな風に謝罪していたのかというと、原因はうちの親父だ。

 うちの親父は長い間無職、いや職探しすらやってなかったから、ニートと言った方がいいような状態だった。あれ、ニートの定義は三十四歳ぐらいまでだっけ? じゃあ無職だ。

 そんな親父の事を知ったユズハは、自分の父親が経営してる寿司屋で親父を働けるようにしてくれた。

 もっとも最初親父は「働きたくない」と駄々をこねていたが、勤務が始まるとなんだかんだで普通に働けていた。

 事件は勤め初めて三週間後、寿司の出前に行かされた時に起きた。

 常連の宅配先の家の前で、盛大にコケたのだ。バイクごと。当然寿司はぐちゃぐちゃだ。

 すぐに出前先に謝って、新しいのを持ってくればいいのに。何を思ったのか、ぐちゃぐちゃになったシャリとネタをその場で握り直しやがったんだ。

 しかも握ってる姿を、出前先の家の人に見られていた。当然その家から、ユズハ父の寿司屋にクレームがきた。店の信用はガタ落ちだ。

 その後、うちの親父はユズハの父親にこっぴどく叱られ、そのまま泣きながら家に逃げ帰ってきた。

 ……っていうのが事の顛末だ。っていうか今さっき起きた出来事だ。

「は~~~~~~っ」

 どっと疲れが押し寄せてきた私は、大きくため息を吐く。今日はもう寝て休みたい。

 …………だがダメだ。やることがある。うちのバカ親父をとっちめなければ。

 私は駆け足で、親父の部屋へ向かう。

 そして部屋の前に着くと、大声で……。

「おい! くそ親父!」

 と叫びながらドアをおもいっきり開けたのである。

 当の親父は机に向かいながら……。

「おわぁ! な……何だよ突然!?」

 とても驚いていた。

 何してやがったんだ?

 机の上をよく見ると、ノートパソコンを開いていた。画面には文章が書かれている。

 ……これは……小説?

「何書いてんだよ?」

 私の質問に親父は得意気になりながら……。

「ああっこれか? 実はな父さん、『小説家になるぞ』ってサイトに作品を投稿しようと思ってな。今、追放系の作品を書いてる最中だ!」

 お前を家から追放したいわ!

「んなくだらねえことやってねえで、仕事探せよ!」

 親父のノートパソコンをバタンと閉じながら、私は怒鳴った。

「ひいっ! ど、怒鳴るなよ」

 親父は怯えながらそう返す。

「で、何の用だよ?」

「言わなくてもわかんだろ。ユズハんちの寿司屋に迷惑かけたあげく、バックレたことだよ。せっかく働かせてくれてたのに」

「しょうがないじゃん。あそこの大将、頭おかしいもん」

 おい!

「よくそんなこと言えたな、働かせてもらっておいて」

「だってそうじゃん。娘の同級生の父親、しかも年上の胸ぐら掴んで怒鳴るなんてあり得ない。まともな神経じゃないよ」

「なら、ぐちゃぐちゃになった寿司をその場で握り直すあんたはまともなのか?」

「バイクで転んだのはもちろんわざとじゃないし、自分が悪い訳じゃないのに謝罪したり、怒られたくない。ならどうするか? 転んだことをなかったことにすればいい。誰も損しない方法はそれしかなかったのさ」

 ああ、頭いてえ。もうだめだこいつ。これ以上何かいっても無駄だ。

 あきれ果てた私は、無言で親父の部屋を後にした。

 自分の部屋に戻った私は、ベッドに横になる。ああ、疲れた。本っ当に疲れた。

 ふと横になりながら、部屋の天井を見つめる。

 そのまま目を閉じ、昔の事を思い返す。親父が失業した四年前のあの日の事を……。

 あの時の私は、私と親父と母さんの三人で暮らしていた。

 ある時、仕事から帰ってきた親父が私達にこう言った。

「会社辞めてきた! 父さんこれから、仮想通貨で食っていこうと思うんだ!」

 夕食の時だった。それを聞いた瞬間、箸で掴んでたコロッケを落としたのを今でも覚えている。母さんも、口から味噌汁吹き出してた。

 ……でその後本当に仮想通貨に手を出したんだけど、当然失敗して、貯金がなくなったわけよ。それで、ぶちギレた母さんは出て行っちまった。

 住んでたマンションの家賃も払えなくなって、今は親父の実家、つまり私のじいちゃんばあちゃんの家に厄介になってる状態だ。

 んでだ。このじいちゃんばあちゃんにも問題があって、とにかく親父に甘い。

 普通、子持ちの四十路息子がいつまでも無職のままだったら、叱りつけていると思う。

 しかし、うちのじいちゃんばあちゃんはそんなことしない。親父を叱りつけてくれない。働かない親父と私を年金で養ってくれている。

 少しでも家計の足しになればと、私のバイト代からいくらか払おうとするが……。

「ミサキが稼いだお金でしょう。自分の事に使いなさい」

 と二人に拒否されてしまう。

 こんな優しいじいちゃん達に負担をかけ続けて良い訳がない。早く何かしらの手を打たなければ……。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまい、気がつけば深夜の一時だった。やべえ、まだ飯食ってねえや。あと風呂も入ってねえ。歯もみがいてないし、着替えもしてない。

 まあ、今日はもういいか。私はそのまま布団を掛け、再び眠りにつく。


 ○


 それから一週間後、また事件が起きた。

 私やじいちゃん達が留守の間に、家が家事になった。

 正確に言うと全焼ではなく、出火元の親父の部屋だけが燃えて消し止められた。

 部屋にあったテレビやパソコン。親父が子供の頃から大切に取ってあった、山積みのマンガ雑誌やゲームやトレカやフィギュアがほとんど黒焦げになった。

 なんで火事になったのか、親父を問い詰めたところ、以下のように供述した。

 ・小説書くのは飽きたので、今流行りのキャンプ動画を撮って、ネットに上げて稼ごうとしていた。

 ・そのため、キャンプ道具一式を通販で購入(資金はじいちゃん達)。

 ・今日届いたバーナーの使い方を確かめるため、実際に火を付けた。直後にインターホンが鳴り、うっかり付けっぱなしのまま応対。

 ・訪ねて来た新聞の勧誘員を追い返した後、火を付けてる事を忘れコンビニへ。

 ・バーナーの上に山積みの雑誌が倒れたらしく、そこから引火。

 ・そして現在に至る。

 何やってんだてめえ!

 火事が消し止められた後、警察と消防にこっぴどく叱られ号泣する親父。

 いや、泣きたいのはじいちゃん達だろ。

 じいちゃん達も今度ばかりは親父に説教をした。……二、三分程。

 ……いや軽っ!


 ○


 火事から数日後。

「ただいまー」

「お帰りなさいミサキ。疲れたでしょ? すぐごはんにするわね」

 夜十時、アルバイトから帰ってくると、ばあちゃんが優しく出迎えてくれる。

「うん。じゃあ着替えてくるわ」

 私は階段を上がり、二階の自分の部屋へと向かう。その途中、親父の部屋の前で立ち止まり……。

「あー疲れた。やっぱ学校とバイトを掛け持ちすんのしんどいわー」

 と少し大きめの独り言を言う。無論、働いていない親父への嫌味だ。バイトがある日には、ほぼ毎回言ってる。

 親父は結局、キャンプ動画で稼ぐのを諦めた。最悪、森や山を火事にしかねないからだ。じいちゃん達と私が必死で説得して、やめさせた。

 とはいえ、相変わらず仕事をしてないし、探してもない。求人誌を親父の部屋に置いても、いつの間にか私の部屋のゴミ箱に入れてやがるし。

 とりあえず、今は腹減ってるから飯が先だ。

 私は歩を進め、自分の部屋へと入る。

 部屋着に着替えていると、ついバイト先での出来事を思い出してしまった。

 私は家から徒歩十分の百円ショップでバイトしているのだが、そこに週に一度か二度、クレーマーのようなジジイが来店してくるのだ。……まあ、ようなじゃなくて、完全なクレーマーなんだけどな。

 そのジジイがレジで怒鳴るわけだ。

「ワイヤーブラシどこだ!」「はやく持ってこい!」「遅いんだよ!」「なんでねえんだよ!」「店長呼んでこい!」「二度と来ねえぞこんな店」

 頼むから来んな。でも、どうせしばらくしたら来るんだよなあ。

 なんか思い出したらイライラしてきた。

 ジジイにムカつきながらも着替え、部屋を出て一階のダイニングへと向かう。

 親父の部屋の前を横切ろうとした時、親父に対してある感情が沸いてきて立ち止まる。

 娘の私がこんな苦労してるってのに、毎日働きもせずゴロゴロしやがって。

 正直ジジイと同じくらい、親父にもムカついてきた。そして……。

「あーあ! 本っ当につれえわ、今のバイト先! さっさと辞めてー」

 ……と先ほどよりも大きな独り言を言ったのである。

 ガチャッ

 その時、部屋のドアが開き、中から親父が出てきた。

「うわっ!」

 私はびっくりして、思わずのけ反る。

「ミサキ。バイト辛いのか?」

 親父は私の顔を見るなり、そう尋ねてきた。

「あ……ああ、辛いよ。今日もクレーマーのジジイが来てさ」

「じゃあ、辞めたらどうだ?」

「はあっ? 簡単に言うな! 時間的に学校と両立させられるバイト先、今の店しかねえんだ。私はな、大学に行きてえんだよ」

 正直、私が頼めばじいちゃん達は学費をだしてくれるだろう。でもだめだ。これ以上じいちゃん達に負担を掛けられない。だから自分で用意するしかないんだよ。

 いや、本当は違う。学費を用意する方法は他にもある。親父が働いてくれる事だ。そうすれば学費を心配する事なく、バイトを辞められる。

 頼む親父、働いてくれ。

「フム……」

 しばらく、考え込む親父。そして……。

「よし分かった。俺が何とかしてやろう。もう、学校とバイトを両立させる必要はないぞ」

 そう口にしたのだ。

「ま……まじか親父? ……で、でも、じいちゃん達に学費を出してもらうってのはなしだぞ? これ以上負担を掛けたくねえし」

「ああ、分かっている。じいちゃん達には頼らない」

 親父は自信満々の表情でそう言った。

 ……やっとだ。やっと親父が働いてくれる。……本当に長かったここまで。

 この時の私は気付いていなかった。

 親父は「学校とバイトを両立させる必要はない」と言っただけで、「働く」とは言ってない事に……。


 ○


「お前学校辞めるって本当か?」

 ぶぴぃっ!

 翌日の学校の終わり、担任の男教師に職員室でそう言われ、思わず鼻水が吹き出した。

「うわ、きったねえな!」

「いや、私が学校辞めるってどういうことっすか!?」

 先生の机にあったティッシュで鼻を拭き、詰め寄りながら尋ねる。

「いや、昼に親父さんが訪ねてきて、「家庭の事情で学校を辞めさせます」って言われたんだよ。退学届けも出された」

「はあああああああ!」

「……で、本当に辞めるなら三者面談しないといけないんだけど、いつにする?」

「いやいやいや! 辞めないっすよ!」

 あの親父、勝手に何してくれてんだ。絶対許さねえ。

「じゃあ先生、もう帰りますんで! あと、退学届は捨てといて下さい」

「あっ、おい」

 私は早足で昇降口まで行き、靴を履き替え、約一キロ先の家まで走る。


 ○


 家に着いた私は、親父の部屋に行き、ドアをおもいっきり開ける。

「おい! くそ親父!」

「おわぁ! な……何だよ突然!?」

「何だよ……じゃねえよ。何勝手に人を退学させようとしてんだよ?」

「いやだって、ミサキが今のバイト先辞めるには、他のバイト先探さないといけないじゃん。でも、学校とバイトを両立させるには今のバイト先じゃないとダメな訳だ。なら、選択肢は一つ。学校を辞めればいいんだよ。そうすれば、他のバイト探し放題だろ」

 一瞬、何を言ってるのか本気で分からなかった。……え、バイトの為に学校辞めさせられんの私!?

「いや、待てって! 学校辞めたら、大学進学出来なくなんだろ!」

「大検を取ればいいじゃないか。ミサキの頭なら簡単に取れるだろ」

「今は大検じゃなくて高認だ! ……って、そんな事はどうでもいい。親父が働いてくれたら、別に高校辞めなくて済むじゃん! 親父が学費稼いでくれよ!」

「ミサキ!」

「な……なんだよ」

 急にシリアスな顔しやがって。

「何でもかんでも親に頼るな!」

「お前が言うなあーーーー!!!」

 私は右こぶしを親父の顔にめり込ませた。

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