二章、加速 ――Tumbling Down――
一、
01.真夜中ベッドの上、理想のイメージが降り立った
甘えん坊な
――興味ないね、帰るもんか。そう言って
アパートに戻る頃には、日が暮れていた。
「お帰り」
遥は、読みかけの本をベッドに置いて、夜響を見上げる。「ユリちゃんまだ帰らないの。どこ行ったのかな」
「知んない」
真一文字に口を結ぶ。近頃ゆりは、どこで遊んでいるのか、毎日のように終電で帰ってくる。
夜響の不機嫌に気が付いて、
「なんか怒ってる?」
「知んない」
どしたの、と訊く遥、だが夜響自身にも何が面白くないのかよく分からない。
「夜響、大切な話があるの」
ちょっと固い声を出して、遥は本を鞄にしまう。「オニでいるのを、やめる気はない?」
「なんで急にそんなこと言うんだ」
不機嫌な目を益々きつくする。
急にじゃない、と前置きして、遥はここ数日考えていたことを話した。自由とは、空想におぼれることなのか、現実から逃げ続けても、何も解決しないんじゃないか。
「ハルカは、夜響が嫌いなの?」
「そんなわけないでしょ、夜響の見せる夢はとっても素敵だし、あたしにはそれが必要だよ。でも、頼りすぎるのは危険なの。現実に戻ってみれば、何も変わってないもの」
「楽しけりゃいいじゃんか」
「だけど、あたしたちが生きているのは、ここなんだよ」
と
「あんたのやってることは、自分の生まれた世界を否定して、自分を否定して――自己否定の塊だよ。ちゃんと自分に立ち戻って、何が大切なのか考えなきゃ、一生救われないよ」
きつい言葉に、夜響は頬に朱を注いで叫んだ。
「なんで戻れって言うんだ、ハルカだって変わったじゃないか。先輩にふられて、美容院行って、過去を切り捨てたじゃんか」
「だけどあたしは、違う誰かになろうなんて、してないでしょ」
「違う誰か?」
浮かんだのは、双葉の笑顔。
あたしは妹になりたいのか、あいつの真似をしているのか? 夜響は頭を抱えた。
「そんなの嫌だ!」
固く瞼を閉じれば、闇の中に見える殺したはずの影が、ゆっくりと動き出す。影のように立ち尽くす制服姿の少女は、向こうから走ってきた妹の後ろに隠れてしまう。快活な行動力で次々と型を破る妹にひきかえ、姉はいつまでも期待を裏切ることはなかった。期待されればされるほど、機械のようにそれをこなした。
「何が嫌なの? あたしには、夜響は作り物に見える」遥は静かに話す。「カメラを通してもてはやしてる人は、気にしないだろうけど、隣で見てるあたしは、夜響が自分を殺してるみたいで哀しい。だから言ったの、違う誰かになろうと――」
「黙れ」
夜響は頭を抱えたままうめく。
あたしはみじめだ、情けない、そんな負け犬は嫌だ! 双葉をうらやましいなんて、許せない! 自虐的な自尊心がうずく。
――黙れ
だが一度浮かんだ残像は、なかなか消える気配がない。壁に向かう一葉の後ろに立って、夜響はいぶかる。なぜ、思い出すんだろう。思い出そうとしているの?
壁に向かう一葉の横で、双葉は鏡に向かい薄化粧して遊びに行く。そういうことには頓着したくない
戻れ戻れと繰り返す遥から逃れようと、夜響はベッドに転がり耳をふさぐ。遥が一葉に見え、腹が立ってしょうがない。今が一番素晴らしいのに、なぜ過去を言い立て台無しにする。だが遥を嫌ったら、何もなくなってしまう気がする。耐えられない喪失だ。
だってもう二度と、
(だって夜響は、忘れたいんじゃないの? 変わりたいんだろ?)
自問する。少しだけ、向き合ってみる。ずっと逃げ続けてきた過去と。オニの呪いで
そんな
だが夜が明ければ、
悪夢への転機が訪れた。
だがそれは、彼女が望んだ自由の形とは違った。ひびきの
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