06.頻発する怪事件

 だがその晩から、奇妙な事件が起こるようになった。

 あの骨董品屋から少し離れた町に、放置された空き家があった。板葺き屋根は朽ちかけて、硝子ガラスは割れている。生い茂るすすきのような雑草は、風もないのにざわめき、崩れたブロック塀から手を伸ばす。おいでおいでと誘っている。

 空き家の前を、千鳥足の男がゆきすぎる。先程にも増す大声で歌い出した男を、今夜は待つ者がある。

「ちょいとお兄さん」

 艶っぽい声が、愛想良く呼びかけた。中年男はよろよろと振り返る。

「後ろじゃないよ、右を向いてごらん」

「そこかぁ。こんな時間にかわいこちゃんかぁい」

 崩れた塀によりかかる女を、街灯が白く照らし出す。背中に隠した右手に何か長いものを持ち、紺のあわせにえんじの帯を締め、肩には丸い月、裾には揺れるすすきが描かれている。

「どうしたんだぁい、終電過ぎちまったんならおれんちに来てもいいんだぜ」

 とろんとした目で近付く男に、

「そんなことより泉光院せんこういんって奴を知らぬかえ。大分だいぶ時が経っちまったみたいだから、墓場でもその子孫でもよいのじゃが、この名に聞き覚えはないかえ」

「せ、せ、なんだっけ?」

 塀に背中をこすりつけ、地べたにすべり落ちる。

「野田泉光院だよ。知らないんだね」

 男は座り込んで、ああ、と言うようにうなずいた。

「それなら、あたしの遊びにつきあってもらおう」

「遊び?」

 と見上げた男が見たものは、抜き身の刀をぶるさげた女の妖しい笑顔だった。

「ひ、ひぃぃ」男の口を、悲鳴がついて出る。「ひ、人殺し、気狂い!」

 酔いも吹き飛び、腹這いのまま逃げ出す男を、女はけらけら笑いながら、わざとゆっくり追いつめる。

「た、助けてくれ、誰か」

 言葉はのどに張り付き声にならない。人影求めて視線を巡らせば、崩れた塀から空き家の縁側が見えた。そこに腰掛ける白い影――子供がじっと女をみつめている。その目にはかすかに、嫌悪の色があった。

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